200、護衛二人の活躍
マルティナが気づいた少し先の地面の盛り上がりは、別の場所から続いてマルティナたちの下へ向かっていて――。
「地中に魔物がいます!」
真っ先に気づいたマルティナがそう告げた直後、ロランとサシャが動いた。サシャが前に出て、ロランがマルティナの近くで最大限に警戒する。
「どこだ!?」
地中に潜る魔物はいくつか存在するが、普通は地面の動きや不自然さを誰でも感じられるものだ。しかし今回はロランとサシャに違和感が分からず、マルティナだけが気づいた。
つまり、相当深くまで掘ることができ、さらに地上の人間に気づかれない実力を持つ魔物ということだろう。
「そこの丸い葉が密集した植物の少し先ですっ。どんどんこちらにやってきます!」
マルティナが指差した直後、ロランはマルティナを片手で抱え上げると背後の木の影を操って、自らも含めて太い木の枝の上に逃げた。
地上にいては危険だと判断しての行動だろう。
「サシャ、マルティナのことは任せろ! お前は魔物を倒せ!」
「もちろんっす!」
剣を抜いたサシャがそう答えた直後、先ほどまでマルティナたちが立っていた場所の目の前に、目にも止まらぬ速さで何かが飛び出してきた。
土を撒き散らしながら飛び出してきたのは、マルティナがなんとか両手で抱えられそうな大きさの、かなり鋭く長い爪を持つモグラのような魔物で……。
「フォレストモールっすか!?」
サシャは鋭い爪で襲いかかってくる魔物を剣で受け止めながら、必死な表情でそう言った。フォレストモールとはかなり厄介だが、比較的どの国の騎士でも知っている魔物である。
しかし魔物をじっと見つめたマルティナは、首を横に振って叫んだ。
「違います! レッドモールですっ。火魔法を使えます!」
マルティナの叫びにサシャが構えた直後、サシャの剣によって弾き飛ばされたレッドモールは両手の爪を真っ赤に染めた。
驚くほどの跳躍力でサシャの眼前まで迫ったレッドモールは、その爪を振るう。
「熱っ!?」
サシャはその攻撃を避けたが、近づかれただけで相当な高温のようだ。
自分の後ろに流れたレッドモールを素早く振り返ったサシャは、地面に着地する前に無防備な隙を狙い、剣を素早く振る。
僅かにレッドモールの着地の方が早かったが、地中に逃げる前に、サシャの雷撃がレッドモールを直撃した。
それによって痺れたらしいレッドモールは一瞬固まり、その隙を逃すサシャではない。レッドモールはサシャの剣によって真っ二つにされた。
「サシャさん、やっぱり凄いですよね」
「ああ、あの身のこなしは本当に凄い。俺も見習わなきゃな」
マルティナとロランがそんな話をしていると、サシャがグルッと後ろを振り向いた。マルティナも素早くそちらに目を向けると……また土の盛り上がりに気づく。
「他にもレッドモールがいます!」
「はいっす!」
次の魔物に向けてサシャが構える中、ロランが腹に腕を回して抱えたままのマルティナに問いかけた。
「マルティナ、レッドモールはあと一匹だけか?」
その問いに周囲を全て確認したマルティナは、さらに二ヶ所の不自然な場所に気づく。
「あそことあそこにもいるかもしれません」
「分かった。移動したら言ってくれ。さすがにサシャ一人で複数を相手にするのはきつい」
「もちろんです」
サシャが追加のレッドモールと戦い始めた直後、他の二匹もサシャの下へ動き出した。
「サシャさんの下に向かってます!」
今度は急いでいるからか、マルティナ以外にも認識できる盛り上がりができている。それを確認したロランは、ニッと口端を持ち上げながら影を操った。
明るい時間帯とはいえ、森の中は影が多くて、ロランにとっては戦いやすい場所だ。
「レッドモールっ、厄介っすねっ!」
そう言いながら二匹目のレッドモールを真っ二つにした直後、左右からサシャを二匹のレッドモールが襲った。しかし地中から空中に飛び出した直後、一直線に操られた影がレッドモールに向かう。
一匹は影に囚われ、そのまま首元をぐさりと刺されて息絶えた。しかしもう一匹はなんとか体を捩って、ロランの攻撃を回避する。
ただ無理な体勢での回避はバランスを崩し……その隙を逃さず、サシャの剣がレッドモールを切り裂いた。四匹の討伐完了だ。そして他にレッドモールがいる気配はない。
「ふぅ……無事に倒せたな」
そう言ったロランは操った影を使い、身軽にマルティナと共に地面に降り立った。するとサシャもすぐマルティナの下に戻ってくる。
「マルティナさん、怪我はないっすか?」
「はい。お二人のおかげです。ありがとうございます」
「マルティナさんのおかげでもあるっす!」
「そうだな。俺たちじゃレッドモールは知らなかった」
「確かにかなり珍しい魔物ですもんね。ラクサリア王国では目撃例などなかった気がします」
ロランがマルティナの背中を軽く叩き、サシャはニカッと笑みを浮かべた。
「三人の勝利だな」
「そうっすね!」
「――はい!」
そうして三人の戦いが終わった頃、ハルカたちの戦いも終盤に差し掛かっていた。ハルカが側面からできる限りアイアンウルフに近づいて魔法を使い、アイアンウルフが体勢を崩したところで腹側の比較的弱いところを狙う。
何度もそれを繰り返していることでアイアンウルフは弱り始めていて――最後はハルカの光線が、アイアンウルフの胴体を貫いた。
ドサッという音と共に地面に倒れ、そのまま動かなくなる。
「マルティナ、大丈夫!? 怪我はない?」
戦闘が終わってすぐに、ハルカはまずマルティナの心配をした。マルティナたちも魔物に襲われているのに気づいていたのだろう。
「助けに入ろうか迷ったんだけど、ロランさんとサシャさんで大丈夫そうだったからアイアンウルフを優先しちゃって……」
「うん。私の方は大丈夫だったよ。それよりもアイアンウルフの討伐ありがとう」
マルティナのその言葉に、ハルカはやっと笑みを浮かべる。そうして話している二人の下に、ランバートもやってきた。
「そちらの戦闘に騎士を割り当てず、すまなかった」
申し訳なさそうに眉を下げているランバートに、マルティナは首を横に振った。
「いえ、今回はアイアンウルフに騎士さんたち全員を割り当てるのが正しかったと思います。私にはロランさんとサシャさんがいてくれますから、ランバート様は自由に采配してください」
少し真剣な表情で見上げたマルティナに、ランバートは口元を緩めるとその大きな手でマルティナの頭を雑に撫でた。
「ああ、そうさせてもらおう。しかしマルティナを危険に陥らせることはしないので、安心してくれ」
「ありがとうございます」
最近撫でられることが減っていたので、マルティナはなんだか複雑な気持ちになる。嬉しいような、少し恥ずかしいような、ちょっと胸が痛むような言葉に言い表せない気持ちだ。
ランバートはマルティナから手を離すと、騎士たちに告げた。
「では怪我人の確認だ! 武具が壊れていないかもちゃんと見ておくように。少しだけ休んだらまた探索再開するぞ」
「はっ!」
それからもマルティナたちは途中で休憩を挟みつつ、疲れたマルティナは少し休めそうなタイミングで背負子で背負ってもらい、ひたすら霊峰を進んでいった。
すでに山登りとなっていて、魔物や植物だけでなく道も険しくなっている。
そんな中で日が落ち始めたところで、マルティナたちはちょうど野営できそうな場所を見つけ、その日の探索は終了することにした。




