185、暗号解読に光明が見える
ルイシュ王子によって、亡き母親の離宮にあった隠し部屋の暗号解読を頼まれたマルティナは、仕事中は霊峰にまつわる書物を読み耽り、仕事外ではルイシュ王子が見つけてきた暗号解読に役立ちそうな書物を読むという忙しい日々を過ごしていた。
マルティナ以外のものにとってはかなり辛い日々だが、マルティナにとっては新しい本を読んでいるだけで仕事をしていることになる、とても素晴らしい日々だ。
(サディール王国に来てからずっと幸せだよねっ。今日もまた新しい本を読み放題! もう幸せすぎて怖いぐらいだよ)
朝から上機嫌でスキップしそうなマルティナを見て、ロランとサシャは苦笑を浮かべている。いや、ロランは少し呆れた様子だ。
「マルティナ、誰かとすれ違うかもしれないんだから、その緩みっぱなしの頬をもう少し引き締めとけよ」
ロランの指摘に、マルティナは両手で自分の頬を押さえる。
「無意識に緩んじゃって……気をつけます」
自分の頬をむにむにと摘んで、マルティナ的にはキリッとした表情を浮かべたが、側から見たら口元がむずむずしてるのが丸分かりだ。
そんなマルティナにロランは諦めたようにため息を吐き、マルティナはそんな表情を頑張って維持しながらサディール王国の王宮図書館に向かう。
入り口の扉が見えてきたところで、マルティナのほぼ意味のない努力は完全に吹き飛んだ。マルティナの瞳はキラキラと輝き、口角はグッと上がっている。
「今日もたくさん読んでいきますね!」
ロランとサシャにそう告げながら、マルティナは王宮図書館に足を踏み入れた。大きく深呼吸をして本の香りで肺を満たし、幸せな心地で指定された席に向かう。
すでに霊峰に関する書物はあらかた読み終えていて、あとはマルティナがタイトルなどから重要度が低そうだと判断した書物たちだ。
現状までの霊峰にまつわる本からは、霊峰探索軍の後押しとなるような決定的な情報は見つかっていない。霊峰探索軍がかなり苦戦しているという情報が耳に入っているため、マルティナはあらためて本棚の前で気合いを入れた。
(今日はどの本を読もうかな。さすがに似たような情報が多くなってたから、系統が違うような本でも……)
そう考えていたマルティナの目に、『霊峰植物図鑑』という小さな冊子が映った。王宮図書館に所蔵されているためしっかりと劣化防止はされているが、どう見ても個人が趣味で書いたような本に見える。
(これを読んでみようかな)
今までと趣向を変えようということなので、マルティナはその冊子を手に取った。そして著者である植物マニアな男性のうんちくなどを楽しく読んでいると――最近知った花によく似た特徴の植物が出てきた。
名前は分からないとなっているが、青くて小さな花がたくさん咲く植物であり、素朴な可愛らしさがある。さらに花は染め物に使えそうだなどと書かれていて、ルイシュ王子が言っていたネフィアにそっくりなのだ。
(これは多分、ネフィアのことだよね。植物マニアの著者が名前を知らないってことは、霊峰にはたくさん生えてるけどそれ以外ではあまり見かけないのかな)
ただ、もしそうなのであれば、なぜルイシュ王子の母親である亡き側妃はそんな花を知っていて、さらに育てたのか。そして隠し部屋の壁に書いた文字のインクとしたのか。
色々と疑問が浮かんできて、マルティナは僅かに眉間に皺を寄せた。
しかし考えても結論が出ることではないので、マルティナはネフィアについて書かれているページを全て読み終えたら、また次のページに目を向ける。
そうして楽しい植物図鑑を読み終わり、また次の本だ。お昼の時間になったら空腹が限界のサシャとロランに肩を揺さぶられて現実に戻り、腹ごしらえをする。
昼食中に考えているのは、霊峰に関することと暗号解読に関すること、さらに帰還の魔法陣についてだ。サディール王国に来てからたくさんの新しい知識を取り入れたため、それを帰還の魔法陣に活用できないかと考えている。
しかし今のところ大きな閃きはないまま、また午後の仕事をして、仕事が終了したら夕食だ。そして夕食後は客室で暗号解読に関する書物を読み進める。
そんな日々の中で、一番に成果が出たのは暗号解読だった。
「これだよね……!」
ルイシュ王子が集めてきた書物を読み進めていたマルティナは、親が子供に教えるために作ったようなある言語の教材を丸々書写し、その言語について解説している言語研究者の本を見つけたのだ。
そしてその言語というのが、マルティナが以前書物で見たことがあった言語と全く同じだった。そしてその言語は、隠し部屋の壁に書かれた文字とかなり似ているものだ。
「この言語を理解すれば、あの壁の文章も読めるかも」
暗号解読に光明が見えて、マルティナは必死で書物を読み進めた。この言語はある限定的な地域だけで使われていた、歴史あるものだそうだ。他の言語体系とはあまり似ていない独自のもので、発音もかなり独特らしい。
しかし丁寧に説明してくれているおかげで、マルティナは問題なく理解することができた。
最後に言語学者の言葉で『この言語がどこで生まれたのかは研究によって判明せず、未だ謎のままだ。いずれ誰かが突き止めてほしい』と書かれており、本の内容は終わりとなる。
「ふぅ」
マルティナは最後まで読んだところで大きく息を吐き出して、さっそく隠し部屋の壁に書かれていた文章を脳内に思い浮かべた。