189、村の様子とまさかの事態
ルイシュ王子は一歩前に出て頭を下げてから、真剣な表情で告げた。
「突然訪問してしまって申し訳ない。私はルイシュと言う。母の名前はラクシェールだ。訳あって母が亡くなった後にエルフという事実を知り、今回こちらに来ている。そのため母がエルフということに確証はないのだが……」
ルイシュ王子のその言葉は、エルフの男の呟きによって遮られる。
「ラクシェールって、まさかあの人の子供なのか……?」
その呟きと反応は、明らかにルイシュ王子の母親を知っていることを示していた。ほぼ確実だとは思っていたが、マルティナはここで改めてルイシュ王子の母親がエルフであったと確信できる。
「最近連絡がないと思っていたが、亡くなっていたのか……お前は訃報を知らせに来てくれたのか?」
「いや、そうではなく、現在の人類が置かれている危機と霊峰探索について話を聞きたいと思いやってきた。また自分がエルフの血を半分引いていると知り、エルフの村に興味があったというのもある」
正直に告げたルイシュ王子に、エルフの男はしばらく黙ってから弓を構えていた手を下ろした。
「分かった。とりあえず村に迎え入れよう。詳しい話は村長やラクシェールの両親、つまりお前の祖父母にしてやれ。ただ変な真似をしたら、すぐに矢を放つからな」
「なんと、母の両親は生きておられるのか」
「ああ、まだ元気だ。ラクシェールからの連絡で孫がいることは分かってたから、会えたら喜ぶだろうよ。娘の死は辛いだろうが、それはもう予想してただろうしな……」
眉を下げた男の言葉に、ルイシュ王子も悲しげな表情を浮かべる。
ルイシュ王子の母親である側妃は不自由な立場だったことが予想されるが、その中でもエルフの村と連絡を取っていたらしい。つまり、エルフたちと仲違いなどをして村を飛び出したわけではないということだ。
マルティナはルイシュ王子の母親も一緒にこの場に入れたら良かったと思いつつ、静かにルイシュ王子の後に続いた。
エルフの男が仲間を呼び、マルティナたちは十人ほどのエルフに周囲を固められながら村の中に足を踏み入れる。エルフの村の中はとにかく背が高くてまっすぐな木がたくさんあり、そんな木の中腹にはツリーハウスのような建物がたくさん作られていた。
ツリーハウス同士は梯子のようなもので繋がっていたり、ただ縄が一本通してあるだけだったりとさまざまだ。地面にはほとんど何もなく、たまに石が積まれていたりする場所があるのみだ。
(基本的には木の上で生活してるんだね。炊事だけは下に降りてするのかな。エルフの生活、凄く興味あるかも……まとめられた本とかどこかにないかなっ。とっても読みたい!)
本のことを考えたら頬が緩んでしまったマルティナは、横にいたロランに肘で突かれる。
「また本のこと考えてただろ」
小声でそう告げられ、マルティナは緩んだ頬を両手で摘みながら頑張って気を引き締めた。
「うぅ、すみません……」
そんな会話をしながら村の中を進んでいくと、ある一本の大きな木の下でエルフたちが足を止める。その木には一本のロープと木の幹にところどころ足場のようなものが作られていて――。
(ま、まさか、このロープを登るなんて、言わないよね……?)
マルティナが不安に思った直後、最初に話した男が木の上にある一際大きなツリーハウスを指差した。
「あちらに村長がいらっしゃる。一人ずつ上に登ってもらうぞ」
その言葉に護衛たちは顔を顰めたが、それよりも顔色が悪いのはマルティナである。
「あ、あの」
意を決して口を開くと、エルフの男が訝しげに視線を向けた。
「なんだ? 登りたくないなどというわがままは聞けないぞ。貴様らは同族の一人と関係が深い者たちかもしれないが、まだ今の段階では正式な客人でもない。突然訪れてきた余所者であることを忘れるな」
「そ、それはもう十分に理解しているのですが……その、登りたくないのではなく、登れないと思うのです……」
マルティナは本当に申し訳なくて、シュンッと体を小さくしながらそう告げる。なぜならこの場にいるメンバーを考えるに、登れなさそうなのはマルティナだけなのだ。
「……登れないとは、どういうことだ?」
エルフにとって木に登るのは歩くのと同じぐらい当たり前のことなのか、誰もが理解できないというように首を傾げている。人間について深く知らないというのもあるのだろう。
「その、人間は基本的に木に登るのは得意ではないと言いますか。あっ、でも他の人たちは登れると思うんですけど……」
そう言って周囲を見回したマルティナの言葉に、ロランもサシャもルイシュ王子もその護衛も、躊躇うことなく頷いた。その事実がマルティナの主張について、エルフの認識をややこしくしている。
「貴様だけ登れないということか? しかしもう赤ん坊ではないだろう?」
エルフで木に登れないのは赤子だけらしい。
「もう大人です!」
「とりあえず、登ってみてくれないか? よく分からない」
そう頼まれたマルティナは、自分の体力筋力のなさが悪いのだからと諦めて、実際に登ってみることにした。