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34、心臓に悪い悪戯心

「……でん、か?」


 辛うじてそんな呟きを溢したマルティナの表情を見て、ロランは瞳を見開き、大きな驚きを露わにした。


「もしかして……お前、ソフィアン様が第二王子殿下だと知らなかったのか?」

「知らない、です。え、殿下って、私が知ってる殿下ですか? 陛下のご子息の……」

「そうだ」


 ロランがマルティナの問いかけにすぐ頷いたのを見て、マルティナは数秒ほどで頭をフル回転させ、まずは何よりもソフィアンに向き直った。

 そしていつも通りの笑みを浮かべたソフィアンに向けて、ガバッと勢いよく頭を下げる。


「た、大変申し訳ございませんでした! 私、色々と失礼なことを。官吏の先輩だと思い込んでいて……」

「マルティナさん、顔を上げてください。謝罪は必要ありませんよ」


 柔らかい声音でソフィアンにそう告げられ、マルティナは恐る恐る顔を上げた。


「マルティナさんが第二王子の顔を知らなそうだと思い、あえて教えなかったのは私ですから。この王宮に私のことを知らない人は少なく、少し悪戯心が湧いてしまいました」


 そう言って穏やかな笑顔ではなく、無邪気で楽しげな笑みを浮かべたソフィアンに、マルティナは緊張していた体から力を抜いた。


「――殿下が少しでも楽しめたのでしたら、良かったです。たくさんの視線が私たちに集まっていたのは、そういう理由だったのですね……」

「そうですね。私は普段この食堂を使うことはありませんので、新鮮だったのでしょう」


 ソフィアンが周囲に視線を巡らせると、マルティナたちの様子を窺っていた者たちは、ガタッと一斉に立ち上がった。

 この国では貴族と平民の距離が縮まってるとはいえ、やはり王族は特別だ。


「皆、騒がせて悪かったね。こちらのことは気にせず食事に集中してくれ。せっかくの美味しい食事が冷めてしまったらもったいない」

「か、かしこまりましたっ」

「はいっ」


 皆が食事を再開したのを見届けてからマルティナに視線を戻したソフィアンに、ロランが恐る恐る口を開いた。


「あの、第二王子殿下……私がマルティナに殿下の身分を伝える結果となってしまい、大変申し訳ございませんでした」


 身分を知らないマルティナとの交流を楽しんでいた殿下に対し、余計なことをしてしまったとロランは後悔している様子だ。しかしソフィアンはロランを責めることなく、笑顔で首を横に振った。


「気にしなくて良い。そろそろ伝え時だと思っていたんだ。だからこそ皆がいるこの食堂に来た」

「そうだったのですね。それならば良かったです……」

「君はマルティナの上司かい?」

「はい。政務部で官吏を務めております、ロランと申します」

「ロランか。では君もそこに座ると良い。トレーをこちらに持ってきて、共に昼食を食べよう」

「……あ、ありがとう、ございます」


 第二王子と一緒に食事をすることになり、ロランは一気に顔を緊張に染めながらも自分が座っていた席からトレーを運んできた。

 すると偶然にもロランの近くで食事をしていたナディアにソフィアンが気づき、笑顔で手招きをする。


「君も来ると良い。マルティナの友人だろう?」


 ナディアは声を掛けられ、動揺を見せることなく綺麗な仕草で立ち上がった。


「ありがとうございます。ではご一緒させていただきます」


 ロランとナディアが席に着いたら、四人で食事が再開された。最初は皆が無言でカトラリーを動かしていたが、沈黙を破ったのはマルティナだ。


「ナディアは……ソフィアン様が第二王子殿下だって、知ってたの?」

「もちろん知っていたわ」

「教えてくれたら良かったのに……」

「まさか知らないなんて思っていなかったのよ。図書館で司書として働かれている時は、暗黙の了解で殿下と呼ぶことはしないの。だからマルティナもそれに倣っているのだと……」

「そうだったんだ……」


 二人のそんな会話を聞いて、ソフィアンも楽しそうな笑みを浮かべた。


「私もマルティナさんが私の身分を知らないとは、最初は思っていませんでした。しかしもしかしたらと思う時があり、以前さりげなく第二王子の話題を出してみたら無反応でしたので、これはと確信したのです」

「そうだったのですね……それよりも殿下、なぜ私にだけ敬語を……」


 マルティナが恐る恐る問いかけると、ソフィアンはそっと顎に手を当てて僅かに眉間に皺を寄せた。


「そういえば、なぜでしょうか。なんだかマルティナさんにはこちらで慣れてしまって」

「もしよろしければ、私も皆さんと同じようにしていただけると……」

「そうですね……分かった、ではそうしよう。ただその代わり、マルティナは私のことをソフィアンと呼ぶように」

「……分かりました。ではソフィアン様と」


 マルティナのその言葉にソフィアンは満足げに微笑んで、またカトラリーを動かした。

 そしてそれからは楽しく穏やかに食事は進み、驚きに満ちた昼食は終わりとなった。

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