表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

13

 雅美を団地の住んでいる部屋のある棟の前で降ろし、私も降りようとしたが恵次は


「ついでだから送ってくよ。ここまでくれば一緒だ」と言って、私を降ろさせなかった。


 私は気まずかったが、さっきの雅美の言葉が恵次の耳に届いていたのかが気になって、そのまま送ってもらう事にする。


 私が聞く前に恵次が先に話しかけて来た。


「雅ちゃんも、親の事で気を使って、大変だな」


「やっぱり聞こえてたんだ」


「俺、結構耳がいいんだ」


 そういうわけでもないだろうが、雅美に気を回しているのだろう。


 しばらく無言の時間が続いたが、また、恵次が聞いてきた。


「おばさん、今、いくつだっけ?」


「四十九」


「おふくろより全然若いな。雅ちゃん抱えて一人でよく頑張ってるよな」


「そうね」


 確かにこんな話があっても少しもおかしくは無い。雅美にとっても味方になってくれそうな人だし。


「私くらいには話してくれてもよかったのに」つい、愚痴が出る。


「気を使ったんじゃないか? お前だって離れて暮らしている以上反対しにくいだろうし。いまだに未婚の娘を差し置いて、その手の話は出しにくそうだ」


 何だか胸に、ずしん、とくるものがあった。


 母達と共に住まなくなって十八年。それでも私達は身近な存在として心をつないでいると思っていたし、何事も真っ先に教え合えると思っていた。


 それでもいつの間にか遠慮する心が生まれる程度には距離が出来ていたのか。


そうかもしれない。そうかもしれないが、私は何だか意地の悪い気持になった。


子供じみていると思う。いい年をして理解が浅いとも思う。雅美でさえも母への気遣いを見せていると言うのに、こんな感情に駆られるなんて、あまりにもみっともない。


 なのに、他人にこんな指摘のされ方をすると、何故か重さを感じてしまう。一瞬冷静さを失ってしまう。



「他人の家庭の心配してる場合なの? この間の娘、うまくいってないんじゃない?」


 ……やってしまった。


 そう思った時にはもう遅い。運転中の恵次の表情は見えないが、きっと歪ませているはず。


「そうだな。振られそうだよ」


 そのあっさりとした口調に、罪悪感が増す。慌てて言葉を継ぎ足す。


「まだ、誘ったばかりじゃない。もう少し頑張って粘ったら?」


「部屋は違っても同じ職場なんだ。変に粘ってしつこく思われたら、互いに職場に居づらくなる」


 そう言われると口出しできない。本来口出しするようなことではないのだし。


 こんな時に人間の本性って出てしまうものだな。自分の底意地の悪さが恨めしかった。


 恵次はアパートの目の前まで送ってくれた。


「ごめんね。せっかく送ってくれたのに、変な事聞いて」


「俺の方こそ悪かった。お前だって動揺しているはずなのに。それに他人が口をはさむ事でも無いしな」


「ううん。心配してくれてありがとう」


「こっちこそ。じゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい。帰り道、気を付けて」


 お互い笑顔は作ったが、何だか気まずいまま、別れてしまった。



 私は翌日、さっそく母に連絡を取った。日曜日だし、母にいい訳を付けられて逃げられないように、さっさと母の住む街の最寄り駅に行き、駅前の店で待っていると伝えた。


 雅美抜きでの話だと言うと、母も勘づいたらしい。観念したように「すぐに行く」と答えた。


 母が店に現れ席に着くと、私は前置きも無しに単刀直入に聞いた。


「酒井さんって、どういう人なの?」


「やっぱりその話。雅美に聞いたの?」


 私は頷いた。


「あなたも知っている通り、私の職場関係の人。雅美の事でも何度かお世話になってるわ」


「それは知ってる。付き合ってるの? どのくらい?」私は矢継ぎ早に聞いてしまった。


「ここ半年位かな。二年前に一人息子さんが結婚されて、その直後に急に奥様が亡くなって。その時色々お手伝いに通ったのがきっかけだけど、親しくなったのは五、六か月前からね」


「半年も……言ってくれればよかったのに」


「言う必要、無いと思ったから。隠す事でもないけれど」


「雅美は酒井さんを受け入れているの?」


「なついてくれてる。それも距離が縮まった要因ね」


 雅美には納得が出来ているのに、私に話は無かった。やっぱり遠慮があったのだろうか? でも。


「いずれ、再婚するんでしょう?」


「それは無いわ」母は即答した。


「ええ? なんで? 奥さんもいないし、お子さんも独立しているんでしょう?」


 母は手元のカップを見つめながら少し考えていた。


「久美もいつ嫁いでもおかしくないから言うけど、結婚は当人同士だけの事じゃないの。きっと、あなたが思っている以上にね。老いて行く自分達の生活や、雅美の先々のことだけじゃない。あちらの息子さんのご家族も、私や雅美と繋がってしまう」


「あっちの家族が反対してるの?」


「そう言う事じゃないの。そもそも誰にも知らせるつもりはないのよ。私、酒井さんに寄りかかるつもりはないの」


「それは分かるけど」


「いいえ。分かってないわ。身内ってね、一度なってしまうと自分達の意思ではどうにも逃れられない問題が出て来るの。知らん顔はできなくなるのよ。共に乗り越える素晴らしさもあるけど、正直、引きずる重さの方が辛い事も多いの。お父さんと別れた時に、それ、思い知ってるから」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ