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86、街を案内と聖女教

 マルティナの実家である古着屋を出た二人は、近くにある食堂へと向かった。そこはマルティナがよく家族で訪れていた場所で、中に入ると店主である壮年の男女がマルティナに気づく。


「あらまぁ、マルティナじゃないかい。帰ってきたのか?」

「おばさん、おじさんも久しぶり! 数日だけ休暇をもらったの。あっ、この人は上司のロランさん。この辺を案内してるんだ」

「ロランです。お邪魔します」

「そうかいそうかい。よく来たねぇ〜」


 恰幅がよく明るい笑みを浮かべた女性は、嬉しそうにマルティナたちの下へやってきた。逆に奥のカウンター席に座って休憩していた寡黙そうな男性は、厨房に入っていく。


 そんな二人の動きと、昼時を少し過ぎた時間だからか他に客がいない店内を見て、マルティナが問いかけた。


「もしかして、もう終わりだった?」

「いや、大丈夫さ。あんたー、まだ食材はあるよね!」

「おう、問題ない」

「だってさ」


 ニカっと笑った女性は、さっそく二人を食堂の中心にある四人掛けのテーブルに案内する。ロランは王都の外れにあるような食堂が珍しいからか、興味深げに店内を見回していた。


「何を食べる? うちの名物は焼飯だよ。あと今日はシチューもあるね」

「じゃあ私はシチューにしようかな。ロランさんはどうしますか?」

「そうだな……俺は名物の焼飯にするかな」

「はいよ。ちょっと待っててね」


 そうして女性も厨房に向かったところで、ロランが口を開いた。


「名物が焼飯って珍しいな」

「確かに王宮の周辺では少ないですよね。でもこの辺の食堂だと、意外と多いんですよ」

「そうなのか」


 驚いたように少しだけ瞳を見開くロランに、マルティナはロランが貴族家の生まれであることを再認識していた。ロランはとても親しみやすい性格をしているので、普段は忘れがちなのだ。


「私は逆に、王宮での食事に米料理が少なくて驚きました。しかもほとんどがリゾットですよね」

「そう言われると……王宮でリゾット以外の米料理ってあんまりないな。王宮から出れば名物と銘打たれてることはなくても、他の米料理も普通にあるが」


 不思議そうな表情で首を傾げたロランに、マルティナは官吏として働き始めた時から考えていた説を口にした。


「これは推測なんですけど、多分歴史的な流れだと思います。王宮図書館に『素晴らしき美食―パン―』という本があって、その本によると過去の国王様の一人が、パンこそ至高だと美味しいパンの研究を進めさせたらしいんです!」


 本の話となった途端にマルティナの瞳が輝き、ロランはそんなマルティナに苦笑を浮かべつつ話の続きを促す。


「そんなことがあったのか」

「はい。そして同年代に書かれたと思われるいくつかの日記から、その研究の影響で市井にはパンが不足したことが分かりました。それによって、米料理が平民の間では根強く人気なのかもしれません」

「へぇ〜面白いな」

「そうなんです! 最初に紹介したパンに関する本を書いた著者の方は他にもいくつか著作を残されていて、他に三冊も王宮図書館に所蔵されているので、早く読みたいです……!」


 最近は忙しくて趣味である読書の時間が思うように取れていないので、マルティナには本への禁断症状が出始めていた。


 本のことを考えるだけで気持ちが昂り、図書館に直行したい気持ちに駆られるのだ。


「最終日に少し早く帰って、王宮図書館に行ったらどうだ?」

「それいいですね……!」


 ロランの素晴らしすぎる提案にマルティナが身を乗り出していると、女性が出来上がった料理を持ってテーブルにやってきた。


「はいよ、待たせたね」


 テーブルにドンっと置かれたお皿には、熱々のシチューと炒めたばかりで艶々としている焼飯がたっぷりと入っていた。


 シチューには焼いて表面が少し焦げたパンも載っていて、見た目だけで空腹が刺激されるほどだ。


「おおっ、美味しそうです」

「そうだろう? うちの自信作だよ」


 ロランはお皿と共に置かれた大きなスプーンを手に取って、さっそく焼飯を口に運んだ。


「美味いな……」

「ははっ、良かったよ。マルティナも久しぶりにうちのご飯はどうだい?」

「美味しいよ」


 シチューをパンと共に味わっていたマルティナも、満面の笑みを浮かべる。そうして二人が笑顔で食事を始めたのを見た女性は、隣のテーブルの椅子に腰掛けると、世間話をするかのように二人に話しかけた。


「そういえば、この前凄いパレードがあったんだろう? 聖女様が浄化の旅に出かけられる時の」

「うん、あったね」

「その聖女様が、瘴気溜まりだっけ? 最近の魔物が大量に発生する怖い現象を消し去ってくれるんだってね。いや、本当にありがたいねぇ〜」


 女性の言葉を聞いて、マルティナは少し驚いていた。王都内で食堂をしていたり、実家のように古着屋を営んだりしている者たちは街の外に出る機会がないため、瘴気溜まりに関して情報を得るのが一番遅いはずなのだ。

 さらに聖女の出立パレードが行われた大通りだって、この場所からは少し距離がある。


 そんな女性が詳しく知っているということは、王都中に広まっていると考えて良いだろう。


「詳しいんだね」

「そりゃあそうさ。今はどこでも皆が噂してるよ。最近は食材も少し高くなってきたし、それが元に戻るんじゃないかって」


(そっか。瘴気溜まりが各地に発生したことで、少なからず物流が滞ってるんだ。生活に直結することには敏感になるよね)


 マルティナがそう納得したところで、女性の口から聞きなれない言葉が飛び出した。


「私もさ、聖女教に入信しようかと思ってるんだよ。聖女様のおかげで私たちの生活が救われるんだからね」


 聖女教、その言葉の意味を脳内で何度か確認してから、マルティナはロランに視線を向けた。するとロランもマルティナと同様に食事の手を止めていて、難しい表情だ。


「ロランさん、知ってますか?」

「いや、初めて聞いた」


 二人の会話を聞いて、女性が大袈裟に驚きを露わにする。


「なんだい、二人は知らないのかい? 王宮で働いてるんだろ?」

「……うん、初めて聞いたよ。聖女教ってなんなの?」

「私もそこまで詳しくはないけどね、最近流行ってるのさ。名前の通り聖女様を崇めるんだってよ。私たちを救ってくれるんだから、おかしなことじゃないだろう?」


 女性の言う通り、聖女教という存在が生まれるのはおかしなことではない。しかしあまりにも早すぎるのではないか。

 マルティナはそう考え、眉間に皺を寄せる。


「その聖女教って教会とかあるの?」

「確か他の宗教が放棄してた教会とか、空き家とかを使ってるって聞いたよ」

「そうなんだ……教えてくれてありがとう」

「いいよいいよ。私がマルティナに教えられることがあるなんて嬉しいからね」


 カラッとした笑顔でそう言った女性は、雑談に気が済んだのか椅子から立ち上がり、厨房に向かった。


 そんな女性を見送ったところで、マルティナはロランに顔を近づける。


「ロランさん、宗教ってこんなにすぐ発生すると思いますか?」

「いや、聖女に祈る人たちが個別にいたとしても、それが宗教という形を取るには早すぎるだろ。……誰かが作ったんだろうな」

「でも作るにしても、あのパレードで聖女の存在を知った人……とは考えにくいですよね。期間的に」


 マルティナの言葉に神妙な面持ちで頷いたロランは、小さな声で告げた。


「少し調べてみるか」

「そうですね」


 二人は真剣な表情で頷き合い、残っている料理に手をつけた。

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