28
その夜。
オンラインで受けた案件の整理作業が、本格的に始まった。
恒一は部屋の机に向かい、ノートPCを開いて、送られてきたデータを一つずつ分解していく。
在庫。
受注。
問い合わせ。
発送。
まず、ぐちゃぐちゃなものを、ぐちゃぐちゃだと認める。
そこから始める。
「……これ、なんでこんな運用になったんだ」
『増えたからでしょう』
ルイゼが言う。
「何が」
『仕事量が』
「……ああ」
妙に納得した。
最初は少人数で回っていた。
手作業でもいけた。
問題が出ても気合いで潰せた。
でも受注が伸びる。
問い合わせが増える。
在庫ズレが増える。
そのたびに場当たりで継ぎ足す。
そして、誰も全体を見なくなる。
よくある。
本当によくある。
ブラック企業の現場でもそうだった。
根本改善をせず、応急処置だけ増やして、最後に何も分からなくなる。
「……なんか、前職の縮小版みたいだな」
『それはヒントです』
「ヒント?」
『あなたは、嫌というほど失敗構造を見てきた』
「……」
『なら、逆に、どこが壊れやすいかは分かる』
その言葉に、恒一は少し黙った。
たしかにそうだった。
自分は優秀な経営者でも、天才技術者でもない。
だが、ぐちゃぐちゃな現場で消耗した経験だけはある。
そこから逆算すれば、“何を放置すると死ぬか”は分かる。
「……使い道あるな、あの地獄」
『全部が無駄ではありません』
「認めたくないけどな」
『認めなくても、使えばいいです』
正しい。
正しいが、少し悔しい。
恒一は問題を四つに分けた。
1. 在庫更新ルールが統一されていない
2. 問い合わせへの回答文面が属人化している
3. 発送ステータスの切り替え条件が曖昧
4. 誰がどこで責任を持つかが見えない
そしてその下に、“まず直すべき順”を書いた。
問い合わせテンプレ。
発送ステータス定義。
在庫更新のタイミング統一。
「これでいいか?」
『良いです』
「もっと大きく直したくなる」
『知っています』
「でも、今回はここまで」
『はい。それで十分です』
ルイゼの補助は、相変わらず絶妙だった。
直接答えを出すのではなく、枝を切ってくる。
“今はやるな”を言ってくる。
それが本当に助かる。
「お前、コンサル向いてるんじゃないか」
『艦長ですので』
「万能ワードみたいに使うなよ」
『便利です』
「開き直るな」
作業は深夜まで続いた。
テンプレ文。
運用ルールの一行定義。
簡易フロー図。
“毎日やること”と“週一で確認すること”の切り分け。
気づけば、仕事に集中している自分がいた。
誰かの顔色ではなく、構造の方を見ている。
そのこと自体が、妙に新鮮だった。
◇
翌日。
恒一は、作った初稿を先輩に送る前に、三回読み返した。
伝わるか。
偉そうすぎないか。
でも安っぽくないか。
実際に回るか。
不安はいくらでも出る。
「……怖い」
『自然です』
ルイゼが言う。
「送った瞬間、めちゃくちゃダメ出し来たらどうする」
『直せばいいです』
「それが一番きついんだよ」
『でも、仕事です』
「うっ」
痛いところを突かれる。
そうだ。
これは趣味の感想ではない。
相手の現実に触るものだ。
ダメなら直すしかない。
それが仕事だ。
恒一は小さく息を吸って、送信した。
件名:
現状整理と一次改善案(初稿)
本文は簡潔にした。
現状の認識。
今回の範囲。
先に三点だけ回した方がいいこと。
必要なら打ち合わせ可能、という一文。
送る。
五分待つ。
返事が来ない。
十分快以上に長い五分だった。
『今、かなり落ち着きがありません』
「分かってる」
『部屋の中を二回立って、三回座りました』
「細かいな!」
『輪郭で分かります』
「ほんとかよそれ」
だが、たしかに落ち着かなかった。
水を飲む。
スマホを見る。
また置く。
意味もなくメモ帳を開く。
閉じる。
その十五分後、返信が来た。
かなり助かる。
こっちの問題がそのまま整理されてて見やすい。
テンプレ文もこのまま使えそう。
来週から試しに回したいから、簡単な使い方説明だけ追加でほしい。
恒一は画面を見つめた。
「……」
『どうしました』
「褒められた」
『はい』
「普通に」
『はい』
「かなり助かるって」
『はい』
少しずつ、ルイゼの返事が短くなる。
たぶん面白がっている。
「……うわ」
『面白い反応です』
「うるさい……」
でも、嬉しかった。
ちゃんと相手の役に立った。
お世辞じゃなく、具体的に。
テンプレ文も使えそう、とまで言われた。
それはつまり、自分の作ったものが、現実に刺さったということだ。
「……三万、もらっていい仕事になったかも」
『はい』
「まだ説明追加あるけど」
『それも含めて仕事です』
「だな」
恒一はその場で、追加の説明文を作り始めた。
今度は少しだけ手が速い。
自信がゼロではなくなったからだ。




