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面談後。


 会議室を出ると、篠崎が廊下の向こうにいた。

 偶然を装っていたが、まあ偶然ではないだろう。


「終わった?」

「一応」

「ふうん」


 近づいてくる。

 声は小さい。


「堂本さん、今、かなり焦ってる」

「分かります」

「あなた、何出したの」

「……記録です」

「へえ」


 驚いたような、していないような顔。


「じゃあ、たぶん一気に来る」

「一気に?」

「証拠隠し。責任転嫁。先回りの根回し。そういうの」

「……」

「だからもう一段、外に置いときな」


 外。


 つまり会社の管理外。


 私用クラウド。

 第三者。

 場合によっては弁護士。


 篠崎はそこで言葉を切り、目を細めた。


「あと、若手営業の子、今朝から出社してない」

「え」

「体調不良らしいけど」


 恒一は息を呑んだ。


 昨日、堂本に怒鳴られていた若手。

 外注の件を口走りかけた男。


「偶然かどうかは不明」

 篠崎が先に言う。

「でも、タイミングは悪い。そういうこと」


 それだけ言って去っていく。


 不明。

 でも不自然。


 その切り分けが、逆に怖かった。


 自席に戻ると、スマホが震えた。


あなたの心拍、かなり高いです。

——ルイゼ


「そりゃな」


良くない流れを想定していますね。

——ルイゼ


「若手が消えた」


失踪?

——ルイゼ


「そこまでは不明。体調不良扱い」


なら、現時点では不明です。

ただし、警戒は妥当。

——ルイゼ


 ルイゼは、こういうとき余計な断定をしない。

 そこが助かる。


「……俺、勝ったと思いかけてた」


まだ早い、と。

——ルイゼ


「そう」


ですが、負けてもいません。

——ルイゼ


 短い。


 だが、必要十分だった。


 恒一は椅子にもたれた。

 モニターの光が目に痛い。

 頭の奥がじんじんする。

 それでも、昨日までの疲労とは違う。


 これは消耗だ。

 でも同時に、前に進んだ消耗でもある。


 夕方。

 人事部から文書が来た。


 簡潔。

 無機質。

 だが、重要な一文があった。


堂本圭介部長については、事実確認完了までの間、相馬恒一氏への直接指示・面談を停止する。


 恒一は画面を見つめた。


 停止。


 完全勝利ではない。

 処分でもない。

 だが、明確な変化だ。


 堂本は少なくとも、今までと同じようには触れられなくなった。


 その瞬間、フロアの向こうで小さなざわめきが起きる。

 どうやら、堂本にも同じ連絡が入ったらしい。


 男の顔が歪む。


 怒り。

 屈辱。

 信じられない、という顔。


 その顔を見て、恒一はようやく理解した。


 証拠は、人を急に正しく見せる。


 昨日まで、“指導”だったものが、

 記録された瞬間、“暴力未遂”になる。


 昨日まで、“熱意”だったものが、

 記録された瞬間、“高圧的恫喝”になる。


 昨日まで、“現場の調整”だったものが、

 記録された瞬間、“不正の疑い”になる。


 事実は変わっていない。

 変わったのは、見え方だ。

 そして、この社会は見え方でしか動かない場面が多い。


 くだらない。

 本当にくだらない。


 だが、ならば見える形で持つしかない。


 もう、何も残らないまま殴られる気はなかった。


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