金なき子は獣耳少女のヒモになる
そして翌日、街中にある喫茶店まで約束通りに訪れた。
「えっと、在庫や食材を確認するお仕事だそうです。でも、絶対に味見したり、盗んだりしちゃいけないって店長さんが言ってました」
「まぁ、そりゃそうだよね」
愛想笑いを浮かべて適当に返事をしてからすぐ、その店長は暖簾をくぐり抜けて現れた。
「どこの小僧かも分からぬというのに、いきなり料理や接客を任せるわけにはいかんだろう」
白髪で髭を蓄え、割と端正と呼べるような年配の男性だった。なぜか居合い用の木刀を手にしている。
「あ、店長さん。おはようございます」
「まずは服を着替えてから、とりあえずこのマニュアル通りにやってくれるかな」
そうして手渡しで受け取った紙に書かれていたのは、昨日の聖典で見たのと同じ言語だった。
「……わかりました」
普通に考えて、在庫管理は店長さん一人でやるべきだと思うけど。
「ではメルル君、まずは店内の掃除を始めてくれないかな」
「は、はい!ではさっそく……」
メルルと呼ばれた獣耳の女の子は、なぜか僕のほうをチラチラと見ている。
「どうした?開店まであまり悠長にしてられぬぞ?」
「えっと、その……」
「なるほど、こいつが怪しいから放っておけぬと」
「い、いえ……そういうわけでは」
「まぁ心配せずとも、こいつが変な真似をしたらあの木刀で痛い目に遭わせてやろう。私の腕前は知っているだろう?」
メルルは沈黙してしまい、おどおどしながら客席のほうへと向かっていった。
○
開店時間になり、客足が訪れる。
僕は裏からその様子を眺めていたが、どうやら接客は基本的に彼女一人で行うらしい。厨房では店長があくせくとフライパンを動かしている。
目玉焼きや肉の香りがこちらまで漂ってきて、まだ配給のパンを食べたばかりなのに、思わず賞味したくなった。
他に雇っている人はいなさそうで、バイトというよりほとんど家族経営にしか見えない。話しぶりからして血のつながりは無いのかも。
「メルルちゃん、今日もその垂れ耳可愛いね」
「あ、ありがとうございます……ちょっと恥ずかしいですけど」
「いつもここで働いてるの?うちにも来なよ、お給料ならもっと出してあげるし、看板娘になってくれればここにいるよりもお客さんが喜んでくれるぜ?」
相手は酒場のオーナーである男だ。メルルはたじろぎながら頬を赤らめる。
「えっと……お菓子持っていけば、お客さん喜んでくれますか?」
「お菓子はいらんよ、むしろ君を夜のおつまみにするってところかな」
「あ、あの……どういう意味で」
「この子が行くなら、ワシも同行しよう!」
「ひ、ひぃ!!」
木刀を担ぎながら現れ出たのは店長である。のほほんとしたメルルの声とは対照的に、鋭い声が店内に響き渡った。
「さて夜になったら、君のところの酒場にいる輩と手合わせでもしようか」
「ひ、ひぃ!!結構だ!店を破壊されるくらいなら、今夜は臨時休業にしたほうがマシか……」
「フン、懲りたなら今日のうちは控えておこう」
「じゃっ、先に失礼する!とりあえずルクスは受け取ってくれ!」
男はそそくさと店を飛び出していった。そんな実績もある店長だったとは。僕は少しばかり倉庫にあるメモを覗いていたのだが、店内からの声がピタリと止まり、食器のこすれる音だけが聞こえるようになった。
そして休業時間になり、初日給が口頭で支払われる。
2500ルクスと店長が言った瞬間、僕の目前にスクリーンが現れ、その額が振り込まれたことを知らせるメッセージが届いた。
「そんな……掃除のお手伝いもしてくれたのに、初めてとはいえあんまりです……」とすぐ反応したのはメルルのほうだった。
「はて?メルル君は常識も知らんのか?報酬はこいつの信用次第、つまり私の裁量次第ということだ」
癖なのかは知らないが、木刀の峰をもう片方の手にコツコツと振り下ろし、高い音が一定のリズムで店内に響き渡る。店長とはさながら、まるで道場の師匠と立ち会っているかのようだった。
店長の監視の下、初日のバイトは無事に幕を下ろした。僕は裏から開店中の様子を見ていたが、この街にはやはりレジが存在しないらしい。
メルルが「300ルクスになります」と言えば、お客さんは「ごちそうさまでした~」と返事するだけ。中にはチップを渡す人も居た。ルクスの支払い内容を目視することはできないとはいえ、口頭での値段から1日の売上を暗算してみた。
2500ルクスというのは、どこかで1泊するにも足りない金額だ。察するにこの世界では市場価格という概念が一般市民の間では通用せず、時給も個人の裁量次第だと言ってた店長が正しい。
――これも機会費用として考えよう。
○
この世界の文字を学ぶにはまず資料集めだ。
「一般人の立ち入りは禁止です」
教会の近くにある小さな図書室へと向かったところ、扉の前にいた少女に足止めを喰らった。印刷技術が発展していなくて本の流通数が少ないから、一部の学者や有権者、教会の関係者でないと閲覧権限を持てないといったところか。
しかし僕の背後からはジッとしたうさぎが今かと飛び出してきそうな気配がする。
「えっ……」
「ご、ご、ご、ごめんなさい!レンさんのことが……その、心配で……」
「ルクスもほとんど持ってない僕をどうして気にかけるの?」
「そ、それは……レンくんは、きっと悪い人じゃないと思いますから!」
メルルはやはり僕の後をついていた。
あえて言う必要も無いけど、こっちは正真正銘、刑務所に1ヶ月入れられていた悪い人だけどね。
「もしかして……」
「は、はい……! レンくんのためにお弁当食べるのも我慢して、あとお菓子も作ってみました!よかったら……」
どうしてそこまで施しをしてくるのか理由はわからなかった。悪意では無いと思うべきか。
「ありがとう。じゃあいただいておく」
館内にある空いたベンチに座り、彼女と並ぶと異国風サンドイッチを少しばかり貰った。
獣耳は垂れたり、ピクンと動いたりする。あの喫茶店の従業員服なのかな。身につけた者の感情を察知し、連動するアクセサリーだなんて本物の羊の耳みたいだし、なかなかの技術だ。
「あの、花闘祭って知ってますか?珍しい魔獣さんと戦ったり、歌やダンスを披露したり、みんな大盛り上がりで!実は明日なんです」
「へぇ、メルルは観に行くの?」
「はい! でも、レンくんもせっかくだから招待したいと思ってて……でも、チケット二つ持ってたのに、一つ無くしちゃったんです……」
「ありがたいとは思うけど、とりあえず遠慮しとくよ。じゃあまた」
と言って僕は早々と立ち去ることにした。書籍での情報収集はいったん断念しよう。彼女に追われてしまうと、次にやることがしづらくなる。
既に夕刻の時間になっていた。
誰にも立ち入れられないように、特殊な針金を再びカチャカチャして解錠を行う。あの脱獄以来、ごっこ遊びで身につけていたスキルがまさか不法侵入に役立ってしまうとは。
というのは半分嘘で、実は溶解破錠のほうが時間的に効率がよいから念力でできるか試してみた。金属の腐食を起こして、鍵穴そのものを破壊する手段だ。周囲に草木が覆い茂っているのは人の管理がされず、手つかずの場所になってからしばらく日数が過ぎてる証拠。また変な声が聞こえないかと頭をよぎったけど、今度は侵入者側だし、大丈夫だと思っておこう。
「フフフ……」
ずっと探していたのである。いくらお金を……いやルクスをほとんど持っていなくても、野宿というのは心もとない。持ち物といえば金の腕輪を除いて、針金セットくらいだし、盗まれたところで何か損するわけじゃないけど。
そこで人が住んでいる気配のない家屋を独自に調査した結果、訳あり物件のような場所を見つけ出した。暖炉の火もまだ冷え切っていないことから、急にやむを得ない事情で引っ越さざるを得なくなったのかもしれない。
部屋をくまなく探してみたが、人も幽霊もいなさそうだ。誰かに荒らされた痕跡があり、本棚にあったはずの本がすっかり消えていた。最近は、僕以外にも侵入者がいたということか。厨房からは相変わらず腐った食べ物の匂いがしてくるし、反対側の窓ガラスがずさんにもひび割れて欠けている。人の胴体が通りそうだし、普通にここから入れたんだな。
上から順にクローゼットを開けてみたが、どれも空っぽだった。しゃがみ込んで、一番下の段を覗いてみると奇妙な印が。
よくよく見ると差し込み口の形状をしていた。針金でこじ開けてみると、板の一部が外れ、奥から一冊の本が出てきた。パラパラとめくってみると粉塵が飛び散る。文字はほとんど読めなかったが、手書きの書記らしく、なぜか図が中心で、化学の内容っぽかった。化学もまあ得意ではあるけど今はルクスなんちゃらの事情が知りたい。むしろ明日行われるという花闘祭に参加するのも、この世界における経済を学ぶ機会になりそうだし。
壁も薄いせいか、外からはガヤガヤした声が聞こえる。そのイベントの前準備か何かだろうか。
元素図表のようなものが描かれたページを開いたまま机に置くと、ふと立ち上がって窓を覗いた。
明かりの点いていない倉庫のような建物の前に、一人ではなく複数人。しかもあれは……金貨?
その瞬間、すきま風がびゅうと入り込む。ロウソクの明かりは消え、本はパラパラとめくれ、雨粒がはらりと頬に当たった気がしたが、視線の向きはやはり一つの方に集中していた。
さてと戸締まりをしてから、夜風に当たってこようかな。




