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午後。


 堂本がついに恒一の前に立った。


 直接接触停止はまだ有効なはずだ。

 だが、フロア中央、周囲に人がいる状況なら“会話”はできる。

 その抜け道を使ってきたのだろう。


「相馬」

「……はい」


 恒一は椅子に座ったまま見上げる。


 堂本の顔は、二、三日でひどく老けて見えた。

 目の下が暗い。

 頬がこけている。

 怒りと焦りが、人をここまで分かりやすく削るのかと思う。


「お前、やりすぎ」

「何のことでしょう」

「とぼけんなよ」


 声は抑えている。

 だが、その抑え方が逆に生々しい。


「会社相手にここまでやって、お前も無事で済むと思うなよ」

「脅しですか」

「忠告」

「録音しますよ」

「……」


 その一言で、堂本の顎が固まる。


 効く。


 証拠を持たれる怖さが、今はこいつの枷だ。


「お前みたいなやつ、どこ行っても同じだぞ」

 堂本が低く言う。

「結局、誰かに使われるしかない人間なんだから」


 その瞬間、恒一の中で何かがすっと冷えた。


 前なら刺さっていた。

 深く。

 でも、今は違う。


「そうかもしれません」

 恒一は言う。

「でも、少なくともあなたにはもう使われません」


 堂本の目が見開かれる。


 たぶん、予想外だったのだろう。

 怯えるか、黙るか、せいぜい言い返して空回りすると思っていたのかもしれない。


 だが、今の恒一は、もう少し違う場所に立っていた。


「……っ」


 堂本は何か言い返しかけたが、結局、舌打ちだけして去っていった。


 フロアの何人かが、それを見ていた。

 でも、誰も何も言わない。


 それでいい。


 この会社に、もう承認は求めていない。


『今のは良い返答でした』

 ルイゼが言う。


「珍しく褒めるな」

『本当に良かったので』

「……そっか」


 胸の奥に、じわりと何かが広がる。


 勝利感ではない。

 解放感に近い。


 たぶん、あの一言は堂本に向けたものではなかった。

 自分自身に向けて言ったのだ。


 もう使われない。

 少なくとも、あの男には。

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