219、浄化の旅の再開
ナディアとシルヴァンが帰ってきてから二週間ほどが経ち、マルティナは朝早くに騎士団の訓練場にいた。その理由は――ハルカと共に浄化の旅へと行くからである。
ディアスがラクサリア王国での生活に慣れた様子であり、何よりもこれ以上瘴気溜まりを放置すると、また被害が拡大してしまうということで、浄化の旅の再開をディアスに願ったのだ。
問題なく受け入れてもらえたが、浄化の旅の途中でも帰還の魔法陣研究を続けたいというディアスの要望で、マルティナも同行することになった。
今回の旅のメンバーは、マルティナとハルカ、ロラン、サシャ、ソフィアン、フローラン、そしてディアスの七人である。
「では、行ってきます」
竜の姿になっているディアスの前に六人が並び、集まっているラクサリア国王を始めとした各国の代表者たちに挨拶をした。
マルティナに緊張はほとんどなく、浄化の旅でたくさんの国を巡る過程で、どんな中古本屋に寄れるのだろうとワクワクしている。
「ああ、よろしく頼む。皆の献身に心からの感謝を」
感謝と共に各国の平和を託され、マルティナたちはディアスの背に登った。
「早く行くぞ」
せっかちなディアスに急かされているので、浄化の旅へと向かうことに対して感慨を覚える暇もない。皆で急いで体勢を整えていると、まるでちょっとそこまで買い物に行くような気軽さで、ディアスは一切の気負いなく言った。
「では瘴気溜まりとやらを消してこよう。我にかかればこの世界の大陸など小さいものだ。すぐに終わるだろう」
その言葉は本心であり真実なのだろう。ディアスの言葉にラクサリア国王たち全員が深く頭を下げ、マルティナたちが揃って下げられた頭に居心地の悪さを感じているうちに、ディアスが羽を大きく広げた。
「では行くぞ」
声をかけられてすぐに、ブワッと強い風が吹き上がってきた。マルティナたちはディアスの魔法で落ちないように固定されているため、体が飛ばされるほどの風は感じないが、それでも髪がバサバサとたなびく。
これから高く空を飛ぶという事実に少しの不安を抱えていると、ふわっとディアスの体が浮き上がったのが分かった。
一気に地面から遠ざかり、ラクサリア国王たちは豆粒のようになる。どこまでも広がる青い空が目に眩しかった。
急上昇を終えると、最初の目的地がある方向に体の向きを少し変える。一度大きく羽を動かすと、ディアスはソフィアンに確認した。
「向こうで合っているな?」
瘴気溜まりの場所や回る順番などを管理するのはソフィアンだ。
「はい。ディアス様の速度ならば一時間もかからないでしょう」
「分かった。近づいたら教えてくれ。速度を緩める」
「かしこまりました」
水平にしていた体を少しだけ起こして力を貯めるようにすると――一際大きく羽を動かし、ディアスは目的地に向けて加速した。
ビュンッと風を切る音と共に景色が一気に流れていく。やはり恐怖も感じるのだが、それ以上に爽快な気分だ。
「二回目の方が怖くないかも」
隣にいたハルカに声をかけると、ハルカも今回の方が余裕がありそうだった。風に靡く髪を押さえながら、楽しそうに景色を眺めている。
「わたしも。こんな体験、普通ならできないもんね。空の旅を楽しもうか」
「そうだね。……そういえば、ハルカの世界には空を飛ぶ乗り物があるんだよね?」
マルティナは前に聞いた話を思い出していた。ハルカの世界の本の話から、飛行機の話になったのだ。
「うん、飛行機だね。わたしもあれが飛ぶ理由を説明できないけど、ディアス様よりも大きな金属の乗り物が空を飛ぶの。今思うと凄いよね」
「魔法はないんだよね?」
魔法がない世界でそんなに大きなものが空を飛ぶ。マルティナには想像もつかない世界だ。
「魔法はないよ。あるのは科学なんだけど……この世界で魔法陣を理解してる人が一握りなように、わたしも科学については本当に初歩的なことしか分からなくて」
そう言って笑ったハルカに、マルティナは納得する。素晴らしい発見や知識、技術があったとしても、それを使いこなせるのがごく一部の者たちであることは、どの世界でも変わらないのだろう。
そしておそらく、魔法陣を理解していなくとも魔法陣を使うだけならできるように、ハルカの世界の科学も似たようなものなのだと思った。
ただマルティナは、その原理を全て知りたい、本で読みたいタイプの人間だ。改めてハルカの世界に想いを馳せていると、ハルカが何かを思い出したように告げる。
「そういえば、機内食ってちょっと憧れだったんだよね……」
機内食という言葉は知らないものだった。
「どういう意味?」
「あ、飛行機の中で食べる食事のことだよ。わたしは飛行機に乗ったことがないから食べたことがなくて。そういうちょっと特別感のある食事って憧れない?」
「確かに分かるかも」
マルティナも馬車旅の途中で時間がない時に食べる手軽な食事が割と好きだったりする。移動しながら馬車で食べるからこそ美味しいというのもあるのだ。
「機内食とはちょっと違うけど、ディアス様食……いや、それはちょっと違うよね。竜の上食、竜食」
全くセンスのない言葉を並べていると、近くで話を聞いていたロランが呆れた表情で言った。
「そこは空食とか、普通に移動食とか、そっち方向がいいんじゃないか? 食事を表すのにディアス様の名前や種族名を入れるのはな……」
なんの反論もできない。その通りである。
「空の移動食にします」
マルティナの決定に、ハルカが楽しげに笑いながら言った。
「空の移動食、食べようか」
「うん。機内食みたいなものってことで、せっかくだから食べようよ。あっ、でもディアス様がよければ……」
先ほどからポツポツとソフィアンとの会話を続けているので、話が聞こえているかもしれないと思い少し待つと、すぐにディアスの返答がある。
「別に構わんぞ。しかし、我は飛ぶ前にその食事を食べておきたいな」
「もちろんです。ありがとうございます。街に寄ったら準備しますね」
「今夜泊まる予定の街が比較的大きくて、さらに明日は移動距離が長いからちょうどいいかもしれないね」
ソフィアンの言葉に、さっそく明日には空を移動しながら食事を楽しむことになった。笑顔のサシャはもちろん大賛成だ、フローランも反対しない。
そうして楽しみが一つできたところで、ソフィアンが地図をパラリと捲って告げた。
「そろそろ最初の目的地が見えてきます」




