表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/34

21

昼休み。


 自販機の前でコーヒーを買っていると、珍しく、前にいた若手の営業から声をかけられた。


 昨日まで堂本に怒鳴られていた男だ。

 名前は確か、吉崎。


「相馬さん」

「……お疲れ」

「その……」

「うん」

「ありがとうございました」


 恒一は缶コーヒーを受け取りながら、少しだけ眉をひそめた。


「何の話」

「昨日のことです」

「……」

「俺、たぶん黙ってたらそのまま全部かぶせられてました」


 吉崎は情けないくらい縮こまっていた。

 でも、それでいいと思った。

 こういうのは、堂々としている方がたぶん嘘くさい。


「俺だけじゃない」

 恒一は言う。

「篠崎さんも動いたし、経理も法務も見てる」

「それでも、最初に言ったの相馬さんじゃないですか」

「まあ、結果的にはな」


 吉崎は少しだけ迷って、声を落とした。


「堂本部長、前からやってました」

「……何を」

「外注、です。たぶん」

「たぶん?」

「俺、直接の証拠までは持ってないです。でも、説明できない発注が結構あって……」

「なんで今言う」

「怖かったからです」


 即答だった。


 あまりにも即答で、逆に責める気が失せる。


「でも、もう無理だと思って」

「……」

「俺、このままだと、あの人が落ちる時に下にいたやつら全員巻き込まれる気がして」


 それは、たぶん正しい。


 堂本が一人で落ちない。

 篠崎の言葉が頭をよぎる。


 責任の拡散。

 管理不足。

 認識齟齬。

 そういう綺麗な言葉で、周辺までまとめて沈める。

 会社はそういうことをする。


「持ってるものあるなら、外に逃がしとけ」

 恒一は言った。

「メールでもメモでも、時系列つけて」

「……はい」

「感想じゃなく、事実だけ並べろ」

「はい」

「あと、今の会話は俺に言ったってことを、今は誰にも言うな」

「分かりました」


 吉崎は深く頭を下げて去っていった。


 コーヒーはぬるかった。


 だが、少しだけ、流れが見えた気がした。


 堂本はもう、圧で全員を黙らせきれない。

 空気がひっくり返った。

 それが大きい。


『あなたは自然に指示ができますね』

 ルイゼが言う。

「なんだよ急に」

『交渉や整理の素養があります』

「買いかぶりだ」

『いいえ。少なくとも、相手を感情だけで追い詰めなかった』

「……そりゃ、今やると共倒れになるからな」

『それを理解して制御できるなら十分です』


 制御。


 その言葉に少しだけ引っかかった。


「お前の方でも、そういうのあるのか」

『あります』

「部下とか乗員とか?」

『はい。恐怖に引っ張られて壊れる者も、怒りに引っ張られて逸脱する者もいます』

「……」

『艦長は、状況だけでなく、感情の流れも読む必要があります』


 なるほど、と思った。


 それでこの女、人の情緒の拾い方が妙に上手いのか。

 いや、上手いというか、容赦がないというか。


「お前さ」

『はい』

「かなりしんどい仕事してるな」

『そうですね』

「よくやってるよ」

『……』


 沈黙。


 ほんの少しだけ、向こう側の温度が揺れる。


『今のは、少し効きました』

「何に?」

『労いとして』

「そうか」

『あなたは時々、正しい場所でそれを言いますね』

「時々ってなんだ」

『常時ではありません』

「うるさい」


 でも、その返答の奥にある柔らかさは、たしかに伝わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ