話し
女性は、しばらく視線を落としたまま黙っていた。
湯気の立たないお茶を、両手で包む。
「……変な話、ですけど」
そう前置きして、
それから、言葉を探すように話し始めた。
「前に、付き合ってた人がいて」
声は落ち着いている。
けれど、語尾がわずかに揺れる。
「別れたあとも、
何度か連絡が来ました」
連絡。
それだけの言い方だった。
「最初は、普通でした。
近況を聞くとか、
謝りたい、とか」
彼女は一度、息を吸う。
「でも、だんだん……
私がどこにいるか、
知ってるみたいなことを言うようになって」
問い詰めることはしなかった。
私は、ただ頷く。
「この部屋に引っ越したのも、
知られてないはず、でした」
——はず。
「それなのに、
ある日、
郵便受けに、それが入ってて」
彼女はバッグから、
小さな袋を取り出した。
中身は、
さっき床に落ちていたのと同じネックレスだった。
「これ、
その人がくれたものです」
私は無意識に、
視線を逸らした。
「捨てたと思ってました。
でも……」
声が、少しだけ低くなる。
「部屋にいると、
誰かに見られてる気がして」
夜だけじゃない。
昼でも。
「音がするわけでもないし、
何かが動くわけでもないんです」
それなのに、
落ち着かない。
「眠れなくなって、
それで……」
彼女は、
そこまで話して、言葉を切った。
私はネックレスには触れず、
テーブルの上に視線を落とす。
この手の話は、
珍しくない。
「最後に、
その人と連絡を取ったのは、いつですか」
私の問いに、
彼女は少し考えてから答えた。
「……一ヶ月前です」
私は頷き、
もう一度、ネックレスを見る。
「……これ、
まだ終わってないですね」
彼女が、
息を呑むのが分かった。




