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その夜。
部屋に戻ると、恒一はコンビニ飯ではなく、久しぶりに近所の定食屋に入った。
焼き魚定食。
味噌汁。
小鉢。
白飯。
ただそれだけのものが、妙にうまかった。
カウンター席で黙って食べながら、恒一は心のどこかがじわじわほどけていくのを感じていた。
「……飯がうまい」
『良かったですね』
頭の奥でルイゼが言う。
「共有してんのかよ」
『少しだけ』
「どんな感じなんだ」
『塩味。熱。油。あと、あなたの安堵』
「最後は味じゃねぇだろ」
『重要成分です』
恒一は思わず吹きそうになった。
「お前も食えたらいいのにな」
『それは難しいですね』
「だろうな」
『ただ、記憶経由の擬似体験なら可能です』
「へぇ」
『代わりに、こちらの食事感覚も返せます』
「興味あるな」
『今日はやめておきます』
「なんで」
『あなたが今、“宇宙美少女と間接食レポ共有とか何だこの状況”と思ったからです』
「やめろ!」
店内で声が漏れそうになって、慌てて口を押さえる。
危ない。
最近、こいつとの会話でたまに社会性が削れる。
部屋へ戻ってから、恒一はノートPCを開いた。
退職までの残タスク。
必要書類。
失業保険の確認。
国保と年金。
そして、新しい仕事の入口。
屋号。
空欄のままだったそこを、しばらく眺める。
「……センスねぇ」
『それは知っています』
「追撃すんな」
『事実確認です』
「最悪だ」
数分考えて、恒一は仮の名前を打つ。
ソウマ・ワークス
ださい。
ださいが、今はいい。
かっこよさより、動くことだ。
「仮でこれにするか」
『素朴ですね』
「うるさい」
『ですが、悪くありません』
「その評価、信用ならねぇな」
『今のは本当です』
恒一は事業内容の欄を埋め始めた。
•業務整理支援
•小規模事務自動化
•資料構成・要件整理支援
•試作小物の設計補助
•修理補助部材の簡易作成
かなり地味だ。
だが、それでいい。
最初は地味でいい。
目立たない。
奪われにくい。
説明しやすい。
そして、現実的だ。
「……これで本当に食えるのか?」
『最初から十分に、は難しいでしょう』
「だよな」
『ただし、睡眠補助と情報整理の分野は伸びます』
「なんで言い切れる」
『あなたの文明は、疲れた個体が多すぎます』
「身も蓋もねぇな」
『事実です』
そう言われると、妙に説得力がある。
『まずは一件、小さな受託を取るべきです』
「コネがない」
『あります』
「は?」
『前職で困っていた小規模取引先。あるいは、個人で事務処理に困っている知人の知人』
「知人の知人って」
『あなたの薄い人脈でも、その程度はあります』
「お前ほんと容赦ねぇな……」
だが、間違ってはいない。
厚い人脈はない。
でも、ゼロでもない。
過去にやり取りした外部の人間。
フリーランス気質の小規模事業者。
副業で困っていそうな相手。
思い返せば、数人はいる。
「……営業するか」
『はい』
「嫌だな」
『知っています』
「でもやるしかない」
『そうです』
そこで会話が少し止まる。
沈黙の中に、別の流れが混ざってきた。
ルイゼ側の疲労。
少し深い。
昼より濃い。
「お前、今日しんどかったか」
『……少し』
「何かあった?」
『艦内の補給配分で揉めました』
「補給」
『はい。誰を優先するか、どこを切るか、そういう話です』
「……きついな」
『きついですね』
淡々としている。
だが、その淡々さの下に、消耗が沈んでいる。
恒一は少し迷ってから、言った。
「じゃあ今日は、俺のどうでもいい話を多めに流すか」
『どういう意味ですか』
「お前の頭を仕事から離す」
『……』
「地球側でもあるだろ。疲れた時に、くだらない話したいこと」
『あります』
「だろ」
少しだけ、向こうの空気が静まる。
『では、お願いします』
「よし」
『ただし、あまりにもくだらなすぎると評価が下がります』
「何の評価だよ!」
『通信先としての』
「切るぞ」
『冗談です』
少しだけ笑った気配。
それで十分だった。
恒一はベッドに寝転がりながら、学生時代の変な失敗談や、昔ハマったアニメや、コンビニで毎回つい買ってしまう無駄なお菓子の話なんかを、ぽつぽつと流し始めた。
話しながら、自分でも思う。
変だ。
ブラック企業を辞めかけている男が、宇宙船の美少女艦長に、寝る前のどうでもいい雑談をしている。
状況の意味不明さは過去最高かもしれない。
でも、その意味不明さが、少しだけ救いだった。




