夜営
日が完全に沈む前に、街道脇の小高い丘でトラックを停めた。
周囲は草原。
視界は開けている。
野営としては悪くない。
「ここなら奇襲は受けにくい」
メアリスの言葉に熊が頷く。
「奇襲前提なのやめろ」
とは言いつつ、ユウキは端末を操作した。
地面に展開されたのは、太い筒状の発射装置。
「ちょっと派手なのいくぞ」
次の瞬間。
どん、と鈍い音と共に筒が火を噴いた。
打ち上げられた弾体は夜空へ一直線に昇り、
やがてぱっと開いて――小型の気球へと変形する。
「!! なんだ今のは」
熊が目を見開く。
ユウキは平然と、気球とリンクしたウィンドウを表示した。
「半径五百メートル以内に近づく生物を探知する。寝ずの番はこいつに任せてくれ」
画面には円形のレーダー。
赤い点がいくつか、ゆっくりと動いている。
人工知能が制御するカメラが敵性生物を見逃さない。
「サーモも併用して、脅威レベルで分析してくれる。」
「ユウキが何を言っているのか、わたくし分からないのですけれど」
ヴィオラが首を傾げる。
「姫様、いつもの事です。温かく見守って差し上げましょう」
パメーラが微笑む。
「おい。俺をカワイソウな奴扱いするな」
「実際、どの程度の精度なのだ?」
口を半開きにしていた少年の横で、熊が問う。
「んー……ほら、この赤い点が見えるか?」
ユウキはウィンドウを固定したまま、両手で銃を構えた。
夜気を裂く、乾いた音。
タン。
間を置いて、もう一発。
ターン。
赤い点が二つ、ふっと消える。
「多分、野うさぎの類だ」
「なんと……」
「確認してまいります! 聖騎士テオ・ルードヴィグ・ベーベル!」
誰に許可を取るでもなく、少年は地面を蹴った。
次の瞬間には、もう姿がぶれる。
「何アレ、めっちゃ速い」
草を裂き、風を切る。
疾風もかくやという速度で駆け抜け――
数十秒後。
少年は両手にぶら下げるようにして、二羽の獲物を携えて戻ってきた。
角の生えたうさぎだ。
まだぴくりと痙攣している。
「おお……」
熊が唸る。
「……食える?」
ユウキの第一声はそれだった。
―――――――――――――――
パメーラは料理が得意らしい。
角うさぎは手際よく解体され、串に刺され、グリルセットの上で。香ばしい匂いを立て始める。
じゅう、と脂が落ちる音。
夜の草原に、肉の匂いが広がった。
「んん! 美味い」
熊が豪快にかぶりつく。
「ユウキ様、わたくしにはこの“スパイス”の方が驚きなのですが」
パメーラが目を丸くする。
「説明拒否!」
即答する。
「すごい……美味しい。これでは王家の晩餐が、ただの塩辛い料理みたいです」
「わからないけど複雑な味がします! 美味しいです!」
少年が目を輝かせる。
パメーラの「肉の調理に使えるモノを」という無茶振りに、ユウキは“かけるだけ簡単味付け”と書かれたスパイスを渡しただけだ。
正直、料理はからっきしである。
詳しく聞かれても困る。
(企業努力の結晶です、とは言えない)
二羽。
この世界のうさぎは大ぶりとはいえ、人数が人数だ。
あっという間に骨だけになった。
「「足りん!」」
熊と声が揃う。
「よし。何か狩ってくる」
ユウキは立ち上がった。
マスクの表示が静かに切り替わる。
ナイトビジョンが起動し、視界が緑に染まる。
「日はすっかり落ちたのに危険ではないのですか?」
メアリスの声、ちゃんと心配をしてくれているらしい。
ユウキは振り返らない。
「大丈夫だって、おじさんに任せとき」
気球からのデータが、ディスプレイに映し出される。
鼓動が、わずかに遅くなる。
呼吸が、静かに整う。
夜の草原は、静かだ。
静かすぎるほどに。
音もなく。
影のように。
ユウキの姿は闇へ溶けた。
草を踏む音すら、ほとんどしない。
焚き火の明かりが背後に遠ざかる。
ナイトビジョン越しの世界は、淡い緑の濃淡だけで構成された別世界だった。
レーダーに反応。
二つ。
距離、百九十メートル。
並んで移動している。
「鹿……か?角が立派すぎるな」
昼間、熊が言っていたヤツだ。
草食だが、警戒心が異様に強い。
気配を察すれば、即座に全力で逃走。
熟練の猟師でも、一晩に一頭仕留められれば上出来らしい、とんでもなく準備が大変らしい。
草の向こうに、細身の影が二つ。
月光を受けて、額の一本角が鈍く光る。
耳が動く。
止まった。
一体が首を上げる。
逃げる判断が、早い。
「反応速度……高」
ユウキはしゃがみ込む。
息をとめる。
心拍、安定。
一体が跳ねる。
横方向へ。
予測線が重なる。
発砲。
乾いた音。
角鹿が崩れ落ちる。
残る一体は、即座に踵を返した。
迷いがない。
一直線ではなく、不規則に軌道を変える。
賢い、確かに捕えるのは難しいのだろう。
距離、拡大。
百二十。
百四十。
百七十。
照準は追える。
風も、問題ない。
「……」
引き金にかけた指が、わずかに止まる。
逃げる背を、数秒追い。
やがて。
ユウキは銃口を下げた。
赤点が、レーダーの外へ消える。
「一頭で十分か」
淡々と呟く。
倒れた角鹿を担ぎ上げる。
見た目以上に重い。
だが、歩調は変わらない。
焚き火の灯りが見えた。
「戻ったぞ」
無造作に獲物を地面へ下ろす。
「……….」
最初に声を出したのは熊だった。
「ユウキ、これを一人で?」
「ん? ああ」
ユウキは首を傾げる。
「一頭だけか?」
「もう一頭いたけど、逃がした」
その瞬間。
空気が変わる。
「逃がした…のか?敢えて?」
熊が角鹿を見下ろす。
「これを……一頭、仕留めたの?」
メアリスも目を見開いている。
パメーラが、静かに言った。
「ホーンガゼルは……騎士団でも、三人がかりでようやく一頭、です」
「へ?」
メアリスが勢いよく前に出る。
「二体一対で行動しお互いの角で張った魔術結界により魔術どころか並ね物理攻撃に耐性のあるホーンガゼルを!」
焚き火が、ぱちりと爆ぜる。
ユウキは皆の顔を順に見た。
本気で驚いている。
誇張ではない。
「……そんなに?」
熊が、ゆっくりと頷く。
「逃がしたと言ったな」
「ああ」
「追えたのか?」
「まあ」
静寂。
風が草を揺らす。
ユウキは、少しだけ考える。
照準は完璧だった。
外す理由は、なかった。
「……全部持って帰っても、食いきれないだろ」
軽い口調。
それだけ。
だが。
角鹿の血が、指先に触れている。
温かい。
……温かい、はずだ。
そう理解してから、
ほんのわずかに遅れて、体温として認識する。
(……遅いな)
小さく思い、すぐに切り捨てる。
焚き火の向こうでは、皆がまだ角鹿を見ている。
こちら側のユウキは、
その輪の中に立っているはずなのに――
なぜか、少しだけ遠かった。




