188、エルフの村へ
暗号の内容を解読できてから一週間後。マルティナはロランとサシャ、さらにルイシュ王子と信頼できる護衛たち数人と共に、霊峰のごく浅い場所にいた。
マルティナが霊峰に関する書物を読む中で、どうしても実際に霊峰の様子を見たい。それによってより理解が深まり、霊峰探索のために役立つかもしれない。などと要望を出し、それが受け入れられた形だ。
案内役はルイシュ王子となり、無事にエルフの村への行き方を試すメンバーで霊峰に来ることができていた。
「私たちのことを見失う形になる他の騎士さんたちには、本当に申し訳ないですね……」
マルティナが後ろを気にしつつ、眉を下げながらそう告げた。
もちろんマルティナたちには、専属護衛以外にたくさんの騎士が護衛として同行しているのだ。しかし上手く魔物との戦闘となったところで、他の騎士たちの目を盗んで身を隠していた。
マルティナとルイシュ王子に専属護衛がいるからこそ他の騎士たちが戦闘に集中し、上手く撒くことができた形だ。
「できる限り早く帰れるといいっすね」
「はい。早めに帰れるように頑張りましょう」
すでに全てを聞いているサシャが、少しだけ不安げに森の奥を見つめた。これから行く場所は全くの未知だからか、サシャの表情はいつもより固い。
そんな中でルイシュ王子が近くに生えていたネフィアの花を指差した。
「早く試してみよう」
「そうですね。ではまずネフィアの花を一つ口にして……」
隠し部屋の壁に書かれていたエルフの村への行き方は、まずネフィアの花を一つだけ口にすること。しっかりと咀嚼してから飲み込んだら、次にネフィアの花から作ったインクを両腕に塗る。その塗り方も模様が指定されていた。
「これで合っているか?」
「はい。問題ありません」
さらにその上で、ひたすらまっすぐと霊峰の奥に向かって歩く。ぴったり百歩歩いたところで『同胞の下へ』とエルフ語で唱えると――。
「うわっ、マジか」
辺りが霧に包まれると書かれていた。
現在のマルティナたちの周りには、突然深い霧が立ち込めている。咄嗟に闇魔法を使ったらしいロランが、顔を強張らせながら告げた。
「探査が上手く使えないな」
「まさか本当に、エルフの村に行けるのでしょうか」
「確か次は、霧の中をまっすぐ歩くのだったな」
ルイシュ王子が率先して先を歩き、慌ててその護衛たちが横を固める。マルティナもロランとサシャに挟まれながら、霧の中をひたすらまっすぐ歩いた。
それから数分後――。
「エルフの村だ」
目の前には、見上げるような高さの木製の門が現れていた。門にはエルフの村と、エルフの言葉で刻まれている。
「本当に、実在したのか」
「信じられないっす……」
マルティナたちは目の前の光景が信じられず、誰もが呆然と上を見上げていた。そんな中に、ヒュンッと風切り音が聞こえた。
ルイシュ王子の護衛が咄嗟に剣を抜き、飛んできた矢を叩き落とす。
マルティナが視線を巡らせると、門の近くにあったとても高い木の上に、弓を構える男が見えた。金髪に多分瞳は青だ。そして何よりも……耳が尖っているのが分かった。
『貴様ら人間だな! なぜここに辿り着けた!』
こちらをかなり警戒している様子のエルフの男は、エルフの言葉でそう叫んだ。マルティナはエルフ語に似た言語をあらかた習得していたので、なんとなく理解できる。
『人間ですが、敵対するつもりはありません。話があってきました。それからこの方のお母様はエルフです』
マルティナは緊張しながらも努めて落ち着いた声を出しながら、学んだ言葉を使って端的に伝えた。するとエルフの男は大きく目を見開く。
『なっ……言葉が、分かるのか?』
エルフの言葉が分かるというだけで、かなり警戒度が下がったのが分かった。マルティナが同行したのは大正解だったと言えるだろう。
『はい。完璧ではありませんが、なんとか分かります。皆様はリール語を分かりませんか?』
マルティナしか分からない言葉で意思疎通をとるのは大変なのでダメ元でそう聞くと、まだ警戒しながらも激しい敵意は感じなくなったエルフの男が、ゆっくりと頷いた。
身軽に木から降りると、まだ弓は構えたままだが、近づいてきてくれる。
「……リール語なら、なんとか分かる。幼少期から教えられるからな。しかし、あまり使わないので、そこまで上手くない」
「凄いですね……十分に意味は分かりますので大丈夫だと思います。こちらは私しかエルフの言葉を分からないので、リール語で話をしても構いませんか?」
「……許可しよう。それで、先ほどの言葉の意味を教えろ。そっちの男の母親がエルフだと言ったか? 確かに、エルフの特徴を持っているようだが」
エルフの男がルイシュ王子に視線を向けたところで、ルイシュ王子が一歩前に出て頭を下げた。