悲劇のヒロインとありふれたヒーロー
「ケホッ…ケホッ…」
よたよたと暗い路地裏を歩く小さな影。空咳が止まらず苦しそうに時折歩みが止まる。ろくに食べれていないのか。体の線は異常に細く、触れれば砕けそうだ。
「ケホッ…ケホッ…ゴフッ!」
咳が続き、炎症を起こした喉が、悲鳴をあげるように吐血する。
足から力が抜けその場に崩れ落ち胸を抑える。
咳が引くと同時に、立とうとガタガタと震える足に力を込める。
しかし、当の昔に限界を超えている体は気持ちとは裏腹に答えず、その場に倒れる。
無理をさせた反動に先程よりも長く咳が続く。息は小さくなり咳に混じる血の量も増え体から力が抜ける。
もはや、気力で持たせるには体力が足りず、助けを求めようにも手を差し伸べる者もおらず。ありふれた悲劇として消え行くだけの命となっていた。
だが、ありふれた悲劇には偶然英雄が居合わせたって構わないだろ?
身なりの良い少女が一人服の汚れも気にせず未だ咳き込む人影を抱き抱える。
「大丈夫ですか?声は聞こえていますか?」
落ち着いた声音で話しかける烏の濡羽色の髪の少女、抱えられた人影の目にはどう映ったかはわからない。
どう思われようとどうでも良いと言わんばかりの少女は、人影の胸に手をかざし発声する。
「キュア」
発声の直後、かざした手から淡い翠の光が溢れ人影に吸い込まれるように消えていく。
数秒の間を置いて少女は人影に問う。
「もう一度聞きます。私の声は聞こえていますか?」
ピクリと人影が動き僅かに頷く。少女はそれに満足げに頷き言葉を続ける。
「続けて聞きます、立てますか?」
人影はまた、ピクリと動き僅かに頭を横に振る。少し悩む様な顔をした少女は肩に掛けたバッグから瓶を取り出した。
「わかりました。では、これから口にこの液体を入れます。抵抗せずに飲みなさい。良いですね?」
人影は僅かに俊巡し、少女の無言の圧に押される形で頷く。人影のその様子にこれまで無表情だった少女が破顔しニッコリと笑う。
「理解が早くて助かります。では、口を開けて」
瓶を傾け中の液体を全て飲ませる。
人影の体は久し振りの水分に驚き少しむせる。
落ち着くのを待ってから少女は人影に話しかける。
「では、少し動いてみて下さい」
人影は無理だと言わんばかりに首を振るが少女は大丈夫と声を掛け立ち上がらせる。
すると、先程まで命の灯火が消え掛かっていたとは思えない程すんなりと立ち上がり、あれ程疲労を訴えていた足も震えず、吐血する程の咳も止まっている。
驚きを隠せない人影は少女に振り向き近寄る。
「あなた、女の子だったんですね?」
するとすっ頓狂な発言が聞こえ調子を崩された人影は肩を落とした。