防御は最大の攻撃である
「おいw 学校に金貨持ってきて大丈夫なのかよ、見つかったらやばくね?」
それは本物じゃなくて、真鍮という合金だけどね。5円玉と同じ。
「さて、賭けをしよう。総額いくらか当てられたら、これ全部あげる」
「マジで!?」
10万、114万、514万……って、オークション会場かよ。
合金は便利で、囮として使える。路上でひったくりに襲われれば、リュックに備え付けのセンサーが作動し、鋼板がそいつの顔面に一発殴り込んでくれた。正当防衛だし、罪悪感はゼロ。
「やられたらやり返す」のではなく、「やられる前にやる」。これが鉄則だ。以前はバグハンターで賞金を狙ったり、大義のためだとか厨二的な意識に駆られたこともあったが、少し反省してる。本物の金や貴金属は延べ棒にして金庫に入れるより、日用品や家具に紛れさせたほうが分散管理っぽいし安全だと思ってた。父さんには高級腕時計と称し、母さんには24金ジュエリーとして。
なぜか昔話を思い出したところで、忘れかけていたあの仕様がようやく頭に浮かんだ。
「魔力……肉体強化……」
しかし、金貨を袋の中に隠し持っている盗賊らしき輩は、僕の財産を狙っていた連中とどこか似ている。
さてと、食費そっちのけで購入したアレを使うときが来たか。
倉庫の裏側から箱を土台にしながら音を立てぬよう登っていき、窓の施錠を外すと、薄闇の中に3つの影が見えた。とりあえず実験とさせてもらうよ。
「うぐっ!」
「ゲホッゲホ!」
スクラップとスクラップ収集で交換した素材を用い、合成した手作りの煙玉である。
そして僕は難なく中へと侵入した。
実は足をくじいちゃったけど、どさくさ紛れで敵に気づかれずに済んだ。
狙うは大柄の男が抱えている金貨の入った袋。鈍った体を起こして颯爽と駆け抜けた。
「へっ……??」
なぜか途中で足が滑った。
「な、なんだこいつ、俺たちのほうに迫ってくるぞ!」
足で蹴り飛ばす予定だったのに、そのまま一直線にストライクして大直撃。
金貨の粒がエフェクトのように空中でゆらめく。まるでバブルがはじけ飛ぶときの泡沫の幻。
その中から僕が手にしたのは一枚の金貨だった。しかし、あの腕輪に比べると純度が低い。
「仕方ない、使ってみるしかないか」
本当は失いたくなど無かった。なんせ一時的にとはいえ自身の力になるというのは眉唾物だ。
袖の中に金貨を忍び込ませると、腕輪が急に神々しい輝きを帯びて光り出す。
先ほどの煙幕も効果が薄れていき、段々と男たちの姿が見えてきた。
散々にも床にぶちまけられた金貨を拾おうともせず、煽りの言葉を投げていく。
「なんだぁ? その格好は!」
「まるでどこかに出てくる囚人みてぇだな。クリソスに目が奪われて、持ち去ろうとした盗賊ってところか? にしてもドジだなぁお前!」
えっと……僕が盗賊?確かに夜も外出すれば他の人に目を付けられるリスクはあるけど。向こうはナイフを所持している。外見的にはそっちのほうが悪人っぽいけどどっちもどっちか。
まぁ今のはハッタリだけどね。床が濡れていたのが悪い。
体長2mはありそうな大柄の男の胸元目がけて、右ストレートを撃つ。
「ぐおおおおっ」
どうやら効いているようだ。1枚の金貨を使用した効果が嘘では無いらしい。
すなわち僕のポジションがロングに傾いている。生存確率が上昇しているのだ。
「フン、舐めやがって!」
すぐに反撃は訪れた。セキュリティ厨だった僕はこの時にして痛いほど思い知る。資産の安全を守ることに偏執しすぎて、護身術は何一つ勉強してこなかった。
体は大きく吹き飛び、背中が床に打ち付けられたが、少し体が頑丈になってる気がした。
変動率が高くなっているとはいえ、ちょうど手元に落ちていた金貨を2つ掴み、賭けを行う。
「フフフ……フフフ……」
立ち上がる際も謎の笑いを含みつつ、何もない右手をぐっと握りしめた。
多分、僕を殺れると思っているから金貨の回収すら行わないのだろう。なんて管理がずぼらなんだ。とりあえず検証のために、金貨をありったけ全部、腕輪の中に『吸収』しておいて、あとで使う必要が来たときのために『貯金』しておくのも悪くない。
白黒が交差するボーダーを身に纏った者。錬のふざけた衣装からは得体しれないオーラが放たれている。
既に瞬発力も一気に向上し、リーダー格である大柄の男を除いて、あとのモヤシと芋っころは少し怖じ気づいた。
「ひ、ひぃ……」
「こいつはただのハッタリだ。雑魚のようなお前らでも倒せる。殺れ!」
「ふん、やっちまえ!」
三本の刀身が錬のもとへ一気に間合いを詰めてきた。
武器を持たない金融野郎も、愚鈍だった面影はもはや無くなり、タイミングがずれて迫ってきた刃先を全て素手で受け止めた。
「融解」
謎の言葉を口にした途端、男たちはあっけにとられる。
その傷口から血が滴り落ち、「馬鹿め」という声が聞こえてきたが、床元を見つめていた一人がハッと驚愕した。
「なっ……!?」
「ナイフが……溶けるだと!?」
一人の盗賊が気づいた瞬間、腹に衝撃が届く。宙に浮かんで天上が見えた頃、蹴り上げた膝が見える。
濁った銀色の液体と鮮血が混じり、ポタリと床をリズム良く打ち続けた。
「あぁ……もしかして僕の手から『王水』が出てきてるのかな」
錬は金属を融解させる混合液の名前を思い出した。人を刺す凶器はすでに先端が欠けた《《ただの》》スクラップと化している。
右手で刃先を握れば、たちまち液体と化し、その袖を伝って吸い込まれていき、横から襲ってきた者を脚で蹴り飛ばす。
「やっぱり多層防御じゃないと全然ダメだ……今度からはこの倉庫丸ごと仕掛けを施しておかないと、リスクが高いかも」
とりあえず金貨を袋に詰めて運んでいるのは、この世界において貴重な光景だろうし、資金ルートを探るためにも彼らが拠点に戻るまで追跡できたらいいなと、物理的な打撃を与えながら錬は考えた。
――魔力って何なんだろう?
このような愚問を出したのは、わざとではない。天然によるものだった。
ファンタジーとは無縁の世界にいた人なりに思う。魔力の定義が、何かを具現化するために必要なエネルギー源だとしたら。
今の手元にあるルクスは、スクラップ収集を頑張って引き換えた分と今回のバイト代も含めて5300ルクス。
有り金が十分とはとても言えない。紛らわしいが、この世界の通貨はルクスで、硬貨はただの金属でしかないのだから。
今になって魔力の使い道を編み出した。
指でパチンと鳴らすと、細やかな黄金の粒子が集まる。
それは黒と白のボーダーが見えなくなるほど覆い隠し、ミストの如く広がった。
「微粒子攻撃」
粒子がフワフワと空中を漂い、廃墟と化した倉庫が一瞬でほのかな光に包まれる。
「おお、あれもクリソスなのか?」
「なんだこれは……キラキラ光って、伝説のミダース様のようだ……」
男たちは我を忘れて、それに手を伸ばそうとしたが、ついにバタリと気絶してしまった。
床に倒れ伏せている間に、錬が金貨を丸ごと回収していたのは言うまでもない。
数十分後。
「おい、クリソスが全く見当たらんぞ?」
異変に気づいたのは長身の男だった。
「仲間が減ってるな。誰かが一人で持ってったんじゃないか?」
霧のもやが消えた後、三人が倒れていた場所の中央には白く光り輝くものが一つ。
「ん……? なんだこれは。目当てのものとは話が違うが、一応持って帰っておこう」
仲間の一人が少し警戒してから宝石を手に取った。どうやら罠ではないらしい。
一方、錬は倉庫の外にある茂みに隠れていた。雨は強まり、近くの水路が氾濫している。
「へっくし!」
なんだか悪寒がする。金貨の効果が切れてしまったようだ。
とにかく腕輪に仕込んだ金貨は、即時使用しなければ保存さえ可能だ。僕が呼び出せば金貨が腕輪から急に出現する。いわば金をしまい込める《《なんちゃら》》次元ポケットなのだ。しかしルクスとは違い、赤く塗られた表示でその合計額が表示された。
「確かクリソスって言ってたっけ……」
倉庫から飛び出した男たちは、一瞬だけ周囲をちらちら見渡すと森のほうへと駆け出し、激しい雨に紛れて姿を消してしまった。
靴に違和感を覚えたと思いきや、汚濁した水がまるで意思を持っているかのごとく、足元で蠢いている。




