始まりは彼方①
第3章
48話
あれから、どれ位の月日が流れたであろう。見えていた城壁に近付くと門兵が駐在していたので事情を説明すると遭難民ということで快く受け入れてくれた。記憶喪失に加え身に纏う衣服でさえ全く異なる俺は明らかにこの国の人間では無いと記憶が無いながらに自分でも理解できた。
ここは城塞都市ヴェナリナーゼ。平原に見えていた場所は砂煙が舞う砂漠でありこの国はそんな砂漠の中で悠然とオアシスの如く立派に聳え立つ。
この国の周辺は砂漠以外何もなくそして遥かに高大である為に一度遭難すると生きて帰れないと言われている。その中で遭難民としてこの国にたどり着いた俺はまさに奇跡の男らしい。
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「ふぁぁぁぁぁ〜....」
大きな欠伸をして体を起こす。窓から刺す光は目を開くことも憚れる程に煌々と自室を照らす。
コンコンコン
「お〜い!ナナシ!起きてるか〜!」
「おう!ちゃんと起きてるぞ!」
「もう朝飯の時間だ!早く仕事行くぞ!」
「わかった!準備するよ!」
この国では名前の無い人や記憶を失ってしまった人の事をナナシと呼ぶ。俺はあれから紹介された宿で寝泊まりしながら街の土木・建設から時には飲食店など色々な場所で働きながら生活している。城塞都市ヴェナリナーゼは太古の昔に造られた巨大な城壁の中にあり俺が見た壁はほんの一部にしか過ぎないらしい。
国といっても差し支えないほど巨大な城塞都市は城壁内に街が別れている。中心部に行けば行く程栄えている為壁に近い場所は見違える程に田舎である。それに加え城壁外の周辺が砂漠な事もあり城壁内だけで全ての流通や貿易が行われる為この国の人達は城塞都市を出ずに一生を終える人が殆どである。
「おはよう〜!!」
「あ、おはようナナシ!やっと起きたかい!いい加減自分で起きな!!」
「もう、オカミさん勘弁してよ〜」
「そうよママ、ナナシくんも起きたばっかなんだし」
「1ヶ月経ってもまだ寝坊助とわなぁ〜」
俺の寝泊まりしている宿は中心部と壁際の間くらいにある街にある。程よく活気があり景気も良い。都心部では無いとはいえ人の行き交いも多く夜になれば街中が歌い出す。
そしてここは宿処オカミ。基本は食事が目的で来るお客が殆どでこの国の中でも料理で有名らしい。しかし、俺みたいな遭難者を匿う目的も兼ねているらしく故に宿処なのだとか。素泊まりは出来ないが事情次第では泊まる事も可能らしい。
「ナナシくん、おはよう!一緒に朝ごはん食べよ!」
「アールさん!おはようございます!」
先程俺を庇ってくれたこの人はオカミさんの娘さんで名前はアール。白い肌に少し浮いている様な空気を身に纏いそれでいて真面目で勤勉な美と言うべき美しい女性。
「ずっとお前に事待ってたんだからなぁ〜。おせぇ〜よぉ〜」
「エールさん、おはようございます!遅くなってすいません。」
アールさんと違い黒く焼けた肌に鋭く光目つき。活発そうな雰囲気を身に纏いながらどこか大人びいてる様な落ち着きを持っている。因みに2人は姉妹でアールさんが長女エールさんが次女に当たる。
「アンタらも大概だよ!さぁ!はよご飯食べちゃいな!」
「「「は〜い!!」」」
食事を済ませると片付けを済まし仕事に出かける。2人は店の手伝いがあるので挨拶を交わし宿を出る。
「お〜い!ナナシ!!こっちこっち!!」
今日は建設系の仕事らしく集合場所まで向かう。声が聞こえる方に顔を向けると少し離れたところで手を振る一つの影が視界に入る。
「あ!」
時間に遅れたと思った俺は全速力で走る。朝食を食べた直後なので横腹が痛くなるのを我慢し出来うる限り急ぐ。
「ゼェゼェゼェ....」
「そんなに急がなくても遅刻じゃねーって」
「ま、まじかよ....」
軽く談笑をしながら他のメンバーを待ち、集まれば仕事を開始する。1ヶ月しか住んで居ないが大体の土地勘や仕事は掴めてきた。少し不慣れな手つきで不器用ながらも今日も一日を終える。
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「はぁ〜〜〜!!!疲れた...」
仕事も終わり宿に戻ってそのまま身なりを綺麗にし夕食を摂る。お店も早朝から開店しいる為、夕暮れ時になると閉店するのでオカミさん含め4人で食事をするのが日課になっている。
夕食後、自室にて大きな溜息をしながらベッドの上に寝伏せる。ここ最近、疲労が溜まりやすくなっているのか全身が筋肉痛でスグに眠くなってしまうを
「(ここに来ても1ヶ月か。今はこの場所に住まわして貰ってご飯も食べさせてもらって...。恵まれてるとは思うけど、なんだろなこの気持ちは。それに、俺は一体誰なんだ?」
ベッドの上で眠気と戦いながら思考する。今の現状に満足していない訳では無いが不思議と焦りと不安感が常に心のどこかに潜んでいる。記憶の無いまま過ごす日常は宛ら虚無の如く穴の空いたグラスに水を注ぐように過ぎていく。
「このまま...。ずっと、このままなのかな」
1人しか居ない部屋で呟くその声は外で賑わう喧騒とは裏腹に闇に飲まれ消えていくのだった。




