表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/31


 (おとこ)(しゅ)が浮かれた調子で話すのを、(はつ)(ざか)はなぜか沈んだ様子で聞いている。……

「そりゃほんとにぞっとしたよ。あの姿がひとりでに、ふっと城のなかへ入って、振り返ってこっちを見ているような気がしたときは。……

 黒い煙も、お(さん)さんと言ったっけ……その人のために空を覆っているように思って。

 (てん)()の鉄橋は、いろんな伝説がある()()の長橋ではないけれど、()()へ帰る旅人に幽霊女が怪しい手箱を(ことづ)けたり、(おお)()(かで)退治に(たわらの)(とう)()の加勢を頼んだり、そんな不思議な話にも係わりのある人のような気がしたんだよ。

 そもそもが橋の上で出会う綺麗な女は、すべてゾッとするものなんだ。――

 でも、それも見る場所によるんだね……昨夜(ゆうべ)(となり)()(じき)で見たときは、同じその人とはいえ、まるで別の女のようだった。……君も関東者だから遠慮なく言うが、大阪(かみがた)の女はなぜだろう、生きているのか、死んでいるのか、血というものがあるのかどうか。それというのも、近くにいるのもいやになるくらい、あまりに(ひど)い、興ざめするようなことがあったんだから……」

「へい、何がございました。やたらと大食いだったとか」

「何をそんなつまらんことを。……そうじゃない。大入り芝居の桟敷だというのに、旦那だったと思うが、あの女の連れの男に、見てはいられないほど好き放題にされていたからさ」

「そこは人の(めかけ)だという悲しさですかね。とはいえ……あれはそんな気の抜けた女じゃないはずです。ちょっと怖いくらいの意地っ張りでね。以前、芸者だったころに(きたの)(しん)()(しん)(まち)、堀江の(げい)()たちが集まって、芸比べをやったことがあります。お珊は南から(まい)で参加しました。もともと評判の踊り手だったんですが、それでも他の場所の姉さんに引けを取るまいという意気込みが凄かった。……当時、北に一人、敵に回したらかなうまいという、家元随一の名取がいたものだから、お珊は生命(いのち)がけで気合いを入れて、舞ったのは道成寺でした。あなた、そりゃ近年まれな見ものだったと評判でした。

 道成寺は(まつ)()()(もの)ですから、能の装束に(なら)ったようで、白の(うろこ)(がら)の衣装を肌脱ぎにして、あの髪をサッと乱して、(しゅ)(もく)をかざして、供養の鐘から出てきたときは、なんとなく舞台が暗くなりました。そのとき(ふり)(そで)(じゅ)(ばん)を透かして、お珊さんの真っ白な胸が、青みがかった銀色に光ったって騒ぎになったもんです。

 火のように、みごとに舞い切って楽屋に入ると、その反動で気がのぼせ上がって、ばったりと倒れた。(こう)(けん)が気付け薬を飲ませようと頭を抱き上げる。もう一人が装束の(えり)もとを(くつろ)がせようと、あの人の胸のあたりを広げたかと思うと、キャッと言って尻餅をついたって言うんですから。

 鳩尾(みずおち)を締めた(しろ)()(ぶた)()の腹巻きのなかに、生きのいい長いのが一匹――蛇ですよ。うねうねと巻きこめてあったそいつが、のっそりと……」

 と、急いで手を懐に入れると、(くろ)(はち)(じょう)を重ね着した襟もとから親指を突き出して、関節を曲げたそれを蛇の頭に見立てると、芝居者らしく目を()いた()()をしながら肩をぶるぶると震わせてから引っ込ませ、

「その蛇が鎌首を出したってのはどうです。いや、聞くだけでも恐れ入る」

 初阪は、あの女ならそんなこともしかねないと思った。

「蛇ってのは執念深い生き物だから、それにあやかるつもりで、生命(いのち)がけの肌にまとったというわけだ」

「それもあります。ですがね、この土地ならではの(がん)()けでもあるんです。

 なんでも願いが(かな)うといいます。……呪いも、恋も、情けも、欲も、意地を張るのもすべて。……そのとき鳩尾(みずおち)に隠していたのは、(こう)()あたりにある蛇屋で売っている蛇でしょう。……(おお)(がめ)のなかにぞろぞろと蛇を入れてる店ですが、あなた、御存じですか」

 初阪は、蛇の出所を聞くとぞっとした。我知らず声をひそめながら、

「知ってる……筋張った動脈のようにのたくった蛇を、安っぽい紙袋に入れて口を結わえたやつを買って帰って、一晩(うち)で寝かせて、それから高津のお宮の裏にある穴へ放すんだってね」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ