表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/22

10

堂本の直接接触停止。


 その一文は、紙の上ではたしかに効力を持っていた。


 だが、紙の上だけだ。


 翌朝、恒一は出社して五分でそれを理解した。


 まず、仕事の流れが不自然に変わった。


 堂本は直接話しかけてこない。

 その代わり、若手や中堅を挟んで、細かい修正や確認依頼が何重にも飛んでくる。

 しかも、微妙に責任の所在がぼやける形で。


 “堂本部長がこう言ってました”

 “至急で確認ほしいそうです”

 “相馬さんの認識違いかもしれないんですが”


 全部、便利だ。


 本人は手を汚していないように見える。

 命令も記録に残りにくい。

 受け手は誰に従っているのか曖昧になる。


「……姑息すぎるだろ」


 モニターを睨みながら呟く。


 すると、頭の奥にルイゼの声。


『直接攻撃が封じられたので、迂回に移ったのでしょう』

「分かりやすいな」

『追い詰められた個体は、習性が濃く出ます』

「その言い方、妙に腹立つな」

『では訂正します。追い詰められた人間は、癖が露骨になります』

「そっちの方がましだ」


 少しだけ口元が緩む。

 こういうどうでもいい会話が混ざるのが、最近、妙に救いになっていた。


 だが現実は、別に甘くない。


 午前十時。

 社内チャットに新しい通知。


業務運用見直しに伴い、一部担当アサインを変更します。


 嫌な予感しかしない文面だった。


 開く。


 恒一の名前があった。

 担当案件のうち、比較的見栄えの良いもの、顧客評価の高いものがまとめて外されている。

 代わりに押し込まれていたのは、炎上しかけの案件、責任範囲の曖昧な雑務、誰も触りたがらない保守対応。


「分かりやすっ」


 思わず声に出た。


 近くの席の男がちらりと見る。

 すぐ逸らす。

 いつものことだ。


 だが、恒一はもう昨日までの恒一ではなかった。


 堂本が直接触れられないなら、別の形で潰しに来る。

 それは予想の範囲内だ。


 問題は、どう返すか。


 そこへ、チャットが一件飛ぶ。

 篠崎からだった。


見た?


見ました


それ、報復っぽく見えるね


 “見える”。


 やっぱりこの人はそこを雑に飛ばさない。


断定はまだできませんけど


うん。だから証拠積んで


 短い。


 だが、それで十分だった。


 恒一は画面を閉じ、メールを整理し始める。

 アサイン変更の通知。

 変更前の担当一覧。

 直近の評価メモ。

 堂本を経由した依頼の流れ。


 残す。

 比較可能な形にする。

 怒りを、そのまま怒鳴り声にしない。


 その作業の最中、不意に胸の奥がざらついた。


 ルイゼの感情だ。


 普段より少し強い。

 苛立ち。

 いや、苛立ちに似た警戒。


「どうした」

『……あなたの組織は、かなり非効率です』

「そこ?」

『そこです』

「いや、そこはそうだけど」

『能力の配分ではなく、権力維持のために構造が使われている』

「そういうことだな」

『不快です』

「お前が?」

『はい』


 その答えに、恒一は一瞬黙った。


 不快。

 ただそれだけの単語なのに、妙に温度があった。


「……なんで」

『あなたが損耗するからです』

「……」

『それは取引相手として非合理です』

「言い直したな?」

『少しだけ』


 少しだけ、が嘘なのは分かった。

 今の感情の揺れ方は、単なる取引評価ではない。

 ただ、それをあえて言葉にしないあたりがルイゼだった。


 恒一は小さく息を吐く。


「まあ、ありがとう」

『はい』


 あっさりしている。

 だが、そのあっさりした返事の奥に、ほんのわずかな安堵が混じる。

 この通信、本当に距離感が壊れる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ