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短編物語

転生者絶対コロ介

作者: 0



 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇


『コロ介さん!』


 桜の花が舞う木々の中。


 かすれた記憶が呼びかける。

 はたして私は彼女になんと言葉を返したのか。


『だって――さんは、喋り方が古風なんだもん。だから略してコロ介さん』

 記憶になった彼女はそう言って笑った。


 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇


 とある街の雑踏で二人はすれ違った。

 チュニックのようなゆったりとした服を纏った壮年の男と、巫女服を纏った年若い少女。


 コロ介は黒髪黒眼の壮年の男。

 こめかみから唇の端を掠めるように走る、縦の傷痕が特徴的だった。

 たたでさえ黒髪黒眼が珍しい上に、顔に走る大きな古傷は人目を引いた。


 すれ違った二人は、どちらからともなくその足を止めた。

 二人以外の人々はただの雑音(ノイズ)へと変わった。


 巫女服の少女は白髪銀瞳で、その服装も相まって浮世離れした印象を与えた。

 すれ違う人々も彼女の様子に気がつくと、吸いつけられるようにその足取りが重くなっていた。

 

 先に振り返ったのは可愛らしい顔をした少女だった。

「――あぁ、いたいた。君、コロ介くん、だよねぇ?」

 楽しそうに笑った。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇


 ――物騒な名前だな。

『物騒な名前だな』


 思いと記憶の声が重なった。


 そもそも”介”はどこからきたんだと問えば、

『うーん、語感?』

 そう言って笑う彼女に、釣られて私の口からも笑みが零れる。


 彼女はよく笑い、よく泣く女性だった。

 それでときおり突拍子をないことを言っては私を困らせるのだ。


 とびぬけて美少女、というわけでもないが、愛嬌がある彼女。

 宮廷の垢抜けた美女美少女たちとは比べることができない。


『家族っていうのはどれだけ離れていても家族なんですよ』


 だが、彼女には彼女だけの魅力があった。

 それは宮廷の女性たちにはない魅力が。


『なんでって、それが家族っていうものじゃないですか?』


 政争に負けて落ち延びてきた私を迎え入れてくれた彼女。

 私は彼女のその無邪気さに救われた。


『きっとコロ介さんのご家族も会いたがっていますよ』


 何の疑いもない彼女の笑顔。

 決して裕福ではない辺境暮らし。

 夏は炎天下の中で土地を耕し、冬は凍える寒さの中で身を寄せ合って眠る。

 硬くなった手、かさついた肌。お風呂だって満足に入れない生活。


『それでももし会うのが怖いなら、私が付いて行ってあげますから。だから家族と仲直りしましょう』


 それでも彼女は綺麗だった。


 王都から彼女のいる村にきたばかりの私は傲慢だった。

 政争で負けてさえも私は成功者であると、人を従える存在だと疑わなかった。


 大陸でも珍しい黒髪黒眼をもって生まれた私には魔法の才能があった。


 しかし、その才能を活かす場所が私の生まれた村にはなかった。

 両親に従って兄弟と共に農作業を繰り返す毎日。


『おれはこんなとこでおわるにんげんじゃないッ!』


 そんな田舎暮らしに嫌気が無し、両親と喧嘩別れする形で上京した十代。

 運よく学府に入学することができた私は、在学時代に誰よりも努力をした。

 学府を優秀な成績で卒業し、とある宮廷の派閥から声がかかった。

 そこで下積みを重ねた私は、やがて自身が派閥を率いる存在になった。


『私の力が陛下にも認められた。これからだ。これからさらに私は大きくなるぞ……!』


 宮廷では他者を蹴落とし、他人より上に行くことが生き甲斐だった。

 王からも目をかけられ、王女殿下の婚約者候補でも他より頭一つ抜けた存在。


 それが私だった。


 すべてが順調だった。

 

 転生者(あいつ)がこの国に来るまでは――。


 ◆ ◆ ◇ ◇ ◇


 コロ介の癖のある黒髪が、巫女服の少女の声に反応して揺れた。


 コロ介は警戒を隠さないでいた。

 そのままゆっくりと少女の方へと振り返る。


 街の雑踏の中であって互いの姿がよく見えた。

 

 しゃなりしゃなりと白髪を揺らしながら、一歩一歩と近づく少女は、

「”転生者狩り”だっけ? すごいねぇ、君の噂は大陸を越えて天上まで届いているよ」

 子どもらしからぬ超然とした雰囲気をまとまっていた。

 

 コロ介は腰に帯びた剣をいつでも抜ける姿勢をとった。

 それを気がついた周囲から悲鳴が上がった。


「……何者だ? 私はこれから連れ合いと約束があるのだが」


 少女は笑った。

 少女らしく無垢に笑った。逃げ惑う人々の中心で。


「ボクは、そうだな――君たちの言う神サマ、ってやつなのかな」


 少女は自身を神様の転生体だと言った。


 さらに近づく自称神サマへ向かって――コロ介はためらいもなく剣を抜く。


 神サマはふわりと後ろに下がって、それを難なく回避した。


「こらこら、神様が話している最中だぞ?」


 不満そうに頬を膨らませる神サマを、コロ介は油断なく見据える。

 いつしか街の通りには二人以外の姿は見えなくなっていた。


「転生者だろう。それならば私のやることは一つ――コロス」

 コロ助の眼は人殺しの目つき(ソレ)だった。


「殺す、ねぇ……。ボクをその辺の転生者と十把一絡げにしてくれるなよ。ボクは転生した神様。文字通りの神様転生だぞ? せっかく受肉した体。もうちょっと楽しませてよ」


 そう言って駆け出した神サマ。

 あっという間にコロ介の懐へと潜り込むと、手刀を繰り出す。


 手刀がコロ介の剣と交差すると、甲高い音が周囲へと響いた。

 それで留まることなく、神サマは次々に手刀、それに足技を繰り出す。


「ふふふ、すごいねぇ。なかなかの魔力を持つとはいえ君は人族。その出力。並みじゃないねぇ」


 少女の四肢は鋼鉄と鎬を削り、レンガさえ粉砕する威力。

 それが人の体に当たれば、魔法で体を強化していても無事では済まないだろう。


「何を犠牲にしたんだい?」


 犠牲無くして得られるものなし。

 常軌を逸した力には、代償は付き物である。


 しかし、コロ介はそれには答えない。

 ただ黙々と手刀と足技を捌き、隙あれば反撃を試みる。


 互いの一撃一撃が致命傷になり得る攻防。

 

「これまでに何人の転生者を殺したんだい?」

「数え切れないほど」

 抑揚のない声でぼそりと言葉を返した。


 転生者狩り(それこそ)がコロ介の生き甲斐。


 神サマはそれを聞いて不敵に笑う。

「――でもね。いくら殺しても、意味ないよ」


 ◆ ◆ ◆ ◇ ◇


『転生者』


 世界は彼らの存在を機に大きく変わった。

 彼らは奇跡を起こし、群衆を味方につけ、これまでの世界を壊した。


 国を興す者、国を継ぐ者、そして国を亡ぼす者。

 大陸の国家の隆盛の影にはいつも彼らがいた。


 ある日、私が仕えていた国に転生者が訪れた。

 転生者は王女殿下と仲を深め、いつしか我が物顔で王城へと出入りするようになった。


 私は国王陛下に転生者の危険性を奏上した。

 再現性のない転生者に依存する成果物。

 得体の知れない聞きかじりの技術。


『陛下! あ奴を重用するのをお控えください。危険です!』


 しかし、陛下は転生者が利するならばよしと、私を初めてとする臣下たちの言葉には耳を貸さなかった。

 

 陛下が彼を”勇者”として任命してから歯車が狂い始めた。

 彼は王家の後ろ盾を背景に、農業や経済に口を出すようになった。

 

 いつもよくわからない知識を持ちだしては、

『これは凄い方法なんだぜ』

 と物知り顔で現場に取り入れさせた。

 

 しかし、原理や安全性を問うても、

『大丈夫。大丈夫だから』

 の一点張り。


 まるで試験の答案だけを盗み出した学生のようである。


 渋る私たち統治者を尻目に、彼は一部の地域にて独断で実施を強行した。

 

 最初はよかった。

 たしかに農業では前年より収穫率が上がり、新回復薬や、玩具の影響で経済も活性化した。

 おかげで反対した私たちの面目は丸つぶれだった。


 これに気をよくした陛下はいたく転生者を気に入り、彼の言うことをより積極的に取り入れるようになった。

 反対に、私の声は陛下のお耳に届くことはなくなりつつあった。


 ある年に疫病が流行った。

 それにより、新しい農業を取り入れた地域は壊滅的な損害を被った。

 それにより多くの餓死者も出た。


 私は”勇者”に問うた、対処を教えて欲しいと。

『それは知らない』

 それならばと重ねて問うた、一緒に考えて欲しいと。

『俺は忙しいから』

 それが答えだった。


 せめて元に戻す方法をと願った私を前に、その数日後”勇者”は姿をくらました。


 それから疫病により多くの村が滅んだ。

 私の故郷もその中の数ある一つだった。


 親孝行(なかなおり)する機会は既に失われていた。


 姿をくらました転生者の代わりに、私が疫病の流行の責任を取らされることとなった。

 爆発寸前の民衆や臣下のために、宮廷で生贄が必要とされたのだ。

 そこで選ばれたのが若くして力を持ち、羨望と嫉妬を集めていた私だったというだけの話だ。


 私は左遷される形で辺境の村の代官に任じられた。


 国境にあるド田舎。

 代官としてでなければ一生訪れることがなかったであろう地。


 そこで私は彼女と出会った。

『はじめまして。田舎へようこそ!』


 なんとも風変わりな女性、それが私の彼女に対する第一印象だった。


 赴任先で出会う人々を辺境の民と見下していた私は、当初彼らとの軋轢が絶えなかった。

 いつもそこに割って入ることが彼女だった。


『頭が固いですね』


 彼女は私を前に物怖じをしなかった。

 魔法使いである私がその気になれば、彼女を一瞬で殺せる。

 私にはそれができるだけの力と、地位が与えられているというのに。


『お前は私が怖くないのか?』


 村長たちとの会談を終えて、後片付けをする彼女へ(たわむ)れに投げかけた言葉。


 彼女はキョトンとした顔で、

『なんでですか?』


『私の機嫌一つでお前の首が飛ぶんだぞ?』


 そう言うと、彼女はケラケラと笑い出した。


 その力がないと思われたと感じた私は、少しむっとして口を開く。

 しかし、次の彼女の言葉で私は何を言おうとしたのかを忘れてしまった。


『――でも、あなたはきっとそれをしないわ』


 彼女はそう言って不敬にも私の隣に腰かけると笑った。

 それは少しでも動けば肩が触れ合うほどの距離。


『あなたは優しいもの』


 私はそれを不快だとは思わなかった。

 肩越しに伝わる彼女の高い体温を感じて、私は私の鼓動が少し早くなったことを自覚した。


 時間が経つにつれ、彼女のおかげで村人との衝突も減っていった。


 いつしか私は彼女に恋をしていた。


『ときどき世界って優しい、ってそうは思わない?』


 恋はやがて愛へと変わった。


『私たちを引き合わせてくれたんだから』


 たしかにそうなのかもしれない。

 彼女の笑顔は私の心をこんなにも温かくする。


 それでも私は権力の蜜を忘れられないでいた。

 ある日、中央から私を呼び戻す親書が届いた。


 悩んだ。誰にも会わず三日間悩み通した。

 最後に背中を押してくれたのは他でもない彼女だった。


『いってらっしゃい』


 彼女は素朴な女性だった。

 私は強欲な男性だった。


 そんな彼女を私は愛していた。

 そんな私を彼女は愛してくれた。


 私たちは別れを目前にして想いを通わせた。

 王都に戻る前の身内だけのささやかな結婚式。


 何気なしに聞いた彼女の願い。


 突飛な質問にキョトンとした顔を見せると、

『世界がこれからも優しくありますように――』


 そう言って笑った彼女はやはり綺麗だった。


 ◆ ◆ ◆ ◇ ◇


 いくつかの攻防を経て、神サマがコロ介から距離を取った。

 その意気は乱れつつあった。

 しかし、コロ介も一息を入れるためにこれを追撃することはしなかった。


 一呼吸入れると神サマは口を開く。

「ギフテットワン。それが転生者の正体――つまりね、転生者を殺しても、別にまたどこかで新たな転生者が生まれるだけなんだよ」


 天与の才覚者(ギフテットワン)

 魔法を越えた魔法。神の御業、悪魔の所業。

 その呼び方に違いはあれど、魔法では再現できない世界に常にたった一つだけの能力。


 転生者の正体はギフテットワン(それ)だと、神サマが告げる。


 世界に常にたった一つの能力。

 裏を返せば、常に世界に一つその能力は存在するのだ。

 つまり、それがなくなったとき、どこかでそれが産声を上げるということ。

 ギフテットワンを殺すということは、ギフテットワンを生むということ。

 それは永遠に終わらない追いかけっこ。


 コロ介の口から、

「……構わない。全員コロス」

 胸の内の想いを表す熱い息と共に言葉が漏れた。

 

 神サマがヤレヤレと肩をすくめてみせた。


「それが無駄だって言っているのがわからないのかな?」


 今度はコロ介が懐へと踏み込む番であった。


「神様がせっかくありがたい世界の真理を教えてあげてるのに」

 一閃をお見合いしつつ、

「悪いな。あいにく無神論者なもので」

「ふふふ、つれないねぇ」


 四肢全てが必殺の凶器になりうる神サマの攻撃を、手にした剣と体術で凌ぐコロ助。


 手を変え品を変え、ときに立ち位置を変え、二人の攻防は続いた。


 時間と共に次第に二人の息も荒くなる。


「ふぅふぅ……。人の体は、不便だね」


 コロ介も体力を消耗していたが、神サマの消耗はそれ以上だった。

 攻防が長引くにつれて、基礎体力の違いが浮き彫りになりつつあった。


「中身がいくら神だろうがその体は人」

「痛いところを突くねぇ……」


 神サマの額には珠の汗が浮かんでいた。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◇


 景色が変わる。


 竜種による怪物行進(デスパレード)

 宮廷を震撼させる知らせが届けられたのは、日没を迎えようという時間だった。


 天変地異のような事態に襲われたのは、よりにもよって彼女のいる地域だった。


 国境付近からその知らせを受けたとき、その進行方向に彼女のいる村があると知ったとき、私の心はざわめきたった。


 じっとしていることなんてできるはずもなかった。

 この手で飛竜を駆り、供もつけずに宮廷を飛び出した。


 しかし、村へついたとき、すべてが変わっていた。


 間夜中にも関わらず村は明るかった。


 村が炎に包まれていた。


 年に一度の逢瀬の地が燃えていた。

 あれからも私たちの関係は変わらなかった。

 宮廷と違い腹の探り合いのいらない関係性。

 彼女の前では素の私でいられた。


 幸せだった。


 その幸せが目の前で燃え尽きようとしていた。

 どうしようもない渇きを覚えた。


『どこだ。どこだ……!』


 走った。私は走った。

 彼女のいる方角へ。私たちの家へ。

 村に残っていた飛竜をぶちのめし、障害物は吹き飛ばし。

 その過程で火傷を負った肌が燃えるように熱かったが、そんなことは問題ではなかった。


『無事でいてくれ……!』


 世界は優しいかもしれない――ただし同じくらい残酷でもあった。


 倒壊した家を掘り起こして見つけだした彼女は、もの言わぬ存在に変わっていた。

 彼女は変わらず私たちの家で私の帰りを待っていた。

 ただいつもと違うのは、彼女の体からその温かさは既に失われていた。


 あの声も、笑顔も、あの温かさも全ては記憶へと変わった。



 私は泣いた。



 私の気持ちが天へと届いたように空も泣いた。

 激しい空の涙が私と彼女の体をうった。


 どれだけ彼女を想って熱い雫を瞳から流しても、ひんやりと硬くなった彼女の体は、もう二度と動くことはなかった。


 黒焦げになった村で、雷鳴と一人の男の慟哭だけが響いた。

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◇


 次第にコロ介へと戦況が傾く。


「今だッ!」


 神サマの後ろから飛来する飛び道具。


 一人の少女が二人の戦場へと忍び寄っていたのだ。

 それは勿忘草色(わすれなぐさいろ)――明るい青色の髪と瞳をもつ少女だった。


「くッ……!?」

 神サマは振り返るとそれを驚異的な反射で避ける。


 しかし、それを見越していたコロ介は、距離を詰めるべく既に駆け出していた。


「これは驚いた……! 君にも仲間がいたんだね」

 再度振り返り、コロ介を迎え撃とうとした神サマだが、

「神サマとやら、ちゃんと言っていただろう――連れ合いがいると」


 目の前の神サマが本当に神サマなのかはわからない。

 仮にそうだとしても、戦神ではないことは確かだった。


 神サマはあきらかに戦い慣れていなかった。

 無駄口を叩き、あまつさえ眼前の敵に背を向けるなど。


 不安定な姿勢から放たれた手刀をコロ介は弾き返し、


「ふふふ、君もこれで、立派な神殺しだ」


 その心の臓に剣を突き立てた。


 殺し合いの終焉を察し、勝利を演出(アシスト)した小さな功労者(つれあい)が駆け寄ってくる。


 ――いつからだろうか。

 人に剣を突き立てることに抵抗を覚えなくなったのは。


 ――いつからだろうか。

 刃こぼれしない人の斬り方を会得したのは。


 ――いつからだろうか。

 夢をみなくなったのは。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


『私はどうすればよかったのだ』


 どうしようもない渇きを覚えた胸の(あな)

 私の掴みかけた幸せは、その穴に流れ込んでいき、残されたのは渇きだけ。

 

 彼女の喪に服す間もなく政界へと戻った。

 そもそも宮廷では私が結婚していたことさえも知られていない。

 災害対策の功績で、元よりもさらに高い地位につくこととなった。


 次の恋を探してみた。

 高位貴族となった私へ、縁談の話が次々と舞い込むようになった。

 ただの村人であった彼女よりも綺麗な肌、整った顔立ち、洗練された服装。

 だが、彼女ほど心を動かす者が現れることはなかった。


 だが、渇きは収まらなかった。


 その中で転生者(あいつ)が戻ってきた。

 竜の巣へ竜退治を成し遂げた英雄として、大手を振って帰ってきた。


『我が国の英雄が帰ってきた! 竜殺しの英雄さまが帰ってきたぞ!』


 疫病を機に陰鬱な空気であった民衆は、自国からの新たな英雄の誕生に沸いた。

 王家も民衆の不満の解消を画策し、この流れに便乗した。

 王女殿下と正式に婚約を交わし、彼らの子が次期王となることになった。


 はらわたが煮えくり返る思いだった。

 彼が、彼らが竜の巣を刺激したことで生まれた人為的な天災。

 それを言うに事欠いて”英雄”だと。


 ――ふざけるなッ!


 それはまるで私から彼女を奪った功で出世するようだった。

 故郷は許そう、地位も許そう。だが彼女を奪った罪――それだけは許せない。


 私は単身で英雄に挑み――



 ――そして敗北した。

 


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 神サマの服をつたう血で、小さな赤い水たまりが彼女の足元につくられていた。

 剣を持つ手を濡らす生暖かい血の感触はいつだって不愉快だった。


「いったい、いつまで、続くのだろうねぇ、君の、血の螺旋、は……」


 わからない。


 この行為に意味があるのか。

 もしかしたら、本当に無駄なことなのかもしれない。


 ――それでもいい。

 神サマの箱庭に入り込んだ異物でも。


 ――それでもいい。

 この行為に意味がなくても。


 ――それでもいい。

 誰に恨まれても。


「ふふ、ふ、輪廻、の、海で、ま、た……」

 その言葉を最後に神サマの瞳から光が消えた。


 異世界人を殺すこと――それだけが私が生きる理由なのだから。

 


 私は今日も世界を旅する。

 転生者である彼らを求めて――。



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