A班(外)ファイル ― きょうおれは旅にでる ―
《A班》シリーズとしてつづけている、警備官と魔女などが出てくるはなしがあります。それのネズミが主役の短いはなし。 連載したものを短編に移動します。
えらばれたハンスは数々の困難をのりこえ、使命をはたす!というはなし。
― 旅立ち ―
きょうおれは旅にでる。
いや、ただしくは、使命を負って、旅にでる。
これは、えらばれたおれの、危険と災難にみちた、危険な旅の物語となるだろう。
この先にはきっと困難がたちふさがり、危機がおそいかかるだろうが、それはすべて、おれを試すためのものなのだ。
だからおれは、それらにたちむかい、打ち勝ち、
「はいはい、あとはこのビスケットをいれて」
えっと、打ち勝ち、たちむかい、
「ああ、この角砂糖もいれておゆき。え?ああ、そうね、雨にふられたら溶けちゃうわ」
とにかく、たちむかい、・・・それから・・・
「キューブチーズはいれたからね。おや、これでもういっぱいだわ。たりるかねえ。ほんとうはパイをいれてやりたいけど、みんながやめておけっていうのさ」
その『みんな』が、いっせいに首をふり、やめておけ、の念押しをする。
「そお?じゃあいいかい?こんなもんで」
そのほそい指でバッグのふたをしめると、つぎにその指先で、バッグをつついた。おおきなバッグは、ものすごく小さくなる。
せおってごらん、とからだにまわされたヒモを結ばれた。
「これでまあ、つくまでは大丈夫だろうけど、・・・。 ほんとうに平気かい?もしかしたら雪がふるかもしれないよ」
ああ、そうなったらそれはきっと、《おれをためすための雪》だろう。
「まあ、あんたは特別かしこいし、ほかのみんなからも信頼されてる。きっとやりとげるだろうとは信じてるけど、無理をしちゃだめさ。 いいかい?困ったときは、ちゃんとそのベルをならすんだよ。みんなが助けにいくから」
おれはしっかりうなずいた。
だが、わかっている。このベルは最終手段だ。
みんながそわそわとおれをみあげている。
ほんとうなら、みんなと握手でもして言葉を交わしてから出なければならないのだろうが、おれはただ、みんなをみおろし、『いってくる』とだけ口にした。
みんながいっせいに手をふり、がんばれ、と言ってくれる。
「じゃあ、注意したことをおもいだして、くれぐれも気をつけて」
細い指がおれの頭をなでて、鼻先をつつかれた。
おれはすばやくのっていたテーブルから椅子を伝ってかけおり、ドアの前でふりかえって最後のあいさつをした。
「 『 いってきます しすたー ・すふぃる 』 」
「いってらっしゃい。ハンス。 湿地のむこうには道路があるからね。ひかれないように気をつけるんだよ」
ドアをひらいてくれたシスターの足元にならぶネズミの仲間たちもくちぐちに、『タイヤ』や『ワシ』や『フクロウ』などに気を付けるようさけび、そのこえにみおくられ、おれの旅ははじまった。
まずめざすのは、おそろしい湿地だった。
― 湿地 ―
おれたちネズミは、この《湿地の教会》で、人間たちをみはっているシスターのもとで働いている。
シスターの指示であちこち行かなきゃならないし、見張りの手伝いなんかもしているから、毎日わりといそがしい。
《湿地の教会》は湿地の中にあるわけじゃない。
おれたちがみはっているその《湿地》は教会からはすこしはなれたところにある。なにしろ《湿地》には、モーティス山脈や、そのほかの《道》とつながっている《大事な穴》があるからだ。
その《大事な穴》には、モーティス山脈からの水がたまっていて、そこから湿地にでてくる《背中鬼》をみはるのも、おれたちの大事な仕事だった。
《背中鬼》はもとはモーティス山脈にすむ《精霊》だった。それが人間のせいで《鬼》になんてなってしまった。だけど、この湿地にはいった人間が、《穴》に落ちたとき、《背中鬼》はまだ、それをとっていいことになっていた。
そのルールって、おれたちには当然だけど人間たちは文句があるらしい。
まあ、とにかく、その《背中鬼》が、シスターもしらないあいだに勝手に逃げ出していて、しかもそれが、ルールをやぶっていたもんだから、ちょっとまえ、みんなでつかまえたのだ。
この湿地で。
えーと、《背中鬼》がルールをやぶって逃げたことで、人間のほうでいろいろあったらしくて、えっと、おれたちが《聖父》ってよぶジョーといっしょに《教会》にきた人間の男たちは、おれたちのやりかたにいろいろ不服そうだったけど、シスターはおれたちになにもいわなかった。だからもう、逃げ出した《背中鬼》のことは、てっきりこのままほうっておくのかとおもってたんだ。
ところが、おれたちに、その逃げた《背中鬼》を捕まえるっている大事な仕事が任されることになった。そう、おれたちはシスターに命じられて、《背中鬼》をつかまえたんだ!
ああ・・・、あのときのヒゲもふるえる緊張をおもいだして、おれの胸ははげしく鼓動を打つ。
あの精霊の、ごわごわの体毛!そして人間を餌としようする執念!
おもいだしてもぞっとする。
《背中鬼》はあとすこしで、『コウモリ』と『人間』をまとめて食べようとするところだった。そこへ!おれたちが颯爽とかけつけたんだ。
あのとき助けてやった人間の男は、あとでシスターに『あのときの英雄たちへ』っていうカード付の、みたこともない、丸くて大きなケーキみたいなかたちのチーズをおくってきた。
それは、おれたちの《特別な日用のチーズ》として大事に食べたが、なにしろおれたちには《特別な日》がおおすぎて、残りはもう、あとちょっとしかない。
あのとき助けた『コウモリ』のほうは何もおくってこないので、こんどみんなでさいそくしにいく予定だ。
そんなことを考えながら、湿地の枯れて倒れる草のなかをはしる。
ときどきある水たまりが、湿地の《大事な穴》だ。落ちたら、冷たくて深いから気をつけなければならない。
でも、その『穴』からでてきて、ここでなにかをつかまようとする《背中鬼》は、もういない。
「 『 あ 』 」
犬がむこうのほうで吠えた。
また人間が湿地に入ってる。
けど、あの、チーズをくれた男ではないようだ。
ちかごろ『立ち入り禁止』の新しい看板がたったこの湿地を、大きなゴミを捨てようとするでもなく犬をつれた人間がうろつくようになった、とシスターが怒っていた。
犬の散歩にきているのかな。
人間は『禁止』という文字にに引かれて来ているのだと、ときどき教会にお茶を飲みに来る『わかいいぼっちゃま』とよばれる、かわいくもない人間の男がいっていた。
あんな、でかくてあいそもない男の、どこが『かわいい』のか、こんどちゃんとシスターにきいてみないと。
そう思いながら、もう十回はきくのを忘れてしまっている。
― 道路 ―
すごい音をあげて、すごくおおきな箱をのせた車が通り過ぎる。
あれは『トラック』っていうんだ。知ってるぞ。
それを見送ってから、左右を確認。あと、上も。
みあげた空には鳥の影はなかったが、油断はできない。
シスターがおれに『おまじない』をしてくれたから、ふつうの鳥にはみつからないはずだが、このあたりにはときどき、《魔法使い》の《遣い》である『カラス』があらわれるという噂がある。
なかまの一匹がみたといっていたが、おれは信じていない。
なにしろ《魔法使い》なんて、トパム山なんていうとんでもなく高い山に住んでいるっていうし、じぶんが《魔法使い》だっていうやつなんて、いままで見たこともない。
その《魔法使い》に仕えてる『カラス』が、このへんにいるなんて信じられない。
だからシスターに、あいつはウソつきだと教えてやったら、シスターは顔をしわしわにしてわらい、「そりゃ、どうかねえ」としか言わなかった。
だからシスターは甘いっていうんだ。
《背中鬼》のときだって、ルールをやぶったのは《人間》と《背中鬼》なのに、おれたちはなぜか、ちょっと《魔女》におこられた・・・。
それなのにシスターは、なんだかちょっと《背中鬼》に同情してるようなこと言ってたし・・・。
でもそれは、シスターが『精霊』と『魔女』のあいだにできた『魔女』だからかもしれない。
おれだったら? えーと、父親がネコで母親がネズミで、ネコが人間を食べてるのがわかってそれをつかまえて・・・。
「 『 ―― うん。 ネコがわるい 』 」
立ちどまって考えていたので、その音にきづくのにおくれた。
あれは、『バイク』だ。
『タイヤ』の数がすくなくて伝わる音もちいさいけれど、スピードは車と変わらないから気を付けないといけないと旅に出る前にさんざん予習していたのにその『タイヤ』がもうすぐそこでおれの旅がはじまったばかりなのにもうここで 、
「 おまえ、ふうつうのネズミじゃないよね 」
しっぽをつまむ男がきいてくる。
いつのまにか、道路の脇に立つその男に捕まっていた。
シスターのように真っ白な服を着ていて、気配は人間ではなかった。
「 『し、・・・しっちの・・』 」
「ああ、《湿地の教会》のネズミか。なるほどね。 わかるだろうけど、おれは《魔法使い》につかえる『白いカラス』だ」
カラス!!
おれはほんとうにいた『カラス』にみつかってしまったのだ!
そのまま、男の顔の前にもってきて、ぶらさげられた。
黒い髪に白い肌の男が、濃い青い目をじっくりとむけてくる。
おれの勘が、こいつはヤバい、とつげた。
「なんだよ、そんなあばれるなよ。しっぽがちぎれるぞ」
「 『 ・・・・・ 』 」
脅しに屈したくはなかったが、尻尾はだいじだ。
「 いいか、こんなところの道路のまんなかで立ち止まるなんて、このあたりの動物ならやらないんだ。もっと野ネズミらしくしたほうが安全だけど・・・、 ふうん、ちょうどいいところにちょうどいい車がきた。 ―― なあ、ヒッチハイクってしってるか?」
「 『 ひっち・・・? 』 」
魔法使いがつかうなにかのおそろしい呪文か、それとも、この『カラス』がつかうことをゆるされている、残酷な拷問器具の名だろうか?
「いいか?よくみて。おれの真似をするんだ」
いって、おれをてのひらにのせると、もう片方の腕を横につきだしてに手をにぎり、つぎに親指だけを立てた。
「ほら、やってみろ」
その『真似』をしたら、おれはいったいどうなるのか、・・・おそろしくてたまらない。
だが、これは、えらばれたおれが、試されているんだ。
おれはくじけない。
たとえおそろしいことがあっても、おれはその試練をのりこえてゆくと決めたんだ。
ふるえたがどうにかたちあがり、男のてのひらのうえで、ゆっくりと前あしのかたほうをつきだして、ゆっくりとゆびをいっぽんたてた。
地面をゆらす音をたてて、すごいはやさで巨大で長いタンクをのせた『トラック』が通りすぎていった。おどろいて男の手の上にたおれてしまう。
「 よし。ヒッチハイクが成功したぞ。あの車にのって、つぎにとまったところでバイクにのりかえれば目的地につく。 ―― いいか、目立たないようにしておけよ」
巨大トラックのあとをゆっくりと走ってきた、青いちいさなトラックをみながら、カラスがそういった。
青いトラックの荷台には、柵がついているがなにものせていない。前を通り過ぎていったが、ゆっくりと道路をはずれてゆき、かなりむこうのほうでとまった。ドアがひらき、ゆっくりとした動きで、デニムをはいた年取った男がおりてくる。
「・・・あれ、おかしいぞ。いまここに、どっかのパーティーにでも行きそうな男が立ってたよなあ?」
男はあたりをきょろきょろとみまわす。
そのあいだに、おれはその青い車のタイヤをのぼり、うしろにある大きな荷台にとびこんだ。きれいに掃除されているが、柵には羊の毛がひっかかっている。そこものぼり、暖かそうな『運転席』のほうへ移ろうと思った。『運転席』の下にはいれば気づかれないはずだ。
「 《 ネズミだな 》 」
運転席の横に、大きく頑丈な果物籠みたいなものがおかれ、そこにしばりつけられた、人間にしては小さい《こども》が、おれを見て言った。
低く腹にひびくようなその声は、せったいに『人間のこども』のものではないし、かいだことのない《暗い場所》みたいな匂いがした。
「 『 その、 ・・・ひっ、・・・ 』 」 もしかして、『カラス』に命じられたあのポーズは、こいつを呼び出すための、おそろしい儀式だったのか?
おれはまんまと『カラス』のおそろしい計略にはまってしまったのか・・・。
だが、『人間のこども』の姿をしたおそろしいそいつは、しばりつけられたままで手足しか動かせず、そこからは出られないようだった。
「 『 ひ・・・ひっち、ひっち 』 」
おれは負けない気持ちで、カラスにおしえられたポーズをしてみせた。
「 《 わかったから乗れよ。ヒッチハイクだろ? さっきいたのはカラスじゃねえのか? 》 」
人間のこどもはおそろしい声でそういうと、じぶんがくくりつけられた椅子の下をゆびさした。
「 ―― おかしいぞ。 なあ、ジョー・ジュニア、いたよなあ?まっしろなおめでたい服をきた若い男が」
首をかしげながら運転席にもどったとしよりが、人間のこどもではないそいつに顔をよせてきき、もういちどあたりをみまわした。
ジョー・ジュニア?それが名前か?
「 『 良い休日に良いねずみ 』 」
「おお!ジュニア、あたらしいことばをおぼえたのか?えらいぞ。こんどぼっちゃまにもきかせねえと」
こどもの頭をなでる年寄の男は大声でうれしそうにわらいながら、また車をだした。
『かわいいぼっちゃま』とはまたちがう、『ぼっちゃま』という人間もいるらしいと考えているうちに、眠くなってきて、 ―― おれはつい、うとうとしてしまった。
― バイク ―
バタン、と大きな音がして目が覚めた。
《 つぎにとまったところでバイクにのりかえれば目的地につく 》
『カラス』はたしかそう言った。
「 《 おい、トムがガソリンいれてる間におりろよ。この貸しはおまえの飼い主につけておくから気にするな 》 」
おれは飼われているネズミじゃない。シスターのもとで立派に仕事をしているネズミなんだと言い返したかったが、次にのるためのバイクをさがさなければならなかったので、それらをぐっとのみこんで、いそいでおりた。
決してやつがこわかったからじゃない。
ただ、その人間の子どもにみえるそいつの匂いが、シスターが前に聞かせてくれた《墓守》を思い起こさせて、ちょっとだけいそいで逃げた。
いた!さっきおれをひきそうだったバイクか?
いや、ちがうようだ。人間が二人いる。
建物からジュースのビンを持ってでてきた女が、一本をバイクにすわっているやつにわたす。ありがとう、とうけとったやつが、兜みたいなものをぬいだ。
おお!なんと!そいつの耳には無数の銀の釘や輪が打ちこまれていた!
きっと、なにかの罪を犯すたびに、あれを耳につけられていったんだろう。もう両耳ともいっぱいじゃないか!
おれはおもわずひるみそうになったが、とりあえずバイクのタイヤまではたどりついた。
「 ―― だからさ、あたしが行くっていってやったんだけど、だめだってさ」
耳についた『いましめ』をさわりながらだした声は、人間の女のようだった。だがこいつは『魔女』みたいなにおいがする。
「 そうね。あたしでも許可しないわ。ここのところ働きすぎよ。今回の休みをとらなかったら、あたしノアのところにいこうと思ってたの」
もう一人がそういってバイクに座ると、耳にたくさんの銀がつけられたやつに肩をぶつけた。
そんなことをしたら危険だとおれは心配になったが、ぶつけられたほうはなぜか笑った。そいつの頭の毛は、たてがみのように一部だけ長く、ほかの人間たちとは違う色をしている。おれたちネズミはシスターの手助けをするために、この世にある『色』も識別できる。
あれはきっと、赤色だ。
「・・・ごめん。心配かけて」
「わかってくれればいいわ。おぼえておいてよ。あたしが家族として申請したら、サリーナ・コレットはすぐに休職になるからね」
「・・・わかった。おぼえておくよ」
二人の女がキスをしはじめたので、おれはそのすきにバイクの両脇につけられたでかいバッグにとびこんだ。
しばらくして「ビンをかえしてくるよ」と兜を置いた女が立ち上がって遠のく気配がした。
気が緩んだそのとき、おれが休んでいたバッグのだらりとした蓋がもちあげられ、手をつっこうもうとしたその女と目が合った。
「 『 ・・・・ 』 」
おれはしっている。人間の女がおれたちをみつけたときの反応は、悲鳴か罵りのどちらかと決まっている。
「わお、いつからここに?」
なのに、この人間の女は驚き顔でそうきいてきた。続けて建物のほうをすばやくみて、口早に言った。
「いい?ぜったいにそこから動いちゃだめ。 サリーナはネズミがだいっきらいなの。みつかったらまちがいなく撃たれちゃうから」そういって、蓋がもどされた。
すぐに戻った、おれを『撃つ』だろうやつが先にバイクにまたがり、ものすごい音と振動が起こってエンジンっていうのがかけられたのがわかる。さっきまで乗っていた車とは比べ物にならないくらい、音も振動もすごい。続いてさっきおれをみつけた女が乗り、バッグの蓋の隙間にその女のものらしい指がのぞくと、おれに暗示をかけるようにくるくると回された。
じっとしていろということか?
おれはいまここでいそいで逃げるべきか、それとも人間の女のいうことに従うべきか大いに悩んだ。
悩んで悩んで悩んでいたら、
なんだかいいにおいがして、目が覚めた。
― 街 ―
どうやらまた眠ってしまったようだ。
ここまでおれに襲い掛かってきた危険と移動距離を考えたら、おれの疲労の溜まり具合からいっても、しかたがないことだ。
自分を納得させて、そっとバッグと蓋のすきまへ移動する。
エンジンはかかっているが、動く気配がなかった。
そっと顔をだしてみると、バイクはいつのまにか人間たちがひしめく『街』へとついていた。
「はまったよ。休日の渋滞だ」
「いいじゃない。あたしたちは家にかえるだけなんだから」
バイクに乗る人間の女たちが兜をかぶったまま大声で会話している。バッグの近くにはあの女の尻があった。
それを確認して、そっとバッグからでた。すると、こちらを見てもいないのに、女が背中に片手をまわし、指先でおれを追い払うようなことをした。
ここでおりろということか。
ほんとうなら礼をいいたいところだったが、おれはそのままバイクをおりた。
かえったらシスターに、この人間たちにパイをごちそうしてもいい、と言ってやろう。
なにしろシスターのパイはほんとうにおいしい。
でも、さっきからしてくるこのにおいも、シスターのパイに負けないくらいおいしそうだ。
そんなことを考えていたら、あれだけ予習したのに、排水溝にはいったり、建物にのぼったりするのを忘れて、道を伝ってしまった。しかもはじのほうじゃなくて、人間が歩くための、一段高い道の真ん中を、においにつられるように。
ぎゃあ とか おうっ とか くそっ とかいいながら人間たちがよけていく。
まずい、にげこまなきゃ、とおもうのに、人間がおれに道をゆずるように両脇にわかれてゆくので、このまま真ん中をまっすぐ進むしかない。
むこうで道がとぎれているのがみえた。『信号』っていうのがみえる。あれをわたらなきゃむこうにはいけない。
でも、いいにおいはそっちじゃなくて、あっちのほうってことは、そうか、あそこで道を曲がるってことだ。
いや、でも、いいんだっけ?おれ、どうしてここまできたんだっけ?シスターとなかまにみおくられて・・・
考えながらはしっていたら、曲がった先に《その気配》があって、いっきにここまできたおれの使命を思い出した。
やばい!これは喰われる!
おれの本能がそう告げた。
いそいで方向を変えたのに、まにあわなかった!
「 コルボク・・・・いま、なにを捕まえやがったんだ?」
「ネズミだ」
「 ―― はなせ」
「いやだ。このネズミは、《悪い精霊》のにおいがする」
「・・・わかった。じゃあ、それをにぎったまま、会社へ行け」
「なんだ?いつもは休みの日は会社にいくなって言うだろ」
「いいから行け。行って、A班のだれかにそれを渡してこい」
「わかった。ボス」
おれをつかんだ男がむきをかえると、『ボス』とよばれた男が、電車やバスを絶対使うな、とうしろから叫んだ。
おれをにぎった手を顔に近づけたおとこは、鼻を鳴らして匂いをかぎ、「・・・すこしちがう匂いもするな」とおれの顔をみた。
くわれるくわれるくわれる・・・・
まだ会ったことはないが、オオカミやキツネに会ったら、きっとこういう感じだろう。
あれ? でもこいつ、匂いは野生の動物に近いけど、人間の男だよなあ?
「落ち着いたか?おれも落ち着いた。 こんな昼間の街中にでる《悪い精霊》はもっとひどい匂いだ。おまえはそれとはちがう匂いがする。 だけど、おまえみたいな匂いのネズミが街のなかをうろつくのはよくない。 だからおまえは、A班にわたす」
なにをいってるのかはわからなかったが、どうやらこの人間の男におれは喰われなくてすむみたいだ。
だが、このままこの男にどこかに連れていかれたら、おれは大切な使命を果たせなくなる。
そうだ、これはおれの旅の最大のピンチってやつだ。
どうする?どうにか逃げるか?チャンスはあるか?
そうだ!ベルだ!こういうときこそ、あのベルをならせばいいのか!
でも、・・・あれを鳴らすとみんなが助けにきてくれて・・・おれがこの使命をはたせなかったことがみんなにわかってしまう・・・。
いや、でも、これを届けるのがおれの使命であって・・・。
ん?まてよ。この男はだれにおれを渡すつもりなんだ?『A班』ってなまえの、こいつの『上司』ってことか?うん、きっとそうだ。さっき『会社』って単語が出た。知ってるぞ。そこで人間たちはシスターみたいな『上司』っていうのに仕えて、おれたちみたいに働くんだって、前に『コウモリ』が説明してくれたからな。
・・・・・まってくれ!!
この男の『上司』ってことは、えーっとつまり、シスターみたいだってことか?それとも魔女みたいに強いのか?冷たい?こわい?
きゅうにからだが震えてきた。
「おまえ、寒いのか?」
おれをにぎった男がおれをつかんだ手をひらいた。
いまが逃げるチャンスだ!
だが、おれのからだはおもうように動かなかった。
「まあ、南のほうから来たなら、この土地は寒い」
そう言った男がおれをシャツの胸にあるポケットへいれた。
「もうすぐここでも雪がふる。いっときだけ、この街も静かになる」
ポケットをうえからたたかれ、きゅうに動くことができた。
どうする?ベルをならすなら今だ。
そのときポケットへ、上から何かが落ちてきた。
なんと!ナッツだ!!
「 腹が減ったら、動物も人間もうごけなくなる 」
おとこがそういったときには、おれはもう、ナッツを半分たべきっていた。
― 会社 ―
おれをつかまえた男がはいったのは、大きくて暖かい建物だった。
男にきかなくてもこれが『会社』という建物だとおれにはわかった。たくさんの人間がこの男に声をかけてきて、男はどんどん歩いて奥へ進み、階段をあがり、壁がつづく廊下をすすむと、とつぜん壁の一部をたたいた。どうやらそこはドアだったらしく、それがひらくと、あきらかにおれがよく知っている人間の匂いがした。
「ボスの命令でおまえらに渡すよういわれた」
「 ・・・なんだよコルボク、おまえが突然来たってだけでこわいのに、なにを渡すって?」
この声をきいておれはポケットからあわてて顔をだした。
「 『 か、かわいいぼっちゃま ごきげんよう 』 」
いつものあいさつをしたのに『かわいいぼっちゃま』は顔をしかめた。
「 ・・・おまえ、シスターのところのネズミか?」
なんと、教会にときどきお茶をのみにくるあの『かわいいぼっしゃま』が、おれをつかまえたオオカミみたいな男の『上司』だったのだ。
「 あ!あのしゃべるネズミじゃん!ひさしぶりだなあ」
おれをのぞきにきたのは、いちばんはじめに『かわいいぼっちゃま』といっしょに湿地の教会に来た『若い若い勇敢な男の子』だった。おれはそいつにもあいさつをする。
「なんだあ?ほんとうにしゃべるネズミかあ」
つぎにのぞきこんでき大きな男は、なんだか懐かしい匂いがした。こういう匂いの男たちはむかしよく《湿地の教会》に泊まりにきていた。
「 『 武骨で勇敢な正直者よ ごきげんよう』 」
あいさつをすると、おれのことか?と丸い目をさらにまるくしてみせた。
「なんかニコルのこと言い当ててるよ。かっこいいなあ。 あ~、ケンとルイのこと、何てよぶかききたかったなあ」
『若い若い勇敢な男の子』が残念そうに眉をよせる。
ここまでおれを運んできた男がポケットからおれをつかみだし、白いテーブルの上に置くと、あとはおまえらで好きにしろ、と出て行った。
「 ―― で?なにしにこんなところへ? シスターはしってるのか?」
『かわいいぼっちゃま』が、かがみこんでおれをにらむ。
「まあまて、ウィル。彼はあの湿地のむこうからここまで来たんだぞ。一人できたのかい?えっと、勇敢なネズミくん?」
『武骨で勇敢な正直者』がふとい指でおれのあたまをなでた。
「 『 はんす は しすたーにいわれた 届け物がある 』 」
からだに結わきつけていたバッグをはずすと、バッグはもとの大きさになった。
そこからビスケットやキューブチーズをどけて、おれはシスターから託された麻袋をとりだした。中にはさらに麻布に巻かれたものがある。そっと布をひらいて、テーブルをかこむ男たちにしめしてみせた。
「 『 ならす べる しすたーが つくった 』 」
「なに?それがベルだって?どこが?」
『かわいいぼっちゃま』が馬鹿にしたようにベルをつまみあげた。
キューブチーズとおなじくらいの大きさだが、かたちは丸い。
「洋服のボタンだろ?白くてなんかキラキラしてるし。こういうのみたことあるよ」
『若い若い勇敢な男の子』が『かわいいぼっちゃま』の手からベルをうばう。
「いや、糸を通す穴がどこにもないだろ。こっちは丸みがあるのに、うらは平らだ」
『武骨で勇敢な正直者』が、裏返してみる。
「 『 おいて 』 」
おれはつかいかたを教えてやることにした。
テーブルに『武骨で勇敢な正直者』が太い指で丁寧に置いた。いわなくてももとのように丸みのあるほうを上にして置いたのは、ほめてやってもいい。
「 『 かわいい ぼっちゃまが おす 』 」
立ち上がって前足で押すまねをしてみせる。
「はあ?ぼくが? これを『おす』ってなんだよ?」
眉をよせながらも『かわいいぼっちゃま』は立てた指をこちらにだしてきた。そのゆびをかかえたおれは、ベルのうえにおいてやる。
「 『 おす 』 」
「いや・・・・これ、押したらなにになるんだよ?だいたいこれのこと、『ベル』って言わなかったか?」 いやそうにしたが、指はベルをおした。
ジリリリリリリリリリリリリリリ
「なんだよっ」
「鳴った!」
「おいおい、火災報知器と同じ音だな」
人間の男たちがおどろいたようにあたりをみまわしたとき、その足もとにとびはねるようにして、おれの仲間が湧き出てきた。そのままベルのおかれたテーブルにのぼって整列すると、みんながおれをみる。
おれは誇らしい気持ちで前あしのかたほうをあげ、うなずいてみせる。
おごそかに
うつくしく
『かわいいぼっちゃま』が誕生した日を祝う歌がはじまった。
― 教会 ―
シスターのむかいにすわったジョーは、おれのながい旅のはなしを聞き終えてもしばらく肩をゆらしてわらいつづけていた。
「なんだか迷惑かくちゃったかしらね。いいと思ったのよ。あたしがつくった『ベル』も試せるし、かわいいぼっちゃまのお祝いもできるし」
シスターはジョーのカップにまた紅茶をそそいで首をかしげた。
「いや、すばらしい。 迷惑だなんてとんでもない。 あのウィルが同僚に初めて誕生日を祝えてもらえたんだから、こんな喜ばしいことはないだろう。 ―― まあ、多少ガーバディ警備会社に迷惑はかかったかもしれないが、なんともない」
そう。
あのとき鳴らしたベルはしっかりと働き、ベルが鳴った場所へ、おれの仲間たちをちゃんとよびよせることができた。
準備していた歌もしっかり歌えたし、あっけにとられた人間の男三人のうち二人は、おれたちの歌に感動したといって拍手した。
だが、『かわいいぼっちゃま』は頭をかかえるように顔を赤くして、おれたちをうらめしげにみただけだ。
しかも、歌い終わったときに、おれたちのベルを『火災報知器』の音とまちがえた人間たちが火元をさがして部屋のドアをあけ、まだテーブルにのったままだったおれたちをみつけると、火事でもないのに、とんでもない叫び声をあげた。
おれたちは『武骨で勇敢な正直者』の男にかきこむようにして何かの袋にいれられ、その間にベルでよばれた仲間たちは湿地の教会へ帰り、おれは袋の中で、いっしょにいれられたビスケットも食べずにじっとしていた。
『大量のネズミがテーブルにわんさとのっていた』とわめく男を『かわいいぼっちゃま』たちが幻覚だろうといいきかせたが、『会社』には『害獣駆除』っていうのがはいって、ちょっとした騒ぎになってしまったらしい。
「 あの音がよくなかったのかしら?でもねえ、あの中央『劇場』のことがあるから、《リンゴン》とかいう鐘の音より、いまどきの音のほうがいいかと思ったの。 『コウモリ』も、人間は、ああいう丸いボタンを押す『ベル』のほうがわかりやすいんじゃないかっていうからさ」
シスターはおれの分のクッキーを割って、前においてくれた。
「そうだな。それはいえるかもしれない。なにしろこれで『ベル』の使い方もわかっただろうし、彼らもきっと、気負いなくつかえるだろうしな」
ジョーが紅茶のはいった優雅なカップをもちあげた。
「そうだといいわ。 このさき、ちょっとしたことでもなにか気になったら、ベルを押してこのこたちを呼んで、と伝えておいて。湿地じゃなくてもネズミがたよりになるのは確かなんだからね」
シスターがおれにおかわりのクッキーをくれる。
「ハンス、あんたのおかげで『かわいいぼっちゃま』たちになにかあったら、すぐに助けにいけるようになったよ」
ありがとうね、というシスターの指におれは手をおき、ふかくうなずいた。
わかっている。シスターよ、わかっているんだ。
ここからは、きっと、ながくはげしい戦いの物語となるのだろう。
こんどの旅よりもずっと危険でおそろしいことがまちうけているかもしれない。
だが、おれは、 ・・・いや、おれたちネズミは、それにたちむかい、打ち勝ち、 ・・・たちむかい、打ち勝って・・・・ この、眠気にかたなければならない。
「あら、ハンス、おなかがふくれて眠くなった?」
気づけばおれはシスターの手によりかかってうとうとしていた。
「しかし、あんなベルをつくってネズミに届けさせるなんて、シスターはなにか気になってることがあるのかね?」
ジョーにきかれたシスターは、おれの頭を細い指先でなでた。
「そりゃ気になってるさ。ずっとね。 ―― だからあたしは、人間をみはってる。それが役目だもの。だけど、 ―― このごろは、悪鬼や精霊と人間の関係がひどく変わってしまって、ここで人間をみはっていても気づけないような、おかしなことが起こるんだよ・・・。いったい、どうしたっていうんだかね・・・・なんだか ―― 」
シスターの声が続いていたが、頭をなで続けられ、おれはもう半分夢の中だった。
もしかしたら、つぎに目がさめたら、『かわいいぼっちゃま』におれがとどけたあのベルでよばれているところかもしれない。
さあ、いつでもこい。準備はできてるぞ。
おれは『タイヤ』をよけ、『カラス』に案内をさせ、『バイク』にのって街を走り、『ナッツ』をかじりながら『狼』にのってながい階段をのぼり、『かわいいぼっちゃま』が膝をついておれをむかえる夢をみていた。
さあ、まってるぞ、これからさきの困難にだって、おれはこんどの旅でたちむかったように、勇気をふりしぼってたちむかう。
さあ、いつでも・・・・
いや・・・、いまはちょっと来なくていい。
おなかがふくれて、シスターになでてもらって、あったかい寝床にいるいまみたいなときは、『かわいいぼっちゃま』には、あのベルのことは忘れていてほしい。
それはこんど、『かわいいぼっちゃま』にあったら、相談してみよう。
覚えていられたら・・・だけど。




