26
その日の退勤後。
部屋に戻った恒一は、コンビニ飯を流し込み、ノートPCの前に座っていた。
時刻は二十時二十七分。
少し早い。
だが落ち着かない。
デスク周りを整える。
不要なものをどける。
メモ帳を置く。
水を置く。
画面映りを確認する。
「……面接かよ」
『似たようなものかもしれません』
ルイゼの声。
「やめろよ怖いだろ」
『励ましたつもりです』
「壊滅的に下手だな」
『地球式は難しいですね』
恒一は苦笑した。
それから、少し真顔になる。
「なあ」
『はい』
「今回の件、何をどこまで言っていいと思う」
『異星技術のことですか』
「当然だろ」
『基本、言わない方がいい』
「だよな」
『ただし、“自分は作業整理と仕組み化が得意”という形に落とせる範囲はある』
「うん」
『実際、それは嘘ではありません』
「……」
『あなたは、今まで無駄に潰されていただけで、整理能力はあります』
無駄に潰されていた。
雑な言い方なのに、妙に的確だった。
「じゃあ、今回は普通に聞いて、普通に提案する」
『それで十分です』
「異星チートは?」
『使うとしても、裏側の補助まで』
「了解」
会議開始五分前。
心拍が上がる。
ルイゼが珍しく少しだけ近くなる。
認識の輪郭が寄る。
冷たい集中。
不要な枝を払う感覚。
『まず相手に喋らせる』
「はい」
『困りごとを、事実・頻度・影響で分けて聞く』
「はい」
『あなたが分からないことは、分からないと言う』
「はい」
『見栄を張らない』
「はい」
『あと、妙に格好つけない』
「おい」
少し笑ってしまう。
緊張が、わずかにほどけた。
『大丈夫です』
ルイゼが言う。
『あなたは、こういう時に思っているよりまともです』
「褒めてる?」
『半分くらいは』
「半分かよ……」
画面が切り替わる。
オンライン通話。
相手の先輩が映る。
懐かしい顔だった。
少し疲れている。
部屋の後ろには段ボールと商品棚。
「久しぶり」
「お久しぶりです」
「なんか固いな」
「いや、ちょっと」
「まあいいや。早速なんだけど、うち今、受注は伸びてるのに処理が回ってなくて」
「はい」
「在庫管理、発送、問い合わせ、請求、全部ぐちゃぐちゃ」
恒一は頷く。
メモを取る。
「何人で回してます?」
「実質二人」
「受注件数は月どれくらいですか」
「最近は四百超える」
「問い合わせの主な内容は?」
「発送時期、在庫ズレ、あと決済エラー」
「使ってる管理ツールは」
「ECサイトの標準機能と、スプレッドシートと、手作業」
聞く。
分ける。
整理する。
気づけば、会話は思っていたより滑らかだった。
相手が困っていること。
どこで手が止まるか。
どれが頻度高くて、どれがダメージ大きいか。
それらが、頭の中で自然に並ぶ。
後ろで、ルイゼが静かに補助してくる。
言葉ではない。
整理の感覚だけ。
質問の順番だけ。
踏み込みすぎない距離感だけ。
二十分後。
恒一は自分でも少し驚くくらい、自然に言えた。
「たぶん、いきなり全部直すより、まず三つです」
「うん」
「在庫更新のルール統一、問い合わせテンプレ整理、発送ステータス管理の一本化」
「……」
「この三つだけでも、だいぶ楽になると思います」
「へえ」
「必要なら、今の運用を見ながら、一回たたき台作ります」
「いくらで?」
「……初回なので、範囲見てからで」
「ざっくりでいいよ」
来た。
金額。
急に胃が縮む。
『低すぎる提示は非推奨』
ルイゼの声。
『ただし高く言いすぎるな』
「無茶言うな……」
恒一は一拍置いてから言った。
「まず現状整理と改善案のたたき台で三万円。実作業に入るなら別途」
「……」
「高いなら言ってください」
「いや、思ったよりちゃんとしてるな」
「え」
「もっと、知り合い価格の適当なやつかと思ってた」
「それは……一応、仕事なので」
「いいじゃん。じゃあそれで一回頼むわ」
決まった。
あまりにも、あっさり。
「え、あ、はい」
「今週中いける?」
「……いけます」
「じゃ、必要な情報送るわ」
通話が終わる。
静寂。
ノートPCの前で、恒一は数秒固まっていた。
「……決まった」
『はい』
「決まった」
『はい』
「三万」
『はい』
「うわ」
『今の反応はかなり面白いです』
「うるせぇ!」
でも、叫びながら、顔が熱い。
嬉しい。
驚いた。
怖い。
全部ある。
たった三万。
まだ小さい。
だが、ゼロではない。
会社に雇われていない場所で、自分の頭と手に値段がついた。
それが、とてつもなく大きかった。
「……やれるかも」
『はい』
「まだ何も終わってないけど」
『はい』
「でも、やれるかも」
『はい』
ルイゼが珍しく、そこで余計なことを言わなかった。
ただ、その“はい”の向こうに、確かな肯定があった。
◇
深夜。
通話内容を整理しながら、恒一はノートに大きく書いた。
初案件:在庫・問い合わせ・発送管理の整理案作成 3万円
字が少し震えている。
それを見て、自分で少し笑った。
情けない。
でも、本物だ。
「なあ、艦長」
『はい』
「たった三万でこんな嬉しいの、だいぶ終わってるよな」
『終わっていません』
「そうか?」
『始まったのです』
その一言は、妙に静かで、妙に強かった。
恒一はしばらく何も言えなかった。
始まった。
そうかもしれない。
本当に、少しだけ。




