211、緊急会議
マルティナたちが書庫でディアスとの騒がしい時間を過ごしている頃。ラクサリア王国の国王を始めとした各国の代表者たちは大ホールに戻り、ソフィアンからの報告を聞く形で緊急会議を開催していた。
「まさか、竜が生きていて人型になれるとは……」
「あまりの出来事に、まだ夢かと思っているのだが」
「私も自分の目と耳を疑っているわ……」
あまりの事態に信じきれていない者も多いようだ。そんな中でソフィアンが口を開く。
「正直私も皆様と同じ気持ちなのですが……確かに私はディアス様の背に乗りここに帰ってきました。夢、ではないはずです」
自分の頬を抓って眉間に皺を寄せたソフィアンに、他の者たちも追従する。各国の代表者たちが皆で自分の頬を抓るという不思議な光景の後、ラクサリア王国の国王が言った。
「夢ではないな」
「そのようね……」
「ただ驚いたが、悪い結果ではないだろう。何せ竜は我々と敵対していないのだから」
ある王子の言葉に全員が一斉に同意する。
「そこは本当に良かったわ」
「そこだけが希望だ」
「竜が生きていたならば世界は終わりだと思ったが、まさか友好的だとは」
「ソフィアン殿たちが背に乗って現れた時には、あまりの驚きに気を失いかけたぞ」
「あれはやはり気を許している相手にしかしないのかしら」
「どうだろうな。よく分からないが、少なくとも警戒している相手にはしないのではないか? ただ我々の弱さに警戒する必要もないだけという可能性もあるが……」
様々な言葉が飛び交う中で、ある王女の言葉に場が静まり返る。
「またマルティナ嬢に助けられた形かしら」
「そう、だな。しかし竜の子孫であるなど、本当なのだろうか。ディアス様のお言葉を疑うわけではないが……」
「そこは私も半信半疑だと思っております。ただ真実は分からなくとも、ディアス様がマルティナを子孫であると特別視していて、友好的であるという事実が大切かと」
ソフィアンの言葉に誰もが頷いた。
「そうだな。とにかくマルティナ嬢には健やかにいてもらわなければならない」
「万が一があってはダメね。皆さん、マルティナ嬢に手を出そうなどと考えてないかしら?」
王女の鋭い眼差しに場は緊張感に包まれる。今までも大きな存在感を放っていたマルティナだが、もはや各国の国王たちよりも重視しなければならない存在となったのだ。
「そんな怖いことできるはずがない」
「マルティナ嬢に何かをするということは、国を滅ぼしたいと言っているのと同義だろう? そんなことはしない」
次々と手出しはしないと宣言する国が出る中で、ある国の代表者がラクサリア国王を真剣な眼差しで見つめた。
「ラクサリア国王はどうお考えで? 正直に申し上げますと、こうなった以上は貴国が多大な力を有したことになりますが」
マルティナがいて、それに伴ってディアスがいる。ラクサリア王国は大陸統一を目指せるほどの力を得たも同然なのだ。
それを警戒するのは当然であろう。
「確かにマルティナは我が国の官吏だ。しかしマルティナに命じて皆さんに不利益となるようなことをするつもりはない。そもそもマルティナは平和主義だ。争いは好まない。そんなマルティナにたとえば侵略などを命じたとして、私は嫌われるだろう。つまりディアス様と敵対することになる。するつもりは毛頭ないが、そもそもそのようなことはできないのだ」
ここまでマルティナと少なからず関わってきて、おそらく情報を集めていたであろう代表者たちは、ラクサリア国王の言葉に納得した。
マルティナは戦争など全く喜ばず、どうにか回避したいと考える性格だ。そんなマルティナが他国を危険に晒すことなど考えるはずもない。
「理解した。その言葉が聞けて安心だ」
「とにかくマルティナ嬢とディアス様を、そっと見守る形が一番でしょう。私たちは何もしない方が良いわ」
「同意見だ。ディアス様のことは警戒したいが……動向を見守るぐらいしかできないだろう」
「私もそれには同意しますが、過去の謝罪はするべきでは?」
ある王子の言葉に誰もが言葉に詰まる。過去の人類がディアスにしたこと、そしてその結果を思い浮かべたのだろう。
「マルティナ嬢が謝罪をしてくれたようですが、それで私たちは何もしないというのも……やはり謝罪と共に、できる限りディアス様の希望を聞くべきかと」
「その通りだな。それによってディアス様と敵対する可能性を少しでも下げられるかもしれない」
打算があったとしても、謝罪をするのは大切だ。誰もがそんな気持ちで一致したところで、ラクサリア国王がポツリと呟く。
「しかし、謝罪方法とその内容は慎重に選ばなければならない」
下手な謝罪は逆効果にもなり得るのだ。ディアスを刺激してしまったら意味がない。
「考えましょう」
「それが一番の重い議題になりそうだな」
「そうね。あとは万が一の時の対応も決めておきたいわ。ここで言う万が一とは、謝罪に失敗した時ではないわよ?」
「分かっている。我々とは関係なく、ディアス様と敵対することになった場合の話だな」
誰もがそれを大切だと思いつつ、竜という異次元の強さを持つディアスに対して何も良い考えが思い浮かばないのか、大ホールには沈黙が落ちた。
「戦闘方面では考えても意味がないな……」
「私もそう思う。それよりも避難場所や物資の輸送、そしてどうにか矛を納めていただけるように説得する方法や材料。その辺りを話し合っておこう」
ある代表者の提案に全員が頷く。
「それでいいわ」
「では、まずは謝罪の内容を――」
それからはディアスへの謝罪の場やその内容、誰が先頭に立つか、どのような形にするのか、そして万が一の時はどうするのか。そんな話で緊急会議は何時間も過ぎていった。
やっと話がまとまった時には、皆の顔には疲れが滲んでいる。
「一度休憩としましょう。本日はここで終わりと言いたいところですが、浄化の旅の今後については早めに話し合っておくべきではないかと思いまして……」
説明役から司会進行役のようになっていたソフィアンの言葉に、多くの代表者たちがこめかみに手を当てて頭痛を堪えるような仕草をした。
「そちらの話もあったな」
「休憩後にまた再開しましょう」
「甘いものが欲しいな」
「私は空腹が辛いです」
ざわざわと雑談が始まりながら、皆が席から立ち上がる。そうして総じて疲れた表情の代表者たちは、共に休憩へと向かった。
一時間後。また緊急会議は再開された。今度は浄化の旅や浄化石についての話だ。
「先ほどもご報告させていただきましたが、まずは浄化石から。こちらは霊峰のカルデラ湖に無数の浄化石を確認しており、ディアス様からは好きにして良いとのお言葉をいただいています。したがって、霊峰から運び出して大陸中に運搬する算段をつけましょう」
明確に朗報だと分かる話に、疲れを滲ませていた皆の顔に笑みが浮かんだ。
「無事に浄化石を手にできたことは本当に喜ばしいことだ」
「これで瘴気溜まりという大変な問題が解決に向かうな」
「代わりに竜という問題が発生しているが……その話は今はやめておこう」
「浄化石を運ぶ順番は、浄化の旅の順でいいかしら」
「それが一番だろう。ただ、まだ浄化が終わっておらず、瘴気溜まりから魔物が溢れ続けている場所も多くある。聖女ハルカはディアス様と共にこちらに帰還してしまったため、これからどうするのか――瘴気溜まりがある状態では、浄化石を設置し直すこともできないだろう」
まだ今後のハルカの動きについてはソフィアンが報告しておらず、ハルカが訪れていない国の代表者たちは不安げだ。
そこにソフィアンが告げる。
「実は、浄化の旅はディアス様が空を飛ぶ形で行ってくれるようなのです。聖女ハルカを背に乗せて、瘴気溜まりを巡ってくださると」
まさかの報告に多くの国の代表者たちは顔を喜色に染めた。しかしそろそろ浄化の旅の順番が回ってくるところだった国は、少しだけ面白くなさそうだ。
「ありがたい話だが、それだと聖女様を国に招くという形にはならないな……」
ハルカが国に入る利点として、瘴気溜まりが浄化されるという点がもちろん一番なのだが、それ以外にもハルカがその国の王都などを訪れることで民たちの士気が上がったり経済活動が活発化したり、そしてその国のステータスになったりと、副次効果もかなりあるのだ。
ディアスと空を飛ぶ形で浄化を行えば、それらの効果はなくなる可能性が高いだろう。
しかしディアスが協力してくれるというのだ。大きな声で反対などできるはずもなく、すぐに浄化に関してはその形でお願いすることと決まった。
「これで、世界は救われたのだろうか」
話に一区切りがついたところで誰かが呟いた言葉が、大ホールにやけに響く。
「そう思いたいけれど……」
「まだ不安要素は多いな」
完全に安心できるのはまだ先だろう。しかし、ひとまず目の前の大きな懸念が取り除かれようとしていることは確実なのだ。
各国の代表者たちは真剣な、しかし重すぎない表情で頷き合う。共通の大きな問題に立ち向かってきたことで、皆の間には絆とも呼べるようなものが生まれていた。
「これからも連携していこう」
「そうしましょう」
緊急会議は、長い時間をかけてようやく終わった。




