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公式ギャンブルとは推し活である

金貨を使ってしまった代償なのか、今日はあまり調子が良くない。

だけどメルルは午前中からかなりご機嫌だ。


「見てください、このハンカチ!」

「ごほっ、ハンカチがどうしたの?」


よく見ると紋章に似た刺繍が施されている。

会場にあるお土産売り場のような場所では、ありとあらゆる記念品が並んでいた。


「こっちはエカテリーナさんをモチーフにしたハンカチで……」

「あとこっちはネーヴェちゃんもつけてるリボン!イラストも可愛いですよね~」


ネーヴェという名前の女の子とは先ほど遭遇した。

白いシュシュをつけていて、眼鏡をかけていて少し地味そうな雰囲気の子。チケットが余っているからと僕にも渡してくれたのだ。


「会計する場所もなさそうだけど、どうするの?」


辺りを見渡してもやはりレジを見かけない。


「えっ?その人への想いを込めれば、ルクスはちゃんと届くんですよ」


メルルは祈るような所作をしながら満足げに語る。言ってる意味がわからない。


しかし結果は予想を裏切った。彼女の目の前には青いスクリーンが現れ、確かに決済が行われた痕跡がある。


「ふふっ、花闘祭が終わるまでは、ネーヴェちゃんが一番になってるのか結果は見られないけど……ちゃんと一票入れられてよかったぁ!」


頬を綻ばせてにっこり笑う姿は可愛い。ご機嫌な様子でステップし始めると、それに応じて、頭に乗っかっている獣耳の装飾もピクピクと動いた。


「ごほっごほっ……」

「具合悪いんですか……?えっと、今日の分のお菓子も作っておきました!ネーヴェちゃんには直接渡せないかもしれないので……レンくんが食べて元気になってください!」

「あ、ありがとう」


なぜ暗い表情をしたネーヴェという人のことがそれほど好きなのか、僕には理由が分からなかった。もちろん明るい人が必ずしも皆の好みだとは限らないけど。



そして、一人の中年のおじさんが花闘祭の幕を開ける。


「皆さん、よくぞお集まりいただきました!」

「うおおおおおお!」


ちなみにメルルの話によれば、このおじさんもベルリアで1年に1度だけ開催される総選挙に出場する立候補者らしい。


花闘祭は年に4回、歌や踊りもパフォーマンスも、試合も開かれるという何とも大層なイベントではある。超人じみた曲芸をする女の子たち、自分のマニフェストや思想を歌にする出場者、教会から差し出されたのはルクスへの祈りを捧げる合唱団。なかなか独特ではあるが、思ったより演出が少し地味だ。さすがに僕のいた世界とは文明が違うからというか。


「次なる出場者!サトーリノ・キュニコス!」

「地べたを這う者よ、クリソスを捨てよ~、樽に住み、祝杯を挙げよ~、欲を捨て、犬っころのように吠えたまえ~♪」

「ワンワン!」


歌が終わった後、この円形会場の観客席にて青いスクリーンがぽつぽつと光り始めた。一部の賛同者がルクスを『念力』だけでサトーリノに投げ銭したそうだ。


「う~ん、早くネーヴェちゃん出てこないかなぁ……」


メルルは少し退屈そうにしている。

しかし後ろからの視線が冷たい。白黒のボーダーの囚人風ワンピースは、腕輪と同じく未だに手放せなかった。なぜなら脱いでしまえばパンツのみになってしまうからである。

衣類は上下揃えようとすると最低4000ルクス以上はするので、目立つリスクはあってもまだ温存しておきたい。


そのほかは愛や英雄譚など普遍的な内容が多い。歌謡大会が終わると、次は凶暴な動物と闘う戦士たちの姿が見えた。確かに元の世界では見慣れない形だ。


「グオオオオオオ!」


熊のような黒い巨体に、赤色の模様が描かれ、しかも獰猛な顔つきをしている。


「捕獲された野生動物と戦っているの?」

「魔獣ですよ~」

「今はもう希少になってしまいましたけど、普通のケモノの中にも凶暴な種類がいて、それで花闘祭だと地元の闘士達が闘うんです」

「それより、ネーヴェちゃんはすごいんですよ!近づくだけで大人しくなっちゃうの。」

「それで会場にいる人は賭けをしてるんだ?」


会場は先ほどと比べて熱気が漂っていた。やはり人は誰かが危険な状況に遭うかもしれないという潜在的な恐怖を感じると、同時に興奮を覚えるのである。VIX指数(ボラティリティ指数)が高い時期にトレード量が増加するデイトレーダーの心理と同じだ。


「さてさて!今日の闘士はあの猛獣を相手に生き延びられるか賭けをしよう!第三試合のオッズは2.8倍だ!」

「1万ルクス!あいつは他の闘技大会でも準決勝まで行った!」

「確かに!だが今回は人間相手じゃねぇ。見ろよあの獰猛な爪、首を狙われたら一撃だぞ?」

「ふむ、ならば私は死亡に5万ルクスだ」


そして第三試合の出場者であるツヨッシーは死亡こそはしなかったが、魔獣の咆哮に気絶して倒れ、戦闘不能に陥った。5万ルクスを賭けた黒づくめの男が見事、倍の掛け額を手にする。



ちょうど昼頃になり、いったん休憩時間が挟まるとメルルからサンドイッチに、ビスケットと飴玉を貰う。


「はむむ……」

「やった、次ですよ!」

「……何が?」

「さーて、いよいよ皆さんお待ちかねのネーヴェが只今より出場いたします!」

「ネーヴェちゃん!ネーヴェちゃん!」


司会のおじさんが再び声をかけた途端、観客たちがどよめき始める。

会場に現れたのはアイドルらしいフリフリとした衣装……に似た、白い短めのドレスを纏った女の子。肩まで届かないほどの淡い水色の髪で、あざといと言えるほど愛らしい表情を振りまいていた。


「みんな~♪」

「わぁああああああ!」


あれ、確かに頭にシュシュらしきものをつけてる。気のせいかな。

さっき会った女の子は髪も黒くて、腰の近くまで伸びていた。


「あの檻に入っているのって、さっきの熊よりも凶暴そうだけど」


出場者用のゲートの反対側から運ばれている車両の上には魔獣を入れるための檻が。


「ネーヴェちゃんなら大丈夫です!」

「いや、さっきの闘士よりも全然強そうには見えない……」


確かに周りの人たちも誰一人として不安そうな表情を浮かべる者はいない。

彼女に集まったルクスが会場内の大スクリーンに表示される。総額は4350万ルクス。


檻から魔獣は放たれ、車両を運んでいた者も円形会場の端に引き下がり、ネーヴェの挙動をただじっと見つめている。

歓声が溢れる中、僕は上の空で、会場に集まった人数とルクスの総額を計算していた。メルルも5000ルクスほど賭けているらしい。こんな大人しそうな子なのに意外と大胆だな。


ネーヴェが作り笑いでウインクすると、綺麗な睫毛がひときわ際立つ。警戒させないよう穏やかに近づき、その足取りはあたかも小動物をあやす場面に似ていた。


「ずっと怖い思いをしてきたんだよね。でも、もう大丈夫だよ」


檻の中では威嚇していた魔獣も、なぜか彼女の前ではぴたりと立ち止まってしまった。

そして至近距離までお互いの顔が近づき、ネーヴェは微笑みを絶やさず、おまじないをかける時のように手で円を描いた。


「みんな大好きにな~れ♪」

「みゃう~~~」


魔獣はごろんと腹を見せてゴロゴロし始めた。とんでもなく巨大な図体だというのに、知らない人に気を許した時の子犬と重なって見えてしまう。


割れんばかりの歓声。


「うおおおおおおおおお!」

「かわええ~!やっぱ天使みてぇだ!」

「わぁ、魔獣さんが気を許してくれました!可愛いですよね~!」


隣に居るメルルも両手を挙げながら歓声を送っていた。


「ありがとう、みんな~♪ みんなからの気持ち、ちゃんと受け取っておくよ!」


すると直後に、スクリーンに表示されていた4350万の表示が消える。

僕はすぐさま違和感に気づいた。


「あれ、賭け額が戻ってないみたいだけど」

「えへへ、ネーヴェちゃんのためですよ~」


メルルは頬を赤くして、今度は獣のしっぽがゆさゆさと揺れる。相変わらずクオリティの高い製品だ。


閉会式はネーヴェが台上に上り、歌とダンスと大歓声、そしてルクスの投げ銭と共に終わった。

会場を共に出た後、記念品の陳列がどこか変わっているような気がする。今日付き添ってくれたお礼として、メルルからは何やら巻物を受け取った。ネーヴェからの応援メッセージらしく、これを読むと元気が出るんだとか。





(ガラガラガラ……)

再び檻の中に戻され、車両で運ばれていく魔獣を見ながら、ふと以前の自分の境遇を思い出す。

別れた後、狭い通りの道を一人で歩いていた。教会にいた時の視線が蘇る。どこか近づいてはならないような凛とした雰囲気。


……やはり気のせいではなかったか。逃げよう。


金貨を密かに投入して運動能力を強化しながら、さながら逃亡者のように、路地裏を走りながら障害物をかき分けて反対方向へと向かう。

しかし先回りされていた。


「なぜ逃げ回るのかしら」


凍てつくような青い瞳、紫がかった長髪、凜とした雰囲気の女性。気づけば両腕を掴まれている。


「あなたに要件があるの」

「はい……?」

「一緒についてきてくれるかしら」


大体予想は付いていたし、半分諦めていた。ついに連行されるときが来たのだと。

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