191、祖父母と村長
一組の男女はルイシュ王子を視界に映すと、悲しそうに眉を下げてから、泣き笑いのような表情でルイシュ王子に近づいた。
「会えて、嬉しいよ」
「あの子にそっくりだわ……」
この男女がルイシュ王子の祖父母らしい。マルティナはとても若く見えるその二人に、かなり驚いていた。
(エルフはあんまり老けないのかな……少なくとも人間とは年齢を重ねた時の変化が全然違う。ルイシュ王子の祖父母ってことは若くても六十代だよね。それでこんなに若いなんて、ナディアが聞いたら凄く羨ましがりそう)
そこで自分は羨ましがらないのがマルティナである。マルティナは人間とエルフでなぜ違いが出るのか、そんな研究をまとめた書物があったら良いのに。などと妄想していた。
「祖父上、祖母上、お会いできて嬉しいです。母は病気でこの世を去ってしまったのですが……」
そう言って表情を暗くしたルイシュ王子に、祖父母は首を横に振る。
「いいのよ。もう会えないのは寂しいけれど、あの子は幸せな人生を送ったと思うわ」
「ああ、たまにくる連絡にはお前の成長を喜ぶ様子や、楽しかった思い出などが書かれていた。もちろん辛いこともあっただろうが、その中でも幸せだったのだろう」
「そう、だったのですね」
母親が幸せな人生を送っていたと聞いて、ルイシュ王子の頬が緩む。
そうして家族の出会いによって穏やかな空気が流れているところへ、また別の人物が現れた。ツリーハウスにいくつかあった扉の一つが開き、そこから入ってきたのは他のエルフよりも背が高くガタイも良い男だ。
「村長、こちらがラクシェールの子ルイシュと、その同行者たちです」
男性は村長だったらしい。どこか神秘的な雰囲気を纏った男である。
「ほう、確かにラクシェールによく似ている。よく来たな」
そう言った村長は緩やかに微笑むと、空いている椅子に腰掛けた。村長の指示に従って椅子が増やされ、村長とルイシュ王子の祖父母、それからルイシュ王子とマルティナが腰掛ける。
ロランたち護衛と、マルティナたちをここに連れてきたエルフの男たちは立ったままだ。
「もう一度顔をよく見せてくれ」
そう言った村長である男は、ルイシュ王子の顔をじっと見つめてから目元を緩めた。
「君は母親似だな」
「村長様は、母をよくご存知で……?」
ルイシュ王子の問いかけに、村長は少しだけ目を見開いてから告げる。
「言っていなかったか。私とラクシェールは従兄弟だった。つまり少し遠いが私とルイシュも親戚ということだな」
エルフの村の村長が親戚。その事実にルイシュ王子は驚いたようだ。目の前の村長をじっと見つめてから、自分の手のひらに視線を落とす。
「不思議だな……家族が突然増えたようだ」
独り言のように呟いたルイシュ王子の言葉を聞いて、村長と祖父母の両者が柔らかい表情を浮かべた。
そうしてルイシュ王子が親族としてエルフの村に完全に受け入れられたところで、村長が居住まいを正した。
「それで、色々と聞いても良いだろうか。ここには目的があって来たと聞いたが、まずはどうやってここに辿り着いたのか教えてもらいたい。ラクシェールが伝えていたのか?」
「いや、そうではないのです。私は……」
ルイシュ王子が話し始めたところで、村長が片手を上げて止める。
「敬語でなくても構わない。君は王子という立場だろう?」
その提案に少し迷うようなそぶりを見せたルイシュ王子だが、すぐに頷いて口を開く。
「分かった。ではそうさせてもらおう。私は母が亡くなるまで自分がエルフの血を引いていることも知らなかったのだ。なぜ知ることができたのかは、母が住んでいた離宮に隠し部屋があり――」
そこからルイシュ王子は隠し部屋の暗号解読を試みたこと。母親は破棄を望んでいたこと。そのため信頼できるごく少数のみで解読をしたこと。解読にはマルティナが多大な貢献をしてくれたことなどを、詳しく説明した。
その過程でマルティナの立場と能力も話すことになり、完全記憶能力に関する話では、エルフ側にどよめきが起きた。
「マルティナはとても素晴らしい頭脳を持っているのだな」
村長のその言葉に、さっきマルティナの運動能力を心配していたエルフたちが、気まずそうに頬を掻く。
「お前、凄かったんだな」
「さっきは変な心配してごめんな」
「そんなに凄かったら、他のやつらが狩りするよな」
「護衛もいるぐらいだしな」
そう言って次々とマルティナの肩を叩くエルフたちに、困ったように笑ったマルティナは首を横に振った。
「いえ、心配してくださってありがとうございました。確かに他の人よりも記憶力は優れているのですが、弱いのは事実ですから」
マルティナがそんな話をしている間に、村長が懐から一冊の本を取り出す。そしてマルティナの前にスッと差し出した。
「エルフ語が分かる者がいると聞いて確認のための本を持って来ていたんだが、これを読んでみてくれるか?」
本を読んでほしい。マルティナにとっては何よりも嬉しいその頼みに、飛びつかないわけがなかった。




