聖女
「……相変わらず大きいわね」
思わず、といった様子でヴィオラが呟いた。
遠くからでも見えていた帝都の外壁は、近づくにつれてさらに威圧感を増していく。
石を積み上げて築かれた巨大な城壁は、まるで山の断崖のようだった。
城門は十数メートルはあろうかという高さで、開いたままでも要塞の壁のように見える。
その上には見張り台が連なり、鎧の光が絶えず動いていた。
「ようこそおいでくださいました!此処こそが我が故郷、我らフォノト教団の中心地、帝都フォルン!」
横からやたらと大きな声が響く。
「声がでけぇ」
ユウキは顔をしかめた。
「誇らしいのは分かったから耳元で叫ぶな」
言いながら、ふと視線を前へ向ける。
「……ん?」
門の前の広場。
そこに、信じられないほどの人が集まっていた。
遠くから見ても巨大だった帝都の門。
その外側に広がる広場が、完全に人で埋まっている。
「祭りか?」
ユウキが呟く。
だが混乱はない。
槍を持った近衛兵が整然と列を作り、人の流れを整理していた。
門の前だけで数十人。
そのさらに後方には弓兵の列まで見える。
弓はすでに番えられ、いつでも射てる状態だ。
矢には布が括り付けられている。
(門だけでこの人数か……)
ユウキは思わず口笛を吹いた。
「門だけで軍隊だな」
ヴィオラが肩をすくめる。
「帝都ですもの」
「いや、日本の城でもここまでいないぞ」
「にほん?」
「気にするな」
帝国の力を、これでもかと見せつけられている気分になる。
その時だった。
弓兵の列から、一斉に矢が放たれた。
空へ放たれた矢は途中でほどけ、
赤や青、金色の飾り布が放射状に広がる。
広場から歓声が上がった。
花びらと紙吹雪が風に舞う。
「フォノト神に栄光を!」
「聖女様に祝福を!」
人々が口々に叫ぶ。
「……なるほど」
ユウキが小さく呟く。
「祭りだな」
人混みの中には帝国民だけではない姿もあった。
顔を布で覆った砂漠の商人。
香辛料の匂いが風に乗って流れてくる。
北方の毛皮をまとった大男。
腰には湾曲した斧。
耳の長い亜人。
細身の体に緑の外套。
鱗の浮いた肌を持つ海の民。
小柄な南方人の商隊。
巡礼者らしい修道服の集団もいた。
聞き慣れない言葉があちこちで飛び交う。
それぞれが違う装飾を身に付け、違う祈りを口にしていた。
世界中の人間が、この帝都に集まっている。
広場のあちこちには屋台も並んでいた。
串焼きの煙。
肉の焼ける匂い。
香辛料を売る商人の声。
酒樽を抱えた男の笑い声。
子供たちは旗を振り回して走り回り、
笛と太鼓の音があちこちから聞こえてくる。
「ずいぶん賑やかだな」
ユウキが言う。
隣に立つ熊のような大男――聖騎士テオが誇らしげに胸を張った。
「今日は特別な日ですからな」
「特別?」
ヴィオラが答える。
「フォノト教団が聖女を認定する日ですわ」
「あぁ、それで……」
ヴィオラは広場を見渡した。
「神に選ばれた者を祝う日。帝国中の信徒が集まるのです」
テオも満足げに頷く。
「宗教イベントか」
ユウキが言う。
ヴィオラが小さく笑った。
「フォノト教団は帝国の国教ですもの。国をあげてのお祭りですわ」
その時だった。
門の上から鐘の音が鳴り響いた。
ゴォォン――
重い音が帝都の空に広がる。
広場のざわめきが、わずかに止まった。
「……?」
人々の視線が、こちらへ向く。
最初は数人だった。
「何だあの車は」
「聖騎士団の護衛か?」
「まさか……」
ざわめきが広がる。
そして。
「聖女様だ!」
誰かが叫んだ。
その一言で、歓声が爆発した。
「ヴィオラ様だ!」
「聖女様だ!!」
「フォノト神に栄光を!」
「ヴィオラ様に祝福を!」
花びらが舞う。
紙吹雪が降り注ぐ。
子供たちは旗を振り回し、
大人たちは次々と膝をついた。
広場全体が祈りの波のように揺れる。
ユウキはハンドルを握ったまま、小さく息を吐いた。
(すげぇ人気だな)
横を見る。
ヴィオラは一瞬だけ困ったように笑う。
だがすぐに背筋を伸ばした。
そして、静かに手を振る。
それだけで歓声がさらに大きくなる。
「さすが聖女様だ……」
後ろからテオの声が聞こえた。
誇らしげだった。
ユウキは軽く肩をすくめる。
(世界の象徴ってわけか)
だが。
その視線は群衆をなぞっていた。
(人が多すぎる)
屋台。
巡礼者。
商人。
旅人。
警備の目は多いが、
同時に死角も多い。
(狙うならこういう日だ)
ふと、背筋にわずかな寒気が走る。
誰かの視線を感じた気がした。
反射的に周囲を見回す。
だが群衆しかいない。
祈る者。
笑う者。
祝う者。
(……気のせいか)
頭の奥で、昨夜の声がよぎる。
――観測は十分です
ユウキは小さく舌打ちした。
車は歓声の中を、ゆっくりと帝都の門へ進んでいった。




