四
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男衆が浮かれた調子で話すのを、初阪はなぜか沈んだ様子で聞いている。……
「そりゃほんとにぞっとしたよ。あの姿がひとりでに、ふっと城のなかへ入って、振り返ってこっちを見ているような気がしたときは。……
黒い煙も、お珊さんと言ったっけ……その人のために空を覆っているように思って。
天満の鉄橋は、いろんな伝説がある勢多の長橋ではないけれど、美濃へ帰る旅人に幽霊女が怪しい手箱を託けたり、大百足退治に俵藤太の加勢を頼んだり、そんな不思議な話にも係わりのある人のような気がしたんだよ。
そもそもが橋の上で出会う綺麗な女は、すべてゾッとするものなんだ。――
でも、それも見る場所によるんだね……昨夜、隣桟敷で見たときは、同じその人とはいえ、まるで別の女のようだった。……君も関東者だから遠慮なく言うが、大阪の女はなぜだろう、生きているのか、死んでいるのか、血というものがあるのかどうか。それというのも、近くにいるのもいやになるくらい、あまりに酷い、興ざめするようなことがあったんだから……」
「へい、何がございました。やたらと大食いだったとか」
「何をそんなつまらんことを。……そうじゃない。大入り芝居の桟敷だというのに、旦那だったと思うが、あの女の連れの男に、見てはいられないほど好き放題にされていたからさ」
「そこは人の妾だという悲しさですかね。とはいえ……あれはそんな気の抜けた女じゃないはずです。ちょっと怖いくらいの意地っ張りでね。以前、芸者だったころに北新地、新町、堀江の芸妓たちが集まって、芸比べをやったことがあります。お珊は南から舞で参加しました。もともと評判の踊り手だったんですが、それでも他の場所の姉さんに引けを取るまいという意気込みが凄かった。……当時、北に一人、敵に回したらかなうまいという、家元随一の名取がいたものだから、お珊は生命がけで気合いを入れて、舞ったのは道成寺でした。あなた、そりゃ近年まれな見ものだったと評判でした。
道成寺は松羽目物ですから、能の装束に倣ったようで、白の鱗柄の衣装を肌脱ぎにして、あの髪をサッと乱して、撞木をかざして、供養の鐘から出てきたときは、なんとなく舞台が暗くなりました。そのとき振袖の襦袢を透かして、お珊さんの真っ白な胸が、青みがかった銀色に光ったって騒ぎになったもんです。
火のように、みごとに舞い切って楽屋に入ると、その反動で気がのぼせ上がって、ばったりと倒れた。後見が気付け薬を飲ませようと頭を抱き上げる。もう一人が装束の襟もとを寛がせようと、あの人の胸のあたりを広げたかと思うと、キャッと言って尻餅をついたって言うんですから。
鳩尾を締めた白羽二重の腹巻きのなかに、生きのいい長いのが一匹――蛇ですよ。うねうねと巻きこめてあったそいつが、のっそりと……」
と、急いで手を懐に入れると、黒八丈を重ね着した襟もとから親指を突き出して、関節を曲げたそれを蛇の頭に見立てると、芝居者らしく目を剥いた見栄をしながら肩をぶるぶると震わせてから引っ込ませ、
「その蛇が鎌首を出したってのはどうです。いや、聞くだけでも恐れ入る」
初阪は、あの女ならそんなこともしかねないと思った。
「蛇ってのは執念深い生き物だから、それにあやかるつもりで、生命がけの肌にまとったというわけだ」
「それもあります。ですがね、この土地ならではの願掛けでもあるんです。
なんでも願いが叶うといいます。……呪いも、恋も、情けも、欲も、意地を張るのもすべて。……そのとき鳩尾に隠していたのは、高津あたりにある蛇屋で売っている蛇でしょう。……大瓶のなかにぞろぞろと蛇を入れてる店ですが、あなた、御存じですか」
初阪は、蛇の出所を聞くとぞっとした。我知らず声をひそめながら、
「知ってる……筋張った動脈のようにのたくった蛇を、安っぽい紙袋に入れて口を結わえたやつを買って帰って、一晩家で寝かせて、それから高津のお宮の裏にある穴へ放すんだってね」