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昼休み。
自販機の前でコーヒーを買っていると、珍しく、前にいた若手の営業から声をかけられた。
昨日まで堂本に怒鳴られていた男だ。
名前は確か、吉崎。
「相馬さん」
「……お疲れ」
「その……」
「うん」
「ありがとうございました」
恒一は缶コーヒーを受け取りながら、少しだけ眉をひそめた。
「何の話」
「昨日のことです」
「……」
「俺、たぶん黙ってたらそのまま全部かぶせられてました」
吉崎は情けないくらい縮こまっていた。
でも、それでいいと思った。
こういうのは、堂々としている方がたぶん嘘くさい。
「俺だけじゃない」
恒一は言う。
「篠崎さんも動いたし、経理も法務も見てる」
「それでも、最初に言ったの相馬さんじゃないですか」
「まあ、結果的にはな」
吉崎は少しだけ迷って、声を落とした。
「堂本部長、前からやってました」
「……何を」
「外注、です。たぶん」
「たぶん?」
「俺、直接の証拠までは持ってないです。でも、説明できない発注が結構あって……」
「なんで今言う」
「怖かったからです」
即答だった。
あまりにも即答で、逆に責める気が失せる。
「でも、もう無理だと思って」
「……」
「俺、このままだと、あの人が落ちる時に下にいたやつら全員巻き込まれる気がして」
それは、たぶん正しい。
堂本が一人で落ちない。
篠崎の言葉が頭をよぎる。
責任の拡散。
管理不足。
認識齟齬。
そういう綺麗な言葉で、周辺までまとめて沈める。
会社はそういうことをする。
「持ってるものあるなら、外に逃がしとけ」
恒一は言った。
「メールでもメモでも、時系列つけて」
「……はい」
「感想じゃなく、事実だけ並べろ」
「はい」
「あと、今の会話は俺に言ったってことを、今は誰にも言うな」
「分かりました」
吉崎は深く頭を下げて去っていった。
コーヒーはぬるかった。
だが、少しだけ、流れが見えた気がした。
堂本はもう、圧で全員を黙らせきれない。
空気がひっくり返った。
それが大きい。
『あなたは自然に指示ができますね』
ルイゼが言う。
「なんだよ急に」
『交渉や整理の素養があります』
「買いかぶりだ」
『いいえ。少なくとも、相手を感情だけで追い詰めなかった』
「……そりゃ、今やると共倒れになるからな」
『それを理解して制御できるなら十分です』
制御。
その言葉に少しだけ引っかかった。
「お前の方でも、そういうのあるのか」
『あります』
「部下とか乗員とか?」
『はい。恐怖に引っ張られて壊れる者も、怒りに引っ張られて逸脱する者もいます』
「……」
『艦長は、状況だけでなく、感情の流れも読む必要があります』
なるほど、と思った。
それでこの女、人の情緒の拾い方が妙に上手いのか。
いや、上手いというか、容赦がないというか。
「お前さ」
『はい』
「かなりしんどい仕事してるな」
『そうですね』
「よくやってるよ」
『……』
沈黙。
ほんの少しだけ、向こう側の温度が揺れる。
『今のは、少し効きました』
「何に?」
『労いとして』
「そうか」
『あなたは時々、正しい場所でそれを言いますね』
「時々ってなんだ」
『常時ではありません』
「うるさい」
でも、その返答の奥にある柔らかさは、たしかに伝わった。




