祭
三題噺もどき―ごひゃくさんじゅうに。
赤い光が風に揺られて、影を揺らす。
本殿へと続く階段を彩るように並ぶ提灯は、紐でつながれているはずなのに、なぜだか「浮いている」と思ってしまう。
少し道を外れてしまえば暗闇が広がっているのに、提灯のせいで不思議と恐怖はなかった。
足元は暗いからと、ここに入ったときに渡された提灯は、あまり意味をなしていない。
「……」
手に持っているだけで、邪魔になるから正直どこかに置いていきたい。
けれどまぁ、持って行けと言われたのだから持っていくしかあるまい。
こういう所の決まりは守らないと何が起こるか分からなかったりする。
「……」
しかし毎度思うが、この提灯のデザインだけはどうにかならないんだろうか……思いきり真ん中のあたりに「祭」という字が踊っていて、更に緊張感がなくなる。祭りの提灯って感じで、変な浮つきが生まれる。
一応、何かしらの意味を持ってやっている事なんだから、そういう変な浮つきはよくないと思うのだけど。
「……」
手に持った提灯を揺らしながら、石段を1人で歩いていく。
肝試しでもしているのかという感じだが、全くそうではなくて。まぁ、何かしらの儀式っていう感じだ。あまり詳しいことは知らない。
そろそろつくと思うのだけど、足が疲れてきた。立ち止まって休憩でも入れたいが、次がいるはずだから止まってはいられない。
振り返ってもいけない。
「……」
どれぐらいの時間をかけてここまで来たかは全く分からないが、ようやく本殿が見えてきた。有名どころと比べては、小ぢんまりとはしているが、それなりに立派なものだ。
正直、ここに何が祀られていて、何のためのこの行動で、何のためにこんな苦労をしているのか全く分かっていないのだけど。
「……」
石段を登り切ると、途端に周囲は暗くなる。
提灯は手元にある一つだけになり、ついさっきまでなかったはずの恐怖が顔を上げる。
よくわからない緊張に襲われ、手汗が酷くなっていく。
指先が冷えていくのを感じ、さっさとやることを済ませて帰ろうと決めた。
お賽銭を投げて、手を合わせて、帰るだけだ。
「……っ」
そうと決め、足を進めた瞬間に。
先程までなかった痛みが足の裏を突き刺した。
暗がりで全く気付かなかったが、よく見れば裸足で歩いていた。
それなら痛むのも当然である。何せここは砂利が敷かれているんだから。
石段を登っているときは全く痛くもなかったのに……。
「……」
賽銭箱まではまだ少し距離がある。
近くまで行かないと、届きもしないし、意味もない。
しかし、襲ってきた痛みが、あまりにもひどすぎて、足が動かなくなった。
出血こそしていないだろうけど……健康サンダルとか履けないやつだなこれ。そんな不健康なつもりないんだけど。
「……ふぅ」
なんとか気持ちを切り替え、痛みに耐えながら足を進めようと試みる。
足元は見ずに、目的地を見て。
そこに向けて、一身に進めば―
「……」
そう思い、顔を上げた先の本殿の。
普段は開いていないはずの扉が。
ついさっきまで硬く閉じられていたはずの扉が。
なぜか開いていた。
「……」
それだけで、どうしてこんなに恐怖が生まれるんだろう。
息が上がりそうになるのを抑え、震える体を抑え、手汗が酷くなる手元から提灯が落ちないようにしっかりと握り締める。
……あそこに。
「……」
あそこに。
あるのは。
いるのは。
だれだ。
「……」
寝台のようなものに寝かされて。
真っ白な衣装を身に纏い。
顔を白い布で覆われた。
「……」
ピクリとも動かず。
ただ、死んでいるように。
そこにいる。
「……」
それに引きずられて。
記憶がよみがえる。
「……」
幼い頃に犯した罪。
無邪気で悪気のない。
けれど取り返しのつかないような。
言い訳のしようもないような。
「……」
混乱する頭の中で。
同じ記憶を繰り返し、震えはさらに酷くなり、吐き気まで襲ってくる。
頭痛が襲っても、記憶は繰り返し、呼吸は荒くなる。
むく―
と。
寝かされていた。
それは。
体を起こし。
かけられていた布は落ち。
その顔が露わになる。
その顔は。
紛れもなく。
ガラーーー!!
「……」
部屋のドアが開いた音で、目が覚める。
ぼんやりとした視界の中に立っていたのは、母だった。
「いい加減起きなよ」
それだけ言い残して、ドアを中途半端に閉めてどこかへ行った。
今日は仕事が休みのようだ。
いつまでも起きてこない私に業を煮やして来たようだ。
「……」
痛む頭にしかめながら、ジワリと手汗の酷さに我ながら驚く。
そんなに暑かったのかな……。
お題:寝台・罪・祭りの提灯