212、ディアスの挨拶
マルティナたちがラクサリア王国に帰ってから数日後。また大ホールでは大陸会議が開かれていた。
「皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます」
今回の会議はマルティナからディアスのことを報告するために開かれたものだ。ディアスによる半強制的な帰還から数日が経ち、やっと少し落ち着いたのでこの時間を取ることができた。
「本来であれば帰還日中に私から説明をしなければいけないところ、遅くなってしまって申し訳ございません」
頭を下げたマルティナに、ラクサリア国王が告げる。
「問題ない。突然の帰還でディアス様のこともあれば忙しいのは当然だろう」
他の皆もその言葉に頷き、マルティナは感謝を伝えるためにまた頭を下げた。そして最初の挨拶を終わらせ、さっそく説明を始めることにする。
経緯についてはソフィアンからすでに説明がされているため、マルティナはディアスの性格や過去について、そして今の望みなどを伝えることにした。
軽く帰還までのことを前置きとして話してから、さっそく本題に入る。
「すでにご存知かもしれませんが、ディアス様は帰還の魔法陣に興味を持っておられます。ディアス様の祖国へと帰るために使えるかもしれないとのことで、共に研究をすることになりました。そのため今は、リール語を学んでおられます」
「報告を受けている。歴史研究家の皆が教師役をすることになったとか」
「はい。ラフォレ様たちが引き受けてくださいました」
ディアスのリール語の勉強は順調に進んでいて、すでに簡単な会話なら成り立つようになっていた。竜とは完全記憶能力を持たなくとも、一般的なこの世界の人間よりは記憶力がいいらしい。
「そちらはこのまま頼みたい。――我々は魔法陣言語を学ぶ必要があるだろうか」
ラクサリア国王の問いかけに、マルティナは少し悩んだ。もちろん使いこなせるに越したことはないのだが、魔法陣言語を学ぶのは骨の折れる作業だ。国の代表でありとても忙しいだろうこの場にいる皆に、その労力を充てる意味があるのかと考える。
(このタイミングで質問されるってことは、ディアス様と魔法陣言語で会話をした方がいいのかってことだよね。ディアス様は気にするかな……)
先ほどまで共にいたディアスの様子を思い浮かべ、マルティナは首を横に振った。
「無理に覚える必要はないと思います。そもそも魔法陣言語もディアス様にとって母語ではありませんし、言葉は意思疎通を図るための道具であると考えているようでした。なのでどの道具を使うかどうかに、そこまで重きを置いていないと思います」
素直な感想に、ラクサリア国王は頷く。
「分かった。教えてくれて感謝する。ちなみにディアス様からの要望などはないか?」
「何か不便に思っていることはないのかしら」
「小さなことでも構わないので教えて欲しい」
他の代表者たちからも問いかけられ、マルティナはディアスの様子を思い描く。
「そうですね……」
しかしディアスの希望などは思い浮かばなかった。今はとにかくリール語の習得に集中しており、他のことに気が回っていない様子なのだ。
「ディアス様が自由に動けるようにすることが、一番かもしれません」
簡単なようで難しい話だと思いながらも口にすると、各国の代表者たちは案の定難しい表情を浮かべた。しかし誰もが無理だと言うことはなく、マルティナの言葉を前向きに捉えている。
「できる限り配慮しよう」
「何かを望まれた時にすぐ動けるようにしておくべきかしら」
各々でディアスへの対応を考えている中、マルティナは話を続けるために口を開いた。
「報告を続けさせていただきます。次はディアス様から聞いた範囲での竜という種族についてですが――」
バタンッッ!!
簡単な竜の生態について説明しようとしたところで、突然大ホールの扉が開かれた。あまりの勢いに大きな音が響き、全員の視線が扉に集まる。
「ディアス様、お待ちを……!」
入ってきたのは、楽しそうな笑みを浮かべたディアスだ。
扉の前にいたはずの護衛騎士たちは、どうすれば良いのか困惑している様子で、控えめにディアスを止めていた。しかし無理に止められるはずもなく、ディアスはズンズンと中に入ってくる。
「突然すみません……!」
ディアスと共にいたはずのハルカが、少し遅れて中に入ってくると、申し訳なさそうに謝罪を口にした。しかしハルカが謝ることでも全くない。ラクサリア国王たちがハルカに対して気にする必要はないと慌てて伝えている中、ディアスは一直線にマルティナの下に向かっていた。
『マルティナ、リール語を少し使えるようになったので帰還の魔法陣の研究資料を読んでみたが、あれは凄いな! まだ本格的に研究できるまでは数週間かかるだろうが、どうしても一つ気になったところがあり、マルティナに聞きにきたのだ』
他の者たちには目もくれないディアスは、楽しげにそう告げる。
『え、もう読めたのですか?』
マルティナは突然のディアス乱入よりも、そちらに驚いてしまった。
『完璧ではないがな。まだ分からないところも多い』
『それでも凄いです』
一般的な習得速度からしたら驚異的だ。まだ会話方面は簡単な文章しかできていなかったので、読む方がより上達しているのかもしれない。
しかしそんなことに感心している場合ではないと、マルティナは頭を切り替えた。
今は大陸会議の真っ最中なのだ。この場には各国の代表者たちが集まっている。さすがに竜であるディアスだとしても、邪魔をするのは避けるべきだろう。
『ディアス様、また後でお教えするのではダメでしょうか。今は会議中で……』
マルティナが周囲に視線を向けながらそう告げると、やっとディアスの目にも他の者たちが映ったらしい。ぐるりと大ホールを見回すと、マルティナに問いかけた。
『もしや、国の長たちが集まっているのか?』
『そうです』
『それはちょうどいいな。一度挨拶をしようと思っていたのだ』
そう言ったディアスはマルティナの横に立ち、各国の代表者たちに笑顔を向ける。そしてまだ拙さの残るリール語で言った。
「我は、ガードゥディアコス。ディアスと、呼ぶといい。よろしく、頼むぞ。仲良し、協力? しよう」
最後は単語を言っているだけだったが、とりあえず友好関係を築こうとしていることは容易に分かり、マルティナ以外の者たちにも通じたようで、各国の代表者たちはその場に立ち上がり頭を下げる。
「ご挨拶ありがとうございます。ディアス様とこうしてお話しできますこと、大変光栄でございます」
代表して答えたラクサリア国王の言葉を、マルティナが魔法陣言語に訳した。それを聞いたディアスは、今度は魔法陣言語で言う。
『マルティナという我の子孫もいることだし、もう過去のことは忘れてお前たちと友好関係を築くことに決めた。しかしそちらから敵対しようとするならば……容赦はしない』
先ほどの拙いリール語のほのぼの感から一転、鋭い言葉にマルティナはピシリと固まった。しかし訳さないわけにはいかない。
そのままリール語にすると、各国の代表者たちも固まる。
『仲良くできることを祈っている』
さらに付け足されたディアスの言葉に、マルティナは何度も頷きながら訳した。マルティナが訳すと代表者たちも全く同じ反応になる。
そうして緊張感が一気に高まったところに、意を決した様子でラクサリア国王が口を開いた。
「過去のことを忘れる前に、一つだけお伝えさせてください」
そう言ってから他の代表者たちの顔を見回し、皆でディアスに真摯な眼差しを向ける。ここが過去に対する謝罪をするタイミングだと思ったのだろう。
「ディアス様をこの世界に縛り付けたこと、大変申し訳ございませんでした。帰還の魔法陣研究には、この場にいる皆が様々な方法で助力いたします。どうかなんでも仰ってください」
マルティナが訳した謝罪の言葉に、ディアスは僅かに目を細め、しかしすぐ笑顔に戻った。
『分かった。必要なものがあったら準備を頼む』
「かしこまりました」
そうして突然の挨拶と謝罪を終えたところで、ディアスはマルティナに書庫で待ってると伝えてから、ハルカとともにホールを出ていった。
ハルカとは別世界から来た存在だという共通点もあり、仲良くなっているのだ。
嵐のようなディアスが去ってホール内が沈黙で満たされたところで、ある王子が呟いた。
「マルティナ嬢は、すぐに戻った方が良いのでは……」
「私も同意見だ」
「ディアス様を待たせるのは良くないだろう」
「大陸会議などいつでも開ける」
誰もがマルティナを書庫へと向かわせようとする中、マルティナは首を横に振って否定した。
「いえ、そんなに急がなくとも大丈夫です」
ディアスはやはり怖い部分もあるのだが、理不尽な存在ではないことは、もうマルティナには分かっている。配慮しすぎるのも、また逆に失礼なのだ。
特にマルティナは数千年ぶりにやっと会えた同胞であり、ディアスは互いに遠慮なく付き合う関係を望んでいる。
「あとは竜についてとディアス様の過去に起こったことの詳細をご報告するぐらいなので、すぐに済ませてしまいます」
言い切ったマルティナに誰もそれ以上は中断を言い出さず、マルティナは報告を再開した。しかし誰もがマルティナを待つディアスのことが気になるようで、報告の後半は上の空である者が多い。
今回の会議は、皆が議事録を確認するだろう。
「報告は以上です」
マルティナが話を終わらせたところで、ラクサリア国王がすぐに告げる。
「では、本日の大陸会議はこれで終わりとしよう。また開く時には連絡する」
「分かりました」
「お願いしますね」
誰もが少し早口で話をして、どこか落ち着かない雰囲気のまま、大陸会議は終わりとなった。




