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187、危険を冒してでも

「待たせてすまない。それで、私の母がエルフだと仮定して……あの文章は何を示していたのだ?」


 ルイシュ王子の問いかけに、マルティナは真剣な表情で頷いてから答えた。


「一番多かったのはエルフの習慣や伝統料理の作り方などでした。木製の壁にネフィアのインクで文字を書いていたのも、エルフ特有の手法だと書かれていました。ただそれだけなら良かったのですが――」


 そこで一度言葉を切ったマルティナは、意を決してその先を告げる。


「エルフの村への行き方と、さらにエルフの特殊な魔法についても書かれていました。その魔法とは幻惑のような人を惑わす魔法らしく、もしかしたら霊峰探索軍が奥に進めないのは、エルフの魔法が関係しているのではないかと……」


 マルティナが告げた衝撃の事実に、ルイシュ王子は大きく目を見開き、後ろからはロランの呟きが聞こえた。


「マジか」

「――つまり、内容を知ることができたからと、あの隠し部屋を埋めてしまうわけにはいかないということか」


 さすが一国の王子という頭の回転の速さで、ルイシュ王子はすぐにそう呟く。しかし眉間には深い皺が刻まれていた。


「はい。もしかしたら関係ないかもしれませんが、可能性がある以上、無視することもできないと思いました。ただそうなると隠し部屋の暗号についてやエルフの存在などを、公開しなければいけないので……」


 そこで言葉を切ったマルティナは、判断をルイシュ王子に委ねた。ルイシュ王子も自らが決めるべきことだと分かっているのか、険しい表情で考え込む。


 またしばらく無言の時間が過ぎ、マルティナはその緊張感に居心地の悪さを感じる。


(もしルイシュ王子が判明した事実を公開しないことを選んだら、私はどうすればいいんだろう)


 緊張感に耐えられず後ろを振り向くと、ロランも険しい表情でルイシュ王子を見つめていた。しかしマルティナに気づくと少しだけ頬を緩め、頼もしい表情で頷いてくれる。


(ロランさんがいてくれて良かった)


 マルティナは心からそう思った。


 それからしばらくして、ルイシュ王子が口を開く。


「――分かった。確かにエルフという存在が霊峰探索軍の活動に影響を与えている可能性もあるだろう。これを無視することはさすがにできない。しかし安易に今の情報を公開すれば、無用な争いを生む可能性がある。さらに母の意志を尊重したいという気持ちもある」


 そこで言葉を切ったルイシュ王子は、何かを決意した表情で告げた。


「私がエルフの村へ行ってみよう。その行き方とやらを試してみる。そして本当に辿り着けたならば、霊峰探索軍のことを相談できるはずだ。そしてそこで解決すれば、エルフのことを公開する必要はなくなる」


 自らがエルフの村に行くという無謀な話に、マルティナはつい前のめりで口を開いた。


「それは危なすぎるんじゃ……!」

「いや、私が行くのが一番安全だろう。何せ母はエルフだったのだ。話を聞いてもらえる可能性は高い」

 

 確かにそうなのだが、ルイシュ王子の母親が人間社会にいた以上、エルフの村と決別した可能性もあるのだ。エルフに関する情報をあそこまで書き残していたのだから、そう酷い理由で人間社会に出たわけではないかもしれないが、それは誰にも分からない。


 マルティナはさらに口を開こうとしたが、ルイシュ王子の腹を括ったような表情に、もう何も言えなかった。


 そしてマルティナも、一つ決意する。


「では、私も一緒に行きます」


 突然の宣言にまず反対したのはロランだった。


「っ、なぜそうなるんだ。そんな危ないことさせられるわけないだろ!」

「私も同意見だ。マルティナ嬢まで危険を冒す必要はない」


 ルイシュ王子もそう告げたが、マルティナの意志は揺らがない。


「しかし、ルイシュ王子はエルフの言葉が分からないですよね。エルフの中に人間の言葉が分かる人がいるとは限りません。これからエルフの言葉を学んでもらうのも時間がかかり過ぎますし、私が行くのが一番効率的です。私なら意思疎通はできると思います」


 そんなマルティナの告げた理由に、ルイシュ王子もロランも反対できなかったらしい。グッと言葉に詰まった様子で、まずはロランがソファーを回り込んでマルティナの横に来る。


「確かにそれは、真実だ。でもエルフがどういう種族か分からないんだぞ? よそ者が行ったらすぐ殺されるかもしれない」

「それは分かってますが……もしかしたらこの局面が、世界が救われるかどうかの分岐点かもしれません」


 浄化石を取り返すことができなければ、瘴気溜まりの問題が解決したとは言えないのだ。


「ここは危険を犯すべきところではないでしょうか。幸いにもエルフの特徴をそのまま受け継いでるルイシュ王子がいますし、エルフの言葉が分かる私もいます。少なくともすぐに殺されることはないんじゃないかと…………あとロランさん、よろしくお願いします」


 私のことを守ってほしいです。そんな意味を込めてマルティナが最後の言葉を申し訳なく思いながら告げると、ロランはぱちぱちと目を瞬かせてから表情を緩めた。


「お前なぁ……」


 そう言いながらも、ロランは嬉しそうだ。


「もちろん俺が力を尽くして守ってやるが、俺も万能じゃないんだからな?」

「はい。でもロランさんは凄く強いと思います」


 二人のそんな会話を聞きながらルイシュ王子も考えをまとめたようで、マルティナとロランに向かって頭を下げた。


「私のわがままで危険に巻き込んでしまって本当に申し訳ないが、共にエルフの村へ行ってくれないだろうか。よろしく頼む」


 その言葉に、マルティナはロランに視線を向ける。


「いいですか……?」

「……はぁぁぁ、仕方ないな。エルフの村に行ってみるか。ただ一つ条件がある。サシャも連れて行くぞ。あいつにも全てを話す」


 ロランの条件にマルティナは頷き、ルイシュ王子に視線を戻した。


「ルイシュ王子、サシャさんは絶対に信頼できる人です。全てを話して同行してもらっていいですか?」


 マルティナの問いかけに、ルイシュ王子はほぼ迷わなかった。


「構わない。マルティナ嬢のことは信頼しているからな、私の方も信頼できる護衛を数人連れて行く」

「ありがとうございます」

「感謝するのはこちらの方だ。では今後の動きについても決めてしまいたいのだが……」


 それからも三人はしばらく話し合いを続けた。万が一マルティナたちが帰らなかった時のために事情を打ち明けた信頼できる人を一人残しておくという話や、エルフの村への行き方を試すためにはまず霊峰に行かなければいけないため、その理由付けなども細かく話し合う。


 これで問題なく作戦を実行できるだろうというところまで話し合いが煮詰まったところで、夜に行われた秘密の会合は終わりとなった。

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