表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

セキュリティ堅牢にはまだ程遠い

「あの……」


路地の明るい方へ進む彼女がとっさに振り向く。


「何かしら?」

「ムショに戻されるんですか」


急ぎ足が止まり、少し眉をしかめる。


「『むしょ』って、何のことかしら」

「僕は服役中に脱走したんです。でも本当はそういうつもりではなかった」

「やっぱり……あなたも『外道アウトロー』の一員だったのね」

「……?」


彼女の顔がますます険しくなってくる。もともと強く固定されていた右腕も、がっちりと締め付けられる。妙に力があるのだ。これでは手錠や鎖も不要だろう。


しかし、その外見からはまるで身分が想像つかなかった。地味な色のワンピースに、木製の首飾り、派手な装飾は一つも見当たらない。遠目で見ればどこにでもいる街の女性のようだったが、透き通った紫色の瞳はどこか神秘的で、凡庸さとはかけ離れた顔立ちをしている。

あえて身分を隠しているのだとしたら、一つ心当たりがあった。


「教会の者ですか?」

「……否定はしないわ。ルシュエル教会の御意思によって命を受けたの」

「要監視対象として連行を願うわ。あなたに危害を与えるようなことはしないと約束する」


僕の中で何となく察しがついた。あの怪しい占い師のおばあさんが言っていた通りだったのか。あるいは単に、変な服を着ている変質者として疑われている可能性もあるけど。


「構いません。でもさっきから腕がものすごく……」

「家まで遠いから、少し急ぐわよ」


突如、速足で駆け出す。


「えっ……イタタタっ!」


――今思えば、これは連行というより誘拐だったのかもしれない。



彼女に引っ張られ、鞭を打たれる馬の如く、市街から離れた郊外の緑地へと全力ダッシュした。ずっと6畳の檻に閉じこもっていた体にはキツい。あとで筋肉が悲鳴を上げそうだ。


一戸建ての家がポツンと見える。

市街にある建物と比べて、黒の木造とコケの生えた屋根はどこか牧歌的だ。彼女から漂う気高い雰囲気とは対照的に、家自体は質素な造り。それは地味な装いと同じだった。

庭園というほどの広さはないが、花壇にある植物はどれも綺麗に管理されている。

しかし異様な点が一つ。


「ハァハァ……窓が景色を反射してる……?」


中は暗くなっている。外から覗き見されるのを防ぐためのカモフラージュだろうか。

そのまま玄関をくぐり、ようやく右腕が拘束感から解かれた頃、彼女は紫がかった白い髪を揺らしながら振り返る。


「これより暫くの間、自由行動を禁止するわ。私の監視下から逃げれば、あなたは隔離区域に放り込まれることになる」

「は、はい……」

「あなたには重大な容疑がある。だけどこの件は教会内でも表沙汰にできないの」

「以前教会に来ていたことも、隔離区域から脱走した連中と接触したことも知っている」

「ベルリア市国とルシュエル教会では既に厳重な対処を行っていた。承認された取引先以外は外部との交易も断ち切り、移民の出入りも許可しないよう、検問所の警戒も強めていたの」

「……そうでしたか」

「まさか知らなかったとでもいうの?」


話を聞く限り、僕の前科とは無関係のようだ。そこまで厳重に移民の管理を行っているのだとすれば、もしかすると彼女は今までわざと泳がせていたのかもしれない。


「教会はただ教えを説く場ではなくて、様々な機能を果たしている。ベルリアの治安や登記情報に関しても一部の権限は教会にあるのよ」

「……僕は何も知りません。ここに来たのは初めてです」

「それは本当なのね?本来ならば教会で尋問が行われるのだけど、私はやり方に疑問を抱いているの」

「まだあなたが異端だと決まったわけじゃない。彼らはルクスの加護から見放された罪深き者たち。中には禍々しいクリソスを以て、偽りの繁栄を享受する者もいる」


確かに教会の話と一致している。


「えっと……僕は盗賊の類いではありません」

「あなたの言葉が信用に値するかどうか、まずは所持ルクスを確認させてもらうわ。それともう一つ」

「動かないで、手を上げなさい」

「は、はぁ……」


終わった……職質だ。まぁそんな気はしていたけど、僕は確実に見つかってはいけないものを一つ所持している。

元々盗まれるリスクもあると警戒して、肩の近くまで引っ込めていたのだが、それが露出してしまわないようにと、念力で僅かに数センチずらした。まさかの成功である。


「服の裏も確かめさせてもらうわよ」


彼女は顔の近くまで接近し、上目遣いで僕の挙動を観察していた。異性にこれほど距離を詰められたのは初めてかもしれない。


「ポケットの中にあるこれは何かしら?」


取り出されたのは、刑務所のカギをこじ開ける実験で使用した針金である。

冷や汗が少しにじみ出た。


「……工作が趣味なんです」

「そう?じゃあ念のため、服の裏もちゃんと見させてもらうわ」


これはまずい。

空き家にいた頃は人目に隠れて、金貨に変化した腕輪を遠くに飛ばす実験をしてた。半径5メートル以上を超えると元の場所に戻ることは何度も検証済みだ。


「まさか、脱ぐとか?」

「……そのまさかよ」

「えっ」


全身のどこかにクリソスを隠しているのだろうと疑われている。すなわちパンツ一丁になれということだ。しかし極めて深刻そうに言っているし、彼女の人となりからして、とても変態だとは思えない。あくまで職務を果たすための責任感が強いのだろう。

腕輪があるのは右腕だ。

もし万が一脱がされた時には、半径5メートル以内の死角に高速で投げ飛ばせば……


対策は事前にしておくべきだった。腕輪の呪いは不可抗力とはいえ、それは一か八か。

右腕の袖を掴む手が伸びたその時。


「う、うわあああああ!」


床を蹴ってバランスを崩し、偶然を装いつつ、背後へ勢いづきながら盛大に転げ落ちた。


「イ、イタタタッ……」


腕から血を流した様子を目にし、彼女はやるせない表情を浮かべる。


「本当に脱がすと思ったのかしら?」

「あ、いえ……ここのフローリングがツルツルになってるから、つい滑ってしまいました。それと所持ルクスも見せます」


バイトやイベントのおかげで、僕はそもそもルクスを少しばかり獲得していた。やはり金貨を投げるなんてそれこそ犯人だと自白するようなもの。なんせ彼女は腕の力が強い。動体視力も普通ではないかもしれないのだ。


「5299ルクス。これは間違いないのよね?……いえ、ルクスが間違って表示されるなんて、あり得ないことだもの。ルクスの所持を証明できれば十分よ」


しばらく沈黙が続いた。


「あなたがルクスという名の信用が欲しいのであれば、教会に従事することを条件とする。私もそれなりに権限はあるの」

「不審な行動はしないと誓ってくれるのなら、異端としての容疑はしばらくかけないでおくわ」

「ただし、約束を破ったら、あなたは一生『隔離区域』から出られなくなる」

「あっ……」

「どうしたのかしら?」

「ルクスがあると証明されたのに、僕を解放しない理由はなんですか?」

「それは安全のためよ」

「やっぱり僕を疑ってるんですよね?」

「本当はちゃんとした企業に就職して、安定した収入を得るつもりだったのに、その土台を一瞬で壊して……あぁ、なんて最低な親不孝なんだッ!」


もちろん今の言葉は演技である。彼女はおそらく元の世界での事情を知らないのだ。当然と言えばそうかもしれないが、僕はあえて疑って見極める必要がある。


「『キギョウ』って……? 言ってる意味がよく分からないのだけど」


その後、僕は『キギョウ』について詳しく解説を続けた。


「――企業とは、わかりやすく言えばこの世界を牛耳る魔王のような存在だ」

「国家を遙かに上回るほどの富を所有する、人の人格を持つ、人でない者。時に法や国家の追及すら逃れる権限を有す、至高の存在」


ファンタジー世界といえば魔王。企業の意味を知らない人にも通じやすくするために、わかりやすい表現を心がけたが思ったより反応はイマイチで、彼女はあっけにとられた様子だった。


「魔王? 私もおとぎ話くらいでしか聞かないわね。にしても、あなたの話は非現実的すぎるわ」

「一つの王国を優に超える規模の富、それらを王族や教会以外の者が手にしてること自体あり得ないの」

「公共事業は、ルクスを最大限に所有している者によって営まれる。その権限を得るには王族で無い限り、選挙で勝ち抜き、人々の信頼を得て国に貢献するか、あるいは教会に従事するほかない。国家を上回るほどの権限を持つ存在なんて、ふふっ、ありもしないわ」

「ましてや賊のような輩に……そう、断じてあってはならないことよ」


饒舌な調子が急に途絶え、言葉が滞り始める。何かを憂うかのように。

が、再び鋭い目つきに戻り、手にした聖職者の杖を眼前に突き出した。


「あなたが要注意人物であることは確かね。『キギョウ』の話を聞いて、その確信はなおさら強まったわ」



そのまま夜が訪れた。

この世界は照明が貴重なのか、卓上のランプ以外には、天井にすら何も設置されていない。むしろ明かりは付いていたほうが空き巣対策にはよいのだが。


にしても、この家は奇妙だ。

食器や家具もまるで新品のごとく、艶が白く反射している。

家の周囲に敷き詰められた音の鳴る砂利に、外からは真っ暗で何も見えない特殊窓、それをカモフラージュするかのようにツル植物を敷き詰めている。おまけに脱出口まで存在していた。


彼女も実は僕と同じで、セキュリティ厨ではないだろうか。どこか親近感がわいてしまう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ