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退職届を出した翌朝、恒一は少しだけ寝坊した。
正確には、寝坊というほどでもない。
いつもより十五分遅く目が覚めただけだ。
だが、その十五分が妙に異質だった。
飛び起きなくていい。
胸の奥を、朝の時点で会社への嫌悪がぎちぎちに埋め尽くしていない。
行きたくないのは同じだ。
それでも、“永久に続く地獄へ戻る”感じが少しだけ薄い。
「……終わりがあると違うんだな」
ベッドの上で呟く。
暗い部屋。
薄いカーテンの隙間から差す朝。
安い充電器。
空のペットボトル。
見慣れたはずの全部が、少しだけ違って見えた。
出口がある。
その事実一つで、景色は変わる。
『生体反応、昨日より安定しています』
ルイゼの声。
「朝から人のバイタル見るな」
『有益です』
「便利な健康アプリみたいに言うなよ」
『あなたの文明に合わせた比喩です』
「無駄にうまいのやめろ」
そう返してから、恒一は少しだけ笑う。
笑える。
それ自体が、まだ不思議だった。
『本日は何を最優先にしますか』
「退職条件の文書化、引き継ぎ範囲の限定、私物データの整理」
『良いですね』
「あと、堂本の動きも見る」
『それも必要です』
「ただ、深追いはしない」
『賢明です』
「お前、それしか言わねぇな」
『本当に賢明な時しか言っていません』
「じゃあだいぶレアだな」
『はい』
即答された。
この艦長、最近ちょっと性格が悪い。
いや、たぶん最初から悪かったのが、距離が縮まって見えてきただけだ。




