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金曜日の朝。
恒一は、スーツの内ポケットに白い封筒を入れていた。
退職届。
たったそれだけの紙。
なのに、妙に重い。
切り札というには地味だ。
爆弾というには静かすぎる。
だが、少なくとも刃物には似ていた。
使う側も無傷ではいられない類の。
会社へ向かう電車の中で、恒一は何度もその存在を確かめた。
触らない。
見ることもしない。
ただ、そこにあると理解する。
今日は提出しないかもしれない。
でも、持っているだけで違う。
逃げ道があるのではなく、切る手段がある。
それが、今の恒一には必要だった。
『緊張していますね』
ルイゼの声。
「そりゃな」
『提出予定時刻は未定?』
「未定」
『衝動的提出は非推奨です』
「分かってる」
『良いことです』
相変わらず、感情的な場面でも妙に冷静だ。
いや、冷静だから助かっているのか。
「まずは今日の一次回答を見る」
『アサイン変更の件ですね』
「そう」
『それで、会社がまだ使える場所か判断する』
「正確には、使えるかじゃない」
『では?』
「ここに残る意味が、まだあるかだ」
言ってみて、自分でも少し驚く。
前なら、“辞めてもいいのか”だった。
今は違う。
“残る意味があるか”だ。
視点が変わっていた。
『良い変化です』
「いちいち採点すんな」
『楽しいので』
「絶対それ本音だろ」
『はい』
最近、この艦長、だいぶ遠慮がなくなってきた気がする。




