噛み合わない歯車
マッチングアプリ「二人」でのやり取りは、すべてメッセージだけで完結する。 私は机に座り、ひやかし半分でその深淵を覗き込んでいたが、一人目の女性との交信で、早くもこの世界の異質さに直面することになった。
これは、単なる出会いの場ではない。 言葉を交わしながら、決して心が重ならない「現代の不条理劇」なのだ。
最初に接触してきたその女性は、ひどく熱心にこう言った。
「あいたいですね」
会いたい。その一言に、多くの男は浮足立ち、幻想を抱く。 だが、作家・草薙素子は冷徹に次の手を打つ。
「それじゃ、待ち合わせ場所を決めよう」
具体的な提案をした途端、それまでの熱っぽさが嘘のように、彼女は言葉をはぐらかし始めた。 右へ左へと話題をそらす彼女に、私はさらなる楔を打ち込む。
「それなら、あなたが場所を決めてほしい」
返事がない。 液晶画面の向こう側で、彼女という存在が霧のように消えていくのを感じる。 沈黙を破るため、私は具体的な日時と、誰もが知る有名な待ち合わせ場所を提示した。
「何日から何日までの、十四時でいいか」
妥協案でもあり、最後通牒でもあるその言葉に、彼女はようやく口を開いた。 だが、返ってきたのは合意ではなく、鋭い拒絶だった。
「勝手な人だ」
私は思わず、暗い部屋で一人、膝を打った。 会いたいと言ったのは、彼女の方だ。 しかし、現実の距離を詰めようとした瞬間に、彼女は被害者の顔をして私を拒絶する。
噛み合わない歯車。 出口のない対話。
一人目にして、私はこの「二人」という迷宮の洗礼を受けた。 彼女たちが欲しかったのは、会うという現実ではなく、会いたいと言い合える虚構の時間だけだったのかもしれない。
私は、この不毛な交信の記録を、一字一句書き留めることにした。 小悪魔たちの化けの皮を剥ぐために。




