2/12
依頼
午前中は、何もなかった。
電話も鳴らず、
メールも来ない。
こういう日は、
何も起きないまま終わることが多い。
だから、
午後になって鳴った電話に、
少しだけ反応が遅れた。
「……はい」
受話器の向こうで、
女性の声がした。
落ち着いているようで、
どこか不安定な、
言葉を選びながら話す声。
「見てもらいたいものがあって……」
詳しい説明はなかった。
ただ、
「部屋にいると落ち着かない」
「気のせいかもしれない」
そう、何度も前置きされた。
私は、
住所と時間だけを聞いた。
それ以上は、
電話では意味がない。
通話を切ったあと、
鞄の持ち手を、無意識に握り直す。
指の内側に、
あの不快な感覚が、
また、薄く戻ってきていた。
まだ、何もしていないのに。
私は一度、息を吐いた。
今日は、
あまり良くない日になる。
そう思いながら、
指定された住所を
メモに書き写した。




