序章1
定期的ではなく気分で更新されていきます。
SFやらファンタジーやら怪奇やら、何がしかの要素が多く詰まっているため、ジャンルが混ざるような作品が苦手な方はご遠慮ください。
「マスター!」
扉を何回も叩きつける音と共に、女の声が店内に響き渡った。
扉に付けられている鈴の音が、まったく聞こえないくらいの大音量で声を発している。
この店はそんなに広くない。10人くらい客が入れば限界。
コンビニよりも狭いこの店で、大声を出すと外にまで響く。
迷惑な話だ。
「マスター!!」
ガニ股歩きで、女が店内に入ってくる。
きょろきょろと辺りを見渡し、目的の人物を探す。
「そんなに大きな声を出さなくとも、私はここに居ますよ」
カウンター席の向かいから、小さく男の声がした。
声がすると同時に、ゆっくりとその顔を現した。
目が開いているのか疑う程細い目が特徴的な顔。白いワイシャツを着ていて、黒に紫のストライプが入ったネクタイをしている。
一見、夜の街で働くニーチャンに見えなくもないな。
「夢奈。今日はどのような御用で?」
「また悠一が私に20連勝したのよ!?信じられない!少しは私の心中を察してほしいものね!!」
愚痴をこぼしに来ただけかよ……。
夢奈は俺の隣のカウンター席に座り、テーブルに頬杖をついて顔を乗せた。
肩にかかる長い黒髪を手で払い、ふんと鼻を鳴らした。
「ちょっと前まで私が勝ち越していたのに……どうしてこんなに差が開いちゃったのかしら」
「またゲームの話かよ。これだから最近の若い奴は……」
「あら、アーデンも居たの?」
興味なさそうに、俺の方を見て来た。
なんだよその目。まるで俗物を見るような目で見やがって…。
「何言ってんの。俗物じゃない」
このガキ……。
「悠一が夢奈を倒し続けるのは、あなたに強くなって欲しいからです。下手な手加減をすると夢奈に失礼ですし、何より悠一のプライドが許さないでしょう。彼は、誰であっても本気で対戦しますから」
ガラスのコップを、白い布で丁寧に拭きながら、夢奈に対してそう言った。
口調は柔らかく、言葉が心に溶ける様に優しい物言いをする。
こいつは昔からそうだ。誰に対しても優しい。どんな相手でも、自分の礼儀と信条は守る。
だからこそ、誰もかれもこいつの元に足を運ぶのだろう。
――そういえば、俺もその一人か。
「マスター。いらっしゃいますか?」
扉が開き、鈴の音が小さく鳴り響く。また誰か店に来客してきた。
今度はとても綺麗なお嬢さんだった。
肌は色白。髪はさらさら。肩にかかっている髪を手で払う仕草が、なんとも色っぽい。
こんなに綺麗な黒髪の女性にはお目にかかれないだろう。メールアドレスでも聞いておこうか……。
「白音さん。どうなされました?」
エクスは拭き終ったコップを背にある棚に置くと、丁寧に布を畳んで、棚の下にある引き出しに入れた。
白音“はくね”と呼ばれる女性は俺の左隣に座ると、懇願するような目でエクスを見た。
エクスは、何時もどおりの優しい笑顔を浮かべている。
「私もう、彼とは付き合い続ける自信がありませんの」
「それはどうしてでしょう?」
落胆し、肩を落としている彼女に、エクスは優しく話かける。
「毎日のようにお酒を飲んで、パチンコや麻雀ばかり…。私のことなどお構いなしで、まったく話も聞いてくれません」
「そんな奴とはさっさと別れちまえばいいじゃねぇか」
俺がぽつりと言葉を口にすると、エクスは俺の額に軽くデコピンをしてきた。
痛くはないが、「いてぇ」と小さく声にしてしまう。
夢奈は呆れた表情を浮かべて、小さくため息をついた。
――俺、なんか悪いこと言ったか?
「私も、彼とは早々に別れた方がいいとは何度も考えたのですが、どうしても彼に言葉で伝えられないのです。付き合い続ける自信もないのですが、どうしても彼と別れるのがつらいとも思うのです。彼とは切っても切り離せない様な関係な気がして…」
ろくでもない男と付き合っていちゃ、心も荒む。
だが、彼女の彼を想う気持ちは、どれだけ酷い扱いをされても変わることがなかったようだ。
そんな酷い男と付き合っていなければ、もっといい男と幸せになっていたかもしれないのに。
可哀そうだ。
「白音さん。あなたと彼は、別れることができない関係にあります。あなたが彼のことをそこまで想うのは、運命なのですから」
こいつは突然何を言いだしやがる。
「諦めずに、彼に気持ちを伝えてみてはどうですか?彼も、きっとあなたの気持ちをわかってくれるはずです」
エクスは棚から黒いマグカップと銀色のスプーンを取り、ポットの注ぎ口の下に置いた。
コップが並べられている棚とは別の、透明なガラス瓶がいくつも並べられている棚から、薄い茶色の粉が入った牛乳瓶を手にとり、仲の粉をマグカップの中へと少し入れた。
ポットの給湯ボタンを押し続け、マグカップの中へとお湯を注いでいく。
ボタンから手を離し、スプーンでマグカップの中をゆっくりと掻き混ぜる。
スプーンをポットの近くにある純白の布の上に置き、マグカップを白音の前に静かに置いた。
微かに、甘い匂いがこちらへと漂ってくる。
「少し甘さを控えめにしたミルクティーです。少し飲むだけでも、心が和らぐはずです。どうぞ」
白音はマグカップを両手で包み込むように持ち、ゆっくりと口へと運んでいった。
一口飲むと、白音の曇っていた表情が明るくなり、彼女の心からの笑顔を見ることができた。
「やはり、白音さんには笑顔の方がお似合いの様です」
「マスターのお陰です。私、彼に気持ちを伝えます」
揺らぎのない、まっすぐな瞳で、白音はエクスを見た。
エクスは静かに頷く。
「マスター。白音は居るか?」
扉の開く音、そして鈴の音が鳴る。
今度は男の声がする。
今日は盛況だな。
「鍵さん…」
白音は驚いた表情で、店の入り口を見た。
エクスは、相も変わらず笑顔を浮かべたまま。
「白音。帰るぞ」
黒いワイシャツを着た男が、白音の腕を掴んでその場を立ち去ろうとする。
白音は必死に抵抗し、手を振り払おうとした。
「おい、そのぐらいにしとけ」
たまりかねた俺は、男の手を払いのけようした。
だが、エクスは俺の腕を掴んで。ゆっくりと顔を横に振った。
「悪いなマスター。少し茶番に付き合ってくれ」
「はい。喜んで」
何笑顔を浮かべていやがる!こいつは綺麗な女性を困らせる最低の男だぞ!?ニコニコしている場合じゃねぇ!!
「白音。お前に言いたいことがある」
男が真剣な表情そう言うと、彩音はきょとんとした表情を浮かべた。
俺も夢奈も、どうなるかわからないこの後の展開を必死に先読みしつつ、二人の顔を交互に見ていた。
「いままで、自信がなかったんだ。お前と一緒でいいのかって。俺じゃ不釣り合いじゃないかって」
「私は、あなたと一緒がいいの。だから、そんなこと……言わないで」
白音は涙ぐみながら、鍵に抱きついた。
鍵は彼女を優しく抱きしめ、何かを彼女の耳元で囁いた。
その言葉は、俺達には聞こえなかった。
「マスター。お騒がせして申し訳ありませんでした」
白音が深々と頭を下げる。
「ミルクティー代を支払わなければなりませんね」
「お金なら必要ありません。私が、白音さんに飲んでいただきたくてお出ししたのですから」
「マスターに申し訳ないですし、それでは私の心が収まりませんわ」
「二人の関係が良好になっただけでも、私は十分です。本当に気にしなくていいですから」
エクスは両手を軽く挙げ、白音にお代は要らないというポーズをとった。
――いっつも俺には金出せと言う癖に、こういう美人から金は取らないのか?
「それじゃマスター。本当に邪魔した。また今度来るよ」
「鍵さん。お酒とギャンブルはほどほどにしてくださいね。またのご来店を、お待ちしております」
エクスは軽く会釈をして、二人にとびきりの笑顔を見せた。
白音と鍵は、二人仲良く肩を寄せ合いながら、店を後にした。
「ねぇマスター。どうして呆気なく幕切れしちゃったわけ?もっと修羅場になると思ってたのに」
「中学生がそんなことを期待するのは、感心しませんね」
まったくだ。中学生のくせに、大人の事情に首を突っ込もうなんぞ、10年早いわ。
「だけどよぉ、さすがに展開が早すぎると俺も思うぞ」
「だから言ったじゃありませんか。二人は切っても切れない関係。お互い愛し合う運命だと」
こいつは、二人の仲をよく知っているようだ。
前から個別に話を聞いていたのか?だとしたら、この神か仏みたいな笑顔を浮かべながら、確信を持って運命だなんて語っている理由も説明がつく。
――だとしても、さすがに幕切れが早いよなぁ。
「二人は鍵盤ですからね。バラバラにしたら成り立ちませんし」
俺と夢奈は口を揃えて「は?」と言った。意味がわからん。
エクスは時々訳のわからんことを言う。
本人はいい比喩表現をしたつもりかは知らんが、こっちは頭にクエスチョンマークが浮かびっぱなしだ。
「あれ?どうして二人ともそんなに不思議そうな顔をしているんです?」
「いやだって、そんなこと言われても納得できるわけないじゃん」
「そうだ。意味がわかんねぇ」
エクスは、くすくすと声を潜めながら笑った。
「あの二人は、“ピアノの鍵盤”の神様です。白音さんが白い鍵盤。鍵さんが黒い鍵盤。切っても切れない関係でしょう?どちらか一方だけで、ピアノが演奏されることはありません。故に、二人が別れることはないのです」
「マスター、まったくわかんないよ」
「お前、もう少しまともなことを言えないのか?」
「私は至極まともな事を口にしています。二人は、音色という愛を奏であうのです。素晴らしいじゃないですか。その愛は、人々の心に安らぎを与えてくれるのですから」
「ピアノの鍵盤だけじゃ、音はならないよ?弦とか色々あって音が鳴るわけだし」
夢奈が珍しく正論を言う。
「弦はさしずめ、白音さんと鍵さんにとって赤い糸とでも言いましょうか」
何処ら辺がツボなのかは知らんが、声を潜めてくすくすと笑いだした。
結局俺も夢奈も、エクスの言っていることに最初から最後まで着いていけなかったわけだ。
ま、神だろうが化け物だろうがなんでも集まるこの喫茶店で、全てを把握しようなんてこと自体無謀か。
神様が訪れるのは日常茶飯事。
それを全て応対できるのが、このエクスというマスター。
――俺にゃ、到底できない芸当だ。
「おや、また次のお客様が来るようです。ようこそ、“ライフイズユアセルフ”へ」
序章もう一個あります。しつこいですよねw
次が更新されてから、いよいよ本編です。
序章はどんなキャラが居るかをざっと知っていただければそれでよしと思っております。