表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/31


「つまり、膝枕をさせた恰好だ。男の乱暴な動きで、お(さん)()(もん)は崩れて、(すそ)(さき)も乱れた。旦那は頭を、裾の合わせを裂くように、(べに)(いろ)の入った(ゆう)(ぜん)(なが)(じゅ)(ばん)にのめり込ませると、靴下をはいた足をぬいっと伸ばして、仕切りの先に突き出したんだ。

 そして、大蛇のようないびきをかく。……(めかけ)はいい(なぐさ)み者にされたもんじゃないか。大入りの芝居の()(じき)で、男のこんな振る舞いを許している。私はその女を、浅ましいと思った。

 江戸っ子なら、許しちゃおくもんか! 野郎がそんな無様なことをすれば、それが恋人だったら(かんざし)ででも刺し殺す……金で買われた身だったら、その場で縁切りで、いきなり立ち上がって、(そで)を払って帰るだろう。

 それがどうです。成り行きに身を任せて、静観したままで、しかも男の乱暴を受け入れて、なよなよとしてるじゃないか。

 つかんで引き寄せられた帯もゆるみ、結び目がずるりと下がった(しご)き帯の(あさ)()(いろ)も冷たそうに見えて、そこに差しかかる暖かな提灯(ちょうちん)の灯りだけが、そんな女の姿を寂しくもかばっているかのようだ。それがせめてもの思いやりに見えたけれど、しかしその扱き帯にしても、度の過ぎた酒と色に血が荒ぶった、神経のとげとげとした狼の手でつかみ出された、青光りのする(はらわた)のように見えて、あわれにも無残な光景だったね」

「……へい、そうですかね」

 と応じた(おとこ)(しゅ)の声は、なぜか()に落ちないといった疑念を含んでいた。

「聞いたところ、道成寺を舞ったとき、腹巻きの下に蛇を忍ばせていた姉さんだというじゃないか。……あの扱き帯が蛇になって、鎌首をもたげりゃよかったのにさ」

「まったくですよ。あの道成寺を舞ったせいでお珊さんはね、道成寺の(ほか)にも(あおい)(うえ)などの執着の深い主役を演じることは禁制とすると、舞の師匠から言い渡されて、破門だけは(まぬか)れたっていう、そんな深い事情もある女ですが……。(かね)の力で、旦那にはいいようにされなきゃならないんでしょうよ」

「気の毒だね」

「……なんて憐れんでみると、骨も筋も抜けた女のように思えますけれど、実際はずいぶんとしたい放題のわがままをするのを、旦那のほうでも制しきれないっていううわさも聞きますがね」

(かね)を使ってわがままをさせてもらうから、逆に旦那からも桟敷で帯を解かれるようなわがままをされるんです。身体(からだ)を売って(えい)耀(よう)(えい)()さ。それが浅ましいと言ってるんだよ」

「ですがね」

 と男衆は、(せっ)()をちゃらちゃらと踏みしめながら、日向で顔をそむけながら小首をかしげて、

「わがままにもいろいろありまっさ。ダイヤモンドや金の(くさり)なら(めかけ)にとっては当然で、わがままというほどのものでもありませんがね。

 あるときは、自動車がブーブーうるさいのも血の道に(さわ)るとかで、青葉の茂るなかを、(やっこ)に日傘をかざさせて、まるで女大名の信長公でさ。鳴かずんば鳴かしてみせよう、昼日中にホトトギスの鳴き声を聞くんだと公言して、四天王寺に行列を作って乗り込んだんですぜ、あなた。

 太鼓持ちが先回りをして、あの五重塔のてっぺんに(のぼ)って、わなわなと震えながら()(ばり)(ぶえ)をピイって吹いたんですから。

 そんなわがままより、もっと凄いのは……しかもその同じ日だって言うんですがね。

 御堂の横から(はす)の池へ廻る広場で、(おお)()(ちょう)()(かた)(むしろ)を敷いて、すととん、すととんと太鼓を叩いて猿を踊らせていた若い男がいたんです。それを若奥様のお珊の方が、扇子を半開きにしてかざすだかして、身を()らせながら見ていたんですが、

『可愛らしいぼんちやな』

 と、(やく)(しゃ)の誰それに似ているとのたまって、

『私は人の(めかけ)やよって、えらい違いもないやろうけど、畜生の世話になるよりちっとはましや。旦那に頼んで出世させてあげる。来なはれ』

 と、すぐにですよ、あなた。

 その場から連れ帰って、いやおうなしに旦那を説き伏せて、たちまち(おお)(だな)()(だい)に仕立てあげたんです。大道芸で稼いでいた猿回しを、縞柄揃いの着物をきちんと着せて取り立てたって言うんですから。たとえ旦那に膝枕をさせても、頭を突っつく手にちっとは力がこもってたんじゃないかと、私は思うんですが」

 (はつ)(ざか)はこれを聞くと色を変えて、

「ほら、それだよ! すると昨夜(ゆうべ)見た手代は、その猿回しだったんだ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ