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 それは今から十一年前の事。単調な日常を送っていた私に、一通の手紙が届いたことから始まった。


 帰宅した私がいつものようにポストの郵便物を確認すると、私宛に白い、そっけない封筒が届いていた。

 こういう手紙を受け取る覚えがないので、ダイレクトメールか何かかと思ったが、裏返して差出人の名前を見たとたんに、懐かしさが一気にこみ上げて来た。


「岩淵恵次」という名前と、昔自分が住んでいた街の名前がそこには書かれていた。


 私がその街にいたのは、もう二十年近く前の少女の頃で、「岩淵」という名字は、私のいとこの祥子ちゃんの家の、隣の家の住人の名字だった。


 慌てて部屋に持ち帰り、封を切る。中には男文字の文で、こう書かれていた。



 お久しぶりです。


 突然、一方的な手紙を差し上げる非礼をお許しください。


 実は先日、私の亡兄、雄太が生前書きつづっていた物語を、機会があって兄にゆかりのあった人達のために、ごく少ない刷数ですが知人に頼んで製本してもらう事が出来ました。


 あくまでも兄の知人のための記念品的な物ですが、もしよろしかったら久美さんにも受取っていただきたいと思い、思い切ってこの手紙を書いた次第です。


 久美さんが、もしすでにこちらにはご不在でしたらお手数ですが、この手紙の事を知らせていただけると私どもは大変嬉しいですし、今もこの住所にご在住でしたら兄の記念本をお渡ししてよいかどうかだけでも、お返事を頂けるとこちらも助かります。


 お受け取りいただけても、いただけなくても、お時間を取らせて申し訳ないのですが、下記の番号にご連絡下さればと思います。




 文章の下には、携帯の電話番号が書かれていた。


 時間は今、夕方の六時を回ったところ。かけようか、どうしようか、少し迷ったが、懐かしさに後押しされてその番号にかけてみた。


 三回の呼び出し音で、通話が繋がった。


「もしもし」

 声を聞いても正直分からない。私と同い年だった恵次の声はすっかり大人の声で、声変わり前の少年の面影は感じられない。以前、一度だけ再会しているが、声までは記憶になかった。


「もしもし、お手紙をいただいた、園田ですけど」


「久美か?おお、無事に手紙が着いたんだな。いや、懐かしいな」

 電話口から、感慨深そうな声。


「恵次なの?やだ。ホントに懐かしい。元気?」


「元気だよ。久美も元気そうな声だ。まだその住所にいたんだな。ほとんど一か八かだったのに」


「元気よ。でも驚いた。まさか恵次から手紙をもらえるなんて思ってもみなかった。ねえ、記念本って、ゆう兄ちゃんが書いていた話の本なの?」


「そう。唯一ちゃんと結末まで書いた奴。実は去年偶然見つけてさ。兄貴が亡くなって今年で二十年目だろ? ちょうど知り合いにつてがあったんで思い切って頼んだんだ。本当にただの思い出用なんだが、父さんや母さんも喜ぶんで。久美、いるか?」




「二十年……。そんなに経つのね。勿論欲しいわ。祥子ちゃんには渡したの?」


「一番に送ったさ。それが目的のほとんどだった。このあいだお礼の電話があったんだ」


「祥子ちゃん、元気そうだった?」


「元気そうだった。幸せみたいだな。子供の声がして、ちょこちょこ注意してた。下の子から目が離せなくって困るって」


「そう、よかった。祥子ちゃんとも最近連絡してなかったから。ね? どうせ本を受け取るなら、おじさんやおばさんにも会いたいわ。私会いに行ってもいいかな?」


「かまわないが、お前遠いだろう? 一度都内で会わないか? おれ、勤め先が都内なんだ」


「そうね。一回会いましょう。私は地元に勤めてるから恵次の都合のいい場所でいいわ。私あんまり詳しくないし。待って、今私の携帯の番号、教えるから」


 こうして私は恵次に番号を告げ、都合のいい時間と待ち合わせの場所を決め、今度の土曜にさっそく都内で会う事にした。



 土曜の午後、私は休みだったが恵次は昼まで用事があったらしく、少し遅めの食事を一緒に取る事にした。

 恵次と直接顔を合わせるのは十年ぶりで、お互い分かるかどうか不安だったが、聞いていた服装と指定された場所を頼りに、どうにか十年前の面影を残す恵次を見つける事が出来た。


 少し浅黒い、血色の良い健康そうな顔で、活発な瞳をもっている。ゆう兄ちゃんとは正反対だ。


「改めて、お久しぶり」

 私がそう言うと恵次も笑顔を見せる。


「祥子ちゃんの結婚式以来だな」


「そうね。あれから、あっという間」


 私達は恵次がたまに昼食に利用すると言う店で食事をしながら昔話に花を咲かせた。ゆう兄ちゃんが生きていた頃の、もう二十年近く前の話だ。


 大体はゆう兄ちゃんと祥子ちゃんの話だったが、時々自分達の数少ない思い出にも触れた。ほとんどが口喧嘩やつまらないいざこざの思い出だが、今となっては懐かしい。


「恵次には祥子ちゃんが作ってくれたお菓子をよく横取りされたわね」


「まだそんな事を言うか? 食べ物の恨みは恐ろしいな」


「だって、それが一番印象深いんだもの。恵次はすぐ、外に遊びに飛び出したし」


「俺、兄貴の分まで生命力あふれていたからな。申し訳ないくらいだ」


「そのエネルギーを私との口喧嘩にまでぶつけてたのね」


「おっと、口喧嘩を吹っかけてたのは久美の方だ。俺はお菓子を狙っただけ」


「そうだったっけ?」


「そうさ。女に口じゃかなわないのは子供だって一緒だよ。最後は久美にやり込められたっけ」


「覚えてないなあ」


「都合の悪いことは忘れるもんさ。お前ませてる上に向こうっ気が強かったから。あれからおじさんを随分泣かせたみたいだしな」


 そこを言われるとバツが悪かった。私の悪行は知れ渡っている。


 思い出話の後で岩淵家を訪ねる日時を決め、私達は席を立った。短い再会だったが楽しかった。




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