209、マルティナ大興奮
『あの……ディアス様は帰還の魔法陣を研究されたいと思っていて、そのためにリール語を学ばれる。ということで合っていますか?』
リール語を学ぼうとやる気満々なディアスに、ラフォレが緊張している様子ながらも声をかけた。魔法陣言語で行われていた話の内容は、ほとんど理解できていたみたいだ。
『うむ』
『ご説明を忘れていてすみません。ディアス様は帰還の魔法陣を研究するために、一緒にここに来られたんです。帰還の魔法陣が完成すれば、ディアス様も祖国に帰れる可能性があります』
魔法陣言語を使ったラフォレに倣って、マルティナもラフォレたちが理解できるようにゆっくりと話した。それによって無事に意味が通じたようで、ラフォレも、他の歴史研究家の面々も頷いている。
皆で少し話し合ってから、真剣な表情でディアスを見上げた。
『ディアス様、よろしければ、リール語は我々がお教えします。マルティナは、おそらく教師に向いていないので……』
まだディアスに対しての恐怖心があるのか恐る恐るの提案だったが、ディアスはそれを聞いて嬉しそうな笑顔になる。
ディアスは元々、他人との交流が好きなタイプなのかもしれない。そう思うと過去のことがより辛く思い出されてしまい、マルティナは首を横に振った。
(もう昔のことはあまり考えないようにしよう。それで遠慮しすぎるのも、許してくれたディアス様に対して信じてないって言ってるようなものだよね)
マルティナは気合いを入れて思考を振り払い、話に加わわる。
『私は教えるのが下手でしょうか?』
『そうだな……マルティナは全て一度で覚えてしまうのだから、学ぶということを経験したことがないだろう?』
ラフォレの指摘には反論できなかった。確かにマルティナにとっての勉強とは、知りたい分野に関する本を読むことであり、そもそも本を読むことが一番の楽しみなのだから、勉強だと思ったこともなかった。
つまりラフォレの言う通り、勉強した経験はないも同然だ。
『――ラフォレ様たちにお任せします。ディアス様、それでいいですか?』
『ああ、問題ない。マルティナ以外の者とも接してみたいからな。どうせなら楽しまなくては』
どこか楽しげなディアスに安心すると共に、自分の不甲斐なさに少しだけ落ち込んだ。マルティナは自分のことを有能だとは思っていないが、それにしてもできないことが多すぎる。
(記憶力以外でも少しは役立てるように、教師の心得の本を読まないと……!)
どこまでもマルティナはマルティナである。
『お前はラフォレと言ったか?』
ディアスの問いに、ラフォレがハッとした様子で頭を下げた。
『ご挨拶が遅れて申し訳ございません。オディロン・ラフォレと申します。オディロン、ラフォレ、どちらでもお好きなようにお呼びください』
『分かった。ではマルティナと同じくラフォレと呼ぼう。我はガードゥディアコス。ディアスで構わない』
『かしこまりました。ディアス様、と』
二人の挨拶の後に他の歴史研究家たちも自己紹介をして、それが終わったところでさっそくディアスが前のめりで告げる。
『それで、リール語に関する教本などはあるのか? 我はさっそく勉強がしたいぞ。帰還の魔法陣研究が待ち遠しいのだ。我の世界では言語を学ぶと言えば、それに相応しい簡単な物語集からだったが、この世界ではどうなのだ?』
リール語の学習に期待しているディアスだったが、マルティナの意識は別のところに向いた。竜の世界の物語集。なんて心惹かれる言葉だろうか。
『あ、あの、ディアス様!』
我慢できずにマルティナは呼びかけた。瞳はキラキラと輝き、ディアスとの距離は先ほどまでよりもかなり近い。
『その物語集とはどのようなものなのでしょうか! もし内容を覚えているなら、ぜひ聞きたいです! あっ、本ってどういう形なのですか? 材質や大きさは。そもそも紙はあるのでしょうか。あっ、もしかして人型じゃない時でも読める大きな本があったりしますか!? も、もしかして巨大な図書館とか!?』
どんどんテンションが上がっていくマルティナに、さすがのディアスも困惑している様子だ。魔法陣言語なので内容は分からないだろうが、呆れた表情のロランがマルティナの肩を持って軽く引いた。
「おいマルティナ。言葉が分からなくても何の話をしてたのかは分かったぞ。ディアス様の世界の本についてだろ? ちょっと落ち着け。興奮しすぎだ」
的確すぎる言葉にマルティナは目をまんまるにする。
「ロランさん凄い……! 何で分かったのですか!?」
ロランはエスパーか、それとも密かに魔法陣言語を学んでいたのか。そんな勢いの驚きようだが、誰もがマルティナを微妙な表情で見つめていた。
「俺は凄くない。お前が分かりやすすぎるんだ。いいからちょっと落ち着け」
ビシッと人差し指で額を突かれ、マルティナは少しの痛みで我に返る。
「うっ……すみません。ちょっと興奮しすぎました」
ハルカの世界に続いてディアスがいた別の世界の本の話を聞けるとなって、あまりにも興奮しすぎた。マルティナは深呼吸をしてなんとか自分落ち着かせる。
「ふぅ……」
そんなマルティナに、ディアスが首を傾げて問いかけた。
『マルティナは本が好きなのか?』
『はい。大好き、です!』
落ち着こうと思っても声が大きくなってしまう。その様子を見てディアスは笑顔で言った。
『我が知っていることならば何でも教えよう。子孫であるマルティナのためだからな』
やはりマルティナには特別甘いディアスの言葉に、マルティナはまた瞳のキラキラ度を増した。
『いいのですか……!』
『もちろんだ』
『ありがとうございます!』
テンションの上がっているマルティナはディアスへの遠慮も忘れ、その大きな手を両手で握ると輝く笑顔でディアスを見上げる。
そんなマルティナに、ディアスも嬉しそうだった。




