信者がいれば儲かるってやつ
黄昏の刻を告げる鐘が鳴り、夕闇が訪れる。
昼に営んでいた店は戸を閉め、夜の集い場所が賑わい始める。郊外において、点々と連なるランプの街灯は、少し寂しさが感じられるものの、それは落ち着きをもたらす光だ。
対照的に、街の南西方向には血と金の臭いが混ざり合う『外道』の空間が存在していた。
彼らはルクスと呼ばれる『神の加護』を失い――すなわち、神から見放された者。
いわば社会的信用は地の底へと落ちてしまい、這い上がることも困難な状況だった。
ルクスは信仰であり、秩序でもある。見えない概念が支配する世の中で、彼らは現物での取引のみ行う。法を度外視し、奪った貴重品や希少な金銀のもとに、強者と弱者の線引きが為された。
ベルリアに住む一般市民および役人でさえも、彼らと接触する機会は皆無だ。なぜなら『外道』の空間とは、街の形をした牢獄だったから。常に高い塀で囲まれ、四六時中、区画の境界には厳重な警備が敷かれていたから。ひいては区画の存在さえ人々に意識されぬよう、市街へと繋がる方向には緑の森が覆うように立ち並び、目隠しの役割を担っていた。
『外道』の存在は皆知っていた。だが、健全な市民たちはルクスのない世界を恐れた。
ルクスの加護さえあれば、その人には信用と信頼がもたらされ、財産を失うことはない――端的に言ってしまえば、その逆は今日と明日の生活さえ保護されないのだから、普通の人なら恐れるのも当然だ。
「お、お願いですから、今日はどうか見逃してください!」
路地に一人の男が、何人かの取り立て屋に囲まれていた。
「フン、支払う能力がないなら体で払うか。」
その相手は男の鎖骨を目がけ、腕を垂直に立て、揃えた4本の指先で一突きした。
「ぐあぁぁっ……!」
条件反射でその場所を片手で隠し、もう片方の手でバランスを取ろうとしたが、そこは段ボールの積み重なった山だ。音を立てながら一気に崩れ去る。
男はかつて普通の市民だった。稀に運悪くこの地に連れられてしまうケースもある。当初はまだ希望を抱いていた。だが今となっては、再び信用を取り戻すことはおろか、自身の安全を得るために精一杯。
「俺はもうどうなったっていい。だが、娘だけは……」
外道には一番話してはいけないことがある。それは本人にとって一番大事な急所、「アキレス健」である。例えば、身内や家族に関する情報だ。
「フン、確かにお前の娘のほうがまだ価値はありそうだ」
このスラムに似た街には、女子供も暮らしているため、今の男の境遇もけして珍しくはない。
「まぁ、どうせ神から見放された存在だ。一人居なくなったくらいで、神も気づきやしないだろう」
そして男の喉笛を断つ攻撃が、再び一直線に向かう。
「グォオオオオッ……!」
驚愕して目を見開いた。死角から飛び出してきたマンホールと汚水が、相手の顔を目がけて直撃していたからだ。
落下した円盤は、背後に倒れていく者をそっちのけで左右に音を立てながら踊る。
男が視線を下ろすと、地面に黒い穴がぽっかりと開いていた。
他の群衆もその断末魔のような声が、ガタイの良い大男のものだと信じられずに愕然とする。
ここはどさくさ紛れに逃げるチャンスだと頭ではわかっていた。溢れ出ていく汚水が飛散し、嫌悪感を覚えたのもあるだろう。
男が立ち上がろうとした瞬間、曲がり角からは亡霊のごとく霧が立ちこめていた。
○
少し暇を持て余していた僕は、噴水公園の奥にある大教会へと入る。
現状最も効率の良い方法とは教会で聖典を聞くことである。ただ本を読むのでは音との対応が出来ない。そして誰かに読み上げてもらうのも、仲の良い友人がいなければ少し気まずい。幸いにも話し言葉は理解できてるので、音と文字がリンクさえしていれば、あとは慣れの問題だ。
とにかく紙面の媒体から情報を得ることは、この世界で生きていく上で、ルクスを稼ぐにあたって最優先事項なのである。
「ど、どうかお赦しください!」
背後から憔悴しきった男の声が聞こえる。
「あなたは神から見放された異端になるおつもりですか?もし反省の意思があるのなら、ルクスで示しなさい」
「はい……では、あと10万ルクスで何とかなりませんか?」
その者は跪きながら涙ぐむ表情で懇願している。
「もう少し努力しようとは思わぬのか」
「まだ……足りないのですか?生きていくだけで精一杯だというのに、これ以上は……無理です!」
「ふむ、ならば承知した。今回は10万ルクスで良しとしよう。だが10日後には1割だ。いいな?」
「そんな……」
「簡単なことだろう?女神イリーナ様の御加護があれば、ルクスを手にし、パンを手にする」
「それともまさか、あの忌々しきミダースの姦言に惑わされてしまったのか?」
「いえ……断じてそのようなことは!」
僕は少し理解するのに時間がかかったが、おそらく税金の取り立てなのだろう。教会が免罪符の名のもとに信者から金銭を取り立てることは、歴史上でも確か起きていたような気がする。
金で困っているのは僕以外にもいるのだ。神官には気づかれないようにそっと通り抜けよう。
「見慣れない顔ですね。こちらの教会までおいでなさったのですか」
白い髭を蓄えた神官は、険しい表情から一転して穏やかな笑みを浮かべた。
「あ……はい。こんばんは」
「祈祷でしたらもうすぐ始まりますよ。あそこの列にお座りください」
「一つお伺いしてもよろしいですか?」
「はて、どうされましたか?」
僕は少し考えてから言った。
「あの方は罪を犯したのですか?」
「ええ、詳細は言えませんが、あなたにお教えしましょう」
「貸し借りの信用を失うことは罪と同義。隣人からルクスを得られないのであれば、それは人様からの信用を失ったも同然です」
静謐ながら、威圧を込めた口調だった。
そして付近にいた者が突然、声を荒げる。
「俺は知っているぞ!利ざやで儲けようとしてるんだよな!」
その瞬間、神官の顔は青ざめ、他の人たちもこちらを振り返った。
「何を言う!私が異端と同類だというのか!?」
「あぁ、そうだ。実は黒い噂をこっそり聞いちまったんだぜ」
「フン、この無礼者が。理を追い求めるだけの獰猛な獣と一緒にするのであれば、それはルクスの神聖さを破壊する行為に等しい!こいつも異端審問にかけろ!」
「はっ!」
すると二人の仕え人が反応し、ただちに男の両腕を取り押さえた。
「ふはは!むしろルクスに雁字絡みにされた世界なんて、窮屈で仕方ないさ。上手くいきゃ神官様よりも豪華な生活だってできるんだぜ。」
さっそうと扉の奥へと送り込まれ、バタンと重く閉じる。教会の中の雰囲気が一瞬ごった返していたが、それも束の間。朗読の始まりの合図が見えた途端、再び静寂へと戻る。
「それではあなたもよろしいかな」
そう問いかけてきたのは先ほどの神官である。
「――徳を積むことによって、聖なる光が差し込み、神々しき御国へと繋がる道となるのです。しかし、黄金に似た魔の光に惑わされれば、泥濘の中へと引きずり込まれてしまいます」
神の監視の目というのは、どこまで本当なのだろうか。教義の内容に応じるかの如く、強い視線を感じた。まるで一部始終を見届けているような誰かの存在が。




