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最終回です。

 私は思い出から記憶を今に引き戻してワープロを打つ手を止め、一息ついた。古い記憶をたどりながら、自分と家族に起こった様々な事を箇条書きにしては、記録に残している。ちょっとした私用の年表だ。


 書きとめてどうにかしようなんて気持ちは何処にもない。文にまとめようとか、誰かに見せようとか、形に残そうとか、そんな大げさな考えはないけれど、それでも自分の心に残りやすくしようと思った。思い出にこだわる私の性格は、ついに直る気配はない。


 使っているパソコンの置いてある机の隣に、ちょっとした棚がある。そこにはあの、ゆう兄ちゃんの薄い本が置いてある。私は気が向けば読むでも無しにパラパラとページをめくっていたりする。


 机の上には、さっき届いた雅美からの「引越しのお知らせ」の葉書が置かれている。


 先日、ついに雅美は一人暮らしを始めた。母と酒井さんの事を私が知ってから、十一年。とうとう雅美は自立への一歩を踏み出した。



 あれから雅美は母と酒井さんに見守られ、ゆっくりと成長していった。特に掛け算を理解し、買い物などが滞りなくできるようになると、マニュアルなども理解できるようになり、単純作業から卒業した。


 アルバイトとはいえ自分で仕事をして、多くはないが安定した収入も得る事が出来るようになった。


 それで自信を付けて、ついに一人暮らしに踏み切る事が出来たのだ。


 これまで雅美は父と電話でのやり取りをしていたが、最近はたまに顔を合わせるようにもなっていた。


 父は雅美の引っ越しを積極的に手伝い、少しは親子の距離も縮まったようだ。


 それでも近くに住む母は心配して頻繁に雅美の部屋を訪れているが、雅美はすでに家事に関しては十分にこなせるようになっている。手抜きに走ってばかりいる私より、ずっと丁寧だ。



 その母も酒井さんからプロポーズされたようだ。雅美の手も離れて来たし、今度こそ受けるんじゃないだろうか?


 もし、母が受け入れたなら、家族でささやかなお祝いをしようと思っているが、こればっかりは母の気持ち次第。周りはやきもきするだけだ。


 祥子ちゃんの子供たちは今や、中学生と高校生。生意気盛りに手を焼いているらしく、時々電話で愚痴を言って来る。それでも私から見れば先輩主婦の貫録が十分に思えるんだけど。



 私も結婚して一粒種の子供に恵まれ、結構幸せに暮らしている。


 念願の女の子だったものだから、夫は娘に甘過ぎるパパになってしまった。こちらがうっかり油断していると、何でも買わされる約束を取り付けられたりしているのだ。夫も甘いが娘もちゃっかりしている。


 娘も今年で九歳。私に似てませた娘は初恋の真っ只中。通っているダンススクールのインストラクターの青年に、すっかり夢中になっている。


 活発な娘は少しでも人より上達して目立とうと、家の中でもドタバタと練習もどきに暴れるので、最近私には怒られてばかりいる。


 住宅環境に恵まれているならともかく、小さなマンションの一室では、こんな大きな子供に暴れられては近所迷惑もいい所だ。自分のことは棚に上げて、早く熱が醒めてほしいと結構本気で思ったりする。


 そう言えば先日雅美が尋ねて来た時、娘と海行きの計画を立てていたっけ。何故か娘も海が大好きで、泳ぎが苦手な私と違い、運動神経に自信がある娘は夏になると海で泳ぐのが一番の楽しみらしい。これに夫が乗れば、私の都合などお構いなしに日程を決められてしまう。本当に甘いんだから。


 早めにお義母さんに電話して、都合のいい日を聞いておかないと。いくら世話好きのお義母さんだって、あきれるんじゃないかしら?


 お義母さんはわんぱくだった息子の相手である程度慣れているので、お転婆な孫もきっちり叱ってコントロールできる。


しょっちゅう叱る私や、まるで甘い夫よりも効果抜群。それでも娘は岩淵の祖父母を慕っている。



 昔、時を止めたようだったゆう兄ちゃんの部屋は、今では私達親子三人があの家に泊る時の宿泊場所になってしまっている。ベッドも机も片付けられ、あの大きな棚の本も姿を消している。夫の部屋だったところは、雅美が泊りに来た時のためにいつも整えてあるようだ。


 それでも私達はあの部屋に泊る時、昔を懐かしく思い出す。子供の頃の思い出や、あの夜の事を甘酸っぱい思いで語ったりする。


 あれから、私をあんなにも悩ませた、恵次が持つゆう兄ちゃんと同じ耳元を、全く気にすることは無くなった。


 私用の年表に、夫と……恵次と再会した年もメモしておこうかな。結婚の前の年のところに。


 そしてその後の、恵次への想いを何かに綴っておこうかしら? ゆう兄ちゃんの真似をして。


 文才なんてないし、今更恵次に読んでもらうのも恥ずかしいけれど、あの頃の想いは忘れてしまいたくない。


 無理に読ませなくてもいいわ。いつか、何かのきっかけで目にしてもらう日があるかもしれない。



 きっとそれは、私から恵次に向けた、いつ読まれるとも知れない、宛先のないラブレターだから。

                                                               終


無事、完結出来ました。ご愛読、ありがとうございました。

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