余命一年。悪役令嬢の娘は悪女になることに決めました!
「……余命一年、ですか?」
「ああ。きみの魔力庫に穴が開いている。体調が悪かったのはそのせいだ。そしてこの穴は次第に広がっていく」
ここ一週間、みぞおちのあたりがたまにひどく痛むようになり、先生に相談したのだけど。
「魔力が尽きると、魔力持ちの人間は死ぬ……ということでございますね」
「ああ。もって一年だろう。もっと短くなるかもしれない」
神妙な面持ちで淡々と告げたのは、非常勤講師のマックス先生。
整った顔立ちに茶髪の彼は、優秀な魔力研究者でありながら、医師でもあった。
私は彼の研究室のメンバーだ。
学院で一番身近に接してきた先生による言葉。
──彼は、嘘を言う人間ではない。
その言葉に、私は心が平坦になるのを感じた。
自分はもっと取り乱すのかと思ったけれど、ひどく凪いでいた。
ああ、そうか。
私はあと一年の命……。
あんなに耐えてきたのに、あと一年。
「……分かりました。ではもう──我慢していても無意味だということでございますね」
すくっと立ち上がった私の目は輝いていたことだろう。
「どうするつもりだ」
「ご存じでございましょう? わたくしがこれまでどのような扱いを受けてきたのか。どのような行動を強いられてきたのか。ですが……あとたった一年ですわ。我慢することに一体なんの意味がございましょう」
舞台女優のように大きく手を広げ、大げさに歩きながら言った私に、先生はぽかんと口をあけた。
そして彼はしばらくした後、フハッと笑った。
「そうだな。残り一年しかないのならば、悪役令嬢の娘だからと我慢しても、得られるものはもう何もない。無意味だな」
「……ですのでわたくし──悪女になりますわっ!!」
天を指さしながら、高らかに宣言した。
「…………いや、そうじゃないのでは」
先生が何か言っているけれど、よく聞きとれない。
◇◇◇
私の母カロリーナは、かつて侯爵家の令嬢だった。
そして母は、この国を揺るがした悪役令嬢だったらしい。
学院時代に、自分の婚約者に近寄ったとある女生徒をいじめにいじめ抜き、なんなら毒殺未遂まで起こして大事件になった。
毒殺未遂については明確な証拠が出て来ず、証拠不十分で罰せられはしなかったそうだが──。
当然のことながら婚約は公衆の面前で破棄され、元婚約者とカロリーナがいじめた女生徒は、結婚をした。
……それが、現在の国王夫妻である。
とんでもない醜聞だし、世間一般からすれば最高のエンターテイメントだ。
子供向けの絵本から大人向けの本、新聞はもちろん、演劇にだってなっているし、吟遊詩人だって歌う。
『悪役令嬢カロリーナ』はあっという間に有名になった。
──お母さまはその後、辺境伯の後妻として嫁いだものの、待遇はひどいものだった。
前妻は亡くなっていたものの、前妻の娘シュゼットはすでに十歳。
お母さまの状況などをすでに理解しており、使用人ともども徹底して冷遇した。
辺境伯自身は屋敷に寄りつくこと自体があまりなく、子作りのみを終えれば、あとは砦にこもるという放置状態。
私たちを見る父の視線が、ひどく蔑んだものだったことは知っていた。
私が生まれて八年でお母さまは亡くなった。
「……エリーゼ。ごめんなさい。愚かだったわたくしのせいで、あなたにまで不憫なことに。あなたは今後も『悪役令嬢の娘』と呼ばれるでしょう。円満に生きていきたいのであれば、すべてにおいて我慢なさい。いつも淑女の笑みで、気立ての良い娘になるのです。人の言うことをよく聞くのです。シュゼット様に逆らってはなりません。そうすればいつか必ず……幸せが」
お母さまはそう言った。
きっと、お母さまは我慢しなかったから『悪役令嬢』と呼ばれるに至ったのだろう。
義姉のシュゼットは、私が物心ついた時から私たち母子を非常に冷たく扱ってきた。
母が亡くなってからの私は、使用人以下だった。
「こんな悪役令嬢が私の義理の母だなんて……ほんとに最悪だわ。あなたの母親が王妃様に何をしたか、みーんな知ってるわ。蛙の子は蛙。エリーゼだってきっと悪い子になるに決まってる。……今からちゃーんと躾けてあげないと……ねっ!」
食事抜きはもちろん、辺境の地ということで女性といえども剣術の練習という名の、体のいいサンドバックにされる日々。
それでも、逆らってはならない、これは仕方のないことなのだからと耐えた。
そんなある日。
お母さまがなくなってから一年後。
──突然私の魔力が目覚めた。
貴族といえど、魔力を持つ人間は大変珍しい。
自身が魔力を持っていたからと言って、子どもに魔力が宿る率はたったの五パーセント。
もともと体内に眠っていたものが十歳ごろに目覚め、様々な能力を使えるようになる。
さらに私の魔力は特殊で、類を見ないほど魔力量が多い上に、魔石に魔力をためることで魔物を近寄らせない効果があった。
「はははっ!! これで我が辺境伯の評判もうなぎのぼりだ」
「王家に貸しができたわね」
姉の高笑いが聞こえた。
お父様は、屋敷に頻繁に戻ってくるようになった。
──ただ、私が作った魔石を持っていくためだけに。
毎日のようにたくさんの魔石に魔力を注ぎ、それでも相変わらず得られる食事は最低限。
魔力が発現したからと言って、待遇が改善するわけではなかった。むしろ、ただやることが増えただけだった。
学院へ行く年齢の前にようやく淑女教育を受け、学院へ。
魔石を確保しておきたい王家は、先代王弟の息子であるヴァルモント公爵の婚約相手に私を定めた。
引きこもりのためほとんどの人が顔も見たことがないらしいが、王家特有の銀髪はお持ちらしい。
きっとそこでも、悪役令嬢の娘として、ただの防御魔石生産機として扱われる予定なのだろう。
家でも学院でも、物静かにほほ笑む、気弱なエリーゼ。
頼まれたことは決して断らない。断ってはならない。
蔑まれても、通りすがりに罵倒されても、静かにほほ笑むだけのエリーゼ。
悪役令嬢の娘だから、何を言われても仕方がない。
耐えるだけのエリーゼ。
──そんな私は、もう終わり。
◇
「もう魔石は作りませんわ」
ツン、と顔を背けながら高飛車に伝えた。
多分、悪女ってこんな感じだと思う。
わがままを言うのだ。
「……お前、何を言っているのか分かっているのか」
学院に通っていながらも、魔石づくり用の魔石は毎日届いていた。
けれどそれを拒絶して数日。
父と義姉が学院に訪れた。
応接室で対面した父と、一緒についてきていた姉は、眉間にしわを寄せ、額に青筋が立っていた。
「あなた、何を言っているか分かっているの? あなたの仕事なのだからちゃんとなさいっ! それとも、分からせられないと──ダメなのかしら?」
にやりと笑った義姉は、対面に座る私の前に歩み寄り、大きく手を振りかぶった。
──バシッ!
「……っ! なに!?」
私の頬に届く三センチ手前で、義姉の手は何かに弾かれた。
「わたくしの能力をご存じないのですか? わたくしは防御の力を持っております。それを魔石に封じ込めることで我が辺境伯領を魔獣や侵略者から守ってきた……今では、この国の主要な国境に配置されていることはご存じですよね?」
「知ってるに決まってるじゃない! でもあなた、今まで自分に防御なんて……」
「学院に来てから、先生方と研究して習得しました。理論が分かればとても簡単で。自分に使うなど、今まで想像もつかなかっただけでしたわ。つまりわたくしは──わたくしに害意を持つ者を弾くことができるのです」
ふふん、と笑って見せた。
もっと早く分かっていたなら、あなたから受けた暴力も防げたのに。
父が大きなため息をつく。
「一体何が目的だ」
「お姉さまは仕事とおっしゃいましたが、仕事には対価があるはずです。わたくしは今まで一度もそれをいただいておりません。一方的に作れと命令され、わたくしには食事すら与えられないことも多く、領地の利益になれど、わたくしには何もございませんでしたわね」
父の目が血走り始めた。
身体が大きく、辺境伯という立場からなのか、筋骨隆々な彼も、義姉と同じくすぐに手が出る。
「自分の利益ばかり考えるとは! やはり悪役令嬢の娘だったな。長い間世話してきてやったというのに、恩をあだで返すとははらわたが煮えくり返る」
自分の利益ばかり考えているのはどちらだろうか。
彼らはただ搾取してきただけだというのに。
分かっていたけれど……我慢して当然だと思っていただけだ。
──我慢していたら、いつかは愛してもらえるのかと。
家族でなくとも、誰かに愛してもらえるのかと……そう思っていただけだ。
でも、残されたのはたった一年。
そんな短期間で愛されるなど不可能。
それならばもう……我慢する必要などない。
「放置されていただけで世話をされた覚えは一切ございませんが……そうでございますか。わたくしはお母さまの連れ子でございましたのね」
コテン、と首を傾げた私に、巨体の父が、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
「……は?」
「だってそうでございましょう? 自分の子なら世話をするのは当然のこと。ですがそうではない。悪役令嬢の娘だと強調するということは自分の娘ではないと、お父様は……いえ、辺境伯閣下はおっしゃりたいのですよね? それでしたらなおさらのこと──辺境伯閣下にもシュゼット様にも、尽くす義理などございませんわ」
「……っ、貴様……っ! そこになおれぇ!」
憤怒で顔を赤くした父は腰に差した剣に手をかけ、大きく振りかぶった。
眼前に迫りくる、ギラギラと輝く剣を見て思った。
……ここまでするのか。
本当に愛情はこれっぽっちもなかったんだな。
本当に娘と思われていなかったんだ。
そう思ったけれど、心はひどく凪いでいた。
ようやく気付いたというか、こんな人の言うことを聞いていた今までの自分が、心底バカらしくなった。
──ガンッッ!
父の剣は、私の真上で止まった。
寸止めしたからではない。
私の防御の力が働いただけ。
つまり──本当に殺すつもりだったのだ。
「──辺境随一の閣下の剣も、わたくしには届きませんわ。……残念でしたわね」
ふっと笑ったその瞬間。
勢いよく扉が開き、マックス先生と学院の護衛たちがなだれ込んできた。
「神聖なる学び舎で娘に剣を振るうとは──どういうつもりだ!」
父はすぐさま剣を下した。
「……っ、ちょっと剣を抜いただけで別に振るったわけでは」
「この部屋は隣室から監視できるようになっている。我々はすべて見ていた。言い逃れなどできないぞ」
マックス先生の目は非常に冷ややかで、辺境伯領主である父すら威圧されていた。
「学院内での抜刀など言語道断。しかもお前が斬ろうとした娘は、王家の庇護下にある重要人物ということを分かっているのか」
「っ、だがこいつは悪役令嬢の娘で」
「だから何だ。彼女が誰の娘であろうと、貴様が学院内で剣を抜いた事実は変わらない」
……いや、ちょっと待ってください。
マックス先生が言っていた、王家の庇護下にある重要人物とは──まさか私のことではないですよね?
いや、よく考えたらそうであってもおかしくない状況だということに今さら気づいたけれど。
家での扱いがあまりに……だったので、王家もただの取引相手としか、私自身思っていなかった。
そうか。私って、王家の庇護下にあったのか。
……なんだろう、それ。
ちらりとマックス先生を見ると、彼は一瞬だけ私を見て、目を細めた。
その視線がいつもと違う気がして、胸が飛び跳ねた。
「──彼女は国境防衛に不可欠な魔力保持者でありながら、公爵家の婚約者である。それを今まで、王家からの対価を一切彼女に渡していないな? そもそも対価はエリーゼ本人に支払われる契約だったはずだが」
……そうなの?
「一介の教師がなぜそんなことを!?」
「世話をしたどころか、エリーゼに世話をされていたのはお前たちの方だ。しかも、公爵家から婚約に伴って支払われた金も、彼女の生活や教育のために使われた形跡が一切ないどころか……違う娘に使っていたようだな」
彼はちらりと義姉を見た。
「ち、違います! あれはお父様が……っ!」
義姉がぶんぶんと大きく首を横に振っている。
……婚約の支度金が支払われていたのか。
父と義姉が冷汗をかきながら、ごくりと喉を鳴らした。
「──さて。世論はどちらに味方をするのだろうな? 悪役令嬢の娘か。それとも、悪役令嬢の娘を虐げて、搾取してきた家族か」
◇
数日後。新聞の紙面を飾ったのは、我が辺境伯家の醜聞だった。
学院と王家が調査に乗り出したのか、もうとっくに調べはできていてようやくその情報を出すことにしたのかは不明だが──使用人たちの証言や金銭関係の行方など、次々に明るみに出た。
【辺境伯家、国防を担う娘を長年虐待し、搾取してきた可能性】
【使用人が語る「奴隷のような、ひどい扱いでした」】
見出しと共に、これまでの出来事が、まるでその場で見てきたかのように事細かく書かれていた。
「……こんなにあったのですね」
いつものマックス先生の研究室で新聞を読んでいると、思わずぽそりと言葉が漏れた。
「何がだ?」
「わたくしがあの家でされていたことです」
「…………」
「ずっとこれくらい当然のことだと思っていました」
「エリーゼ」
「でも……新聞に書かれていて、ようやく客観的に見れました。……これ、ひどいですよね!?」
私が勢いよく振り向くと、先生がぽかんとした顔をした後、フハッと笑った。
「ようやくそういう目線で見れたんだな。良かったよ。俺が何度も伝えてきた言葉は、やっぱりなかったことにされてたんだな」
「え?」
「学院に来たきみが今までどれほどひどい境遇で育っていたのかは、誰が見ても明らかだった。俺は何度も伝えたよ。嫌だと言えばいい、拒絶すればいいと」
そういえば、そんなことを言われたような気もするけれど──。
「でもきみはいつも『自分は悪役令嬢の娘だから』と静かに笑った。暴力に耐えて当然で、虐げられることにも慣れて──親の罪を背負うのが当然だと思っていた」
「……っ!」
そうだ。完全にそう思っていた。
そしてお母さまもそれを望んでいた。
でも、余命があと一年だと思ったら、全部無意味だと思って……。
「往々にして話というのは尾びれ背びれがつき、面白いように大げさになっていく。本や劇になるならなおさら脚色されるというものだ。きみが背負うことではない。でもきみは背負い続けた。他の選択肢を知らなかった。いや、ちゃんとあったのに、見ようともしなかった。だが──余命一年だと思ったら、本心が出ただろう?」
マックス先生がにやりと笑った。
その企むような顔を見て、一瞬頭が真っ白になった。
「……え? うそ……なのですか? 魔力庫は壊れてないのですか?」
「いや、ちゃんと壊れてるよ。ウソの診断はしていない。普通なら一年で死ぬね」
やっぱりそうなのか。
もしかしたら全部がウソなのかと思ってしまった。
でも、引っかかった。
「普通なら、とは?」
「うん。──きみは特殊だから……自分の力で魔力庫を覆いさえすれば、魔力の流出は止められる。多分、穴も塞げると思うよ?」
「……っ!? な、なななぜそれを先に言ってくださらなかったのですか!?」
驚愕する私に、マックス先生が淡々と言った。
「きみに伝えたとしよう。きみは治るものだと信じる。ではそのきみは──今のような行動を起こしたと思うか?」
大きく目を見開いた私は、ゆっくりと首を横に振った。
きっと立ち向かうなんて考えもしなかった。いつもの日常が始まるだけだった。
先生は私に、自分自身で気づいてほしかったんだ。
どれほど自分がひどい扱いを受けているかを。
あんな家族なんて捨ててもいいんだ、と。
「……そうですわね。大事にしてくれないのなら、こちらも大事にする必要はないということですわね」
「そういうことだよ」
今初めて、気持ちが晴れ晴れとしている。
こんな爽快感、今までの人生で一度も味わったことがない。
先生がお茶を淹れてくれた。
「──先生。わたくし、今ならなんだってできる気がしますわ。だってわたくし、悪女ですしね! 次は──勝手に命令されて決まった婚約も解消してしまいましょうか!」
──ゲホッ、ゴホッゴホッ!
マックス先生がむせてしまった。
紅茶が変なところに入ったようだ。
ようやく落ち着いた先生は、困ったように笑う。
「まだその設定やってたのか……でも婚約解消はちょっと困るかな」
「どういうことですか? なぜ先生が困るのですか?」
「どういうことって……それはもちろん、俺がきみに惹かれてるからじゃない?」
「……へっ!?」
一気に自分の顔がボフッと赤くなったのが分かる。
冗談とはいえ、生徒になんてことを言うのだろう!?
私だってずっと助けてくれた先生に憧れていたし、小さな恋心だって抱いていたけれど。
……いやいや、どう考えても冗談だろう。
私のような悪役令嬢の娘に、先生のような人がだなんて……!?
そもそも私の婚約解消と、先生が私に惹かれているという話は全然別問題ではないか。
むしろ、それなら婚約解消した方が都合がよいのでは。
……あれ? じゃあ婚約解消が困るってどういうこと?
と首をかしげていると──先生はフッと笑って私の目の前にひざまずいた。
そして──何かを呟くと、彼の茶髪が──銀髪に変わった。
「改めまして。マクシミリアン・ヴァルモントと申します。エリーゼ。きみの婚約者だよ」
ひざまずき胸に手を当て、にこっと笑ったその顔はあまりに美しく。
絶句している私に、彼はさらに続けた。
「王家に協力したくないならそれもいい。俺も色々思うところはあるから。二人で一緒に逃げてもいいし──この際、国から独立でもしようか?」
ハハッと愉快そうに笑う先生の言葉に──私の素っ頓狂な叫び声が研究室に響いたのは言うまでもない。
悪女になるには、もう少し修行が必要らしい……。
お読みいただきありがとうございました。
少しでもお楽しみいただけていたら幸いです。
ありがとうございました。




