181、離宮へ
離宮に向かうことは誰にも知られたくないため、周囲を確認しながらこっそりと向かうことになった。
まずはマルティナの客室のベランダから地面に降り立つために、ルイシュ王子が使ったらしい縄を降りることになったのだが――。
「私には無理です」
マルティナは試してみる前にそう断言した。自分の筋力や体力はよく理解しているのだ。絶対にベランダから飛び降りたのと同じことになり、大怪我をするとすぐに分かった。
そんなマルティナにルイシュ王子が声をかけようとしたが、その前にロランが魔法を使う。
「俺が下まで運んでやる」
闇魔法を使って影を操ると、それでマルティナの体をぐるぐると巻いて宙に持ち上げた。
ふわっと体が浮く感覚にマルティナは少しの恐怖を覚えたが、それがロランの魔法によるものだと思うと、すぐに落ち着くことができる。
安心感を覚えたら、今度はふわふわ浮くのが少し楽しくなった。
(闇魔法ってやっぱり凄いよね。ロランさんの練度が凄いんだろうけど)
ゆっくりと降ろされながら不思議な感覚を楽しみ、マルティナは無事に地面へと着地した。
するとそのすぐ後にロランが降りてきて、続けてルイシュ王子も縄を伝って身軽に降りてくる。ルイシュ王子が指差した方向に静かに進むと護衛の男がいて、合流してからもしばらく進んだところで、やっとルイシュ王子が口を開いた。
「ここまで来れば誰もいないはずだ」
「とりあえず、誰にも気づかれてなさそうですね」
「ああ、協力感謝する。……それにしても闇魔法というのは凄いのだな」
「便利ですよ。ただ扱うのは結構難しいですが」
ルイシュ王子とロランが普通の魔法談義のように闇魔法について話すのを、マルティナはとても嬉しく思った。ニコニコとしながら二人の会話を聞いていると、ルイシュ王子が少し先を指差す。
「そろそろ離宮が見えてくる」
「意外と近いのですね」
「陛下が王宮の近くに作らせたと聞いた。母上のために作った離宮らしいので、比較的新しいものだ」
それからも少し歩くと、ついに離宮が見えてきた。今は誰にも使われていないため、人気は全くない。ルイシュ王子の護衛が小さな光源となる魔道具を点けて、その小さな灯りを頼りにマルティナたちは離宮に足を踏み入れた。
中はそこまで埃っぽい感じはしなかった。定期的に掃除はしているのだろう。とても豪華な作りだが、暗さと人気のなさによって、なんだかマルティナは悲しさを感じた。
「この離宮は、いずれ取り壊されてしまうのですか?」
ルイシュ王子の母親は隠し部屋の破棄を求めていたと聞いていたので、マルティナはそう問いかける。するとルイシュ王子は首を横に振った。
「いや、このまま残すそうだ。隠し部屋は地下なので、埋めて入り口も塞いでしまえば、完全に隠し部屋だけなかったことにできる」
「そうなのですね。……そういえば、ルイシュ王子はここに住んでいたのですか?」
「小さな頃は住んでいたな。しかし私は第二王子なので様々な教育を受けなければならず、まだ子供と言える頃には王宮に移った。とはいえ、母上が生きている時は頻繁に訪れていたが」
つまり、これからルイシュ王子がここに住む可能性は低いということだろう。マルティナはいずれ誰かがまたここに住んで、この離宮が明るく賑やかになれば良い。そんなことを思った。
それからも離宮の奥へと進んでいると、ルイシュ王子はある一室の前に立ち止まる。
「ここに入る」
少し立て付けが悪くなっているのか、ギィィィと小さな音を響かせながら扉が開くと、そこは広い部屋だった。家具は何も残っていないが、備え付けの棚やシャンデリアなどがとても豪華で、主要な一室だったことがすぐに分かる。
「ここは母上が使っていた部屋だ。リビングのような場所だな。そして、まずはこの棚を――」
ルイシュ王子が棚の開き戸を開けて、棚の天井部分に手を伸ばした。しばらく手を左右に動かしていると、ガタッと何かが動く音が聞こえる。
その音がするとルイシュ王子は棚から離れ、次は窓際の壁に向かった。壁の装飾の一部に触れて、それを斜めに引き上げるようにすると。
ガタッと一つの装飾が引き出された。
さらにどこからか護衛の男が持ってきた台に乗り、シャンデリアにも手を伸ばす。豪華なシャンデリアの一部を下に引くと。
「わっ」
部屋の隅の床に、突起のようなものが現れた。ルイシュ王子はそこに向かい、その突起を掴んで上に引く。すると床の一部が持ち上がり――。
地下への階段が現れた。
「凄い、ですね」
「ああ、これは知ってなきゃ、隠し部屋には気付けないな」
「離宮を作る時に、この機構を組み込まないと無理ですよね?」
「そうだと思うが、地下室さえ掘っておけば、あとは後付けでもいけるのか……?」
マルティナとロランが部屋の入り口でひたすら驚きながら話をしていると、ルイシュ王子がこちらに視線を向ける。
「この隠し部屋は離宮の図面には載っていないが、母上が数人の工事担当者に頼んでこっそり作ってもらったらしい。私もなぜそんなことが可能だったのかは分からないが、この部屋の存在はほとんどの者が知らない。もちろん私も、母上に教えられるまでは知らなかった場所だ」
そんな説明をしたルイシュ王子は、階段の下を指差して告げた。
「階段を降りてすぐに隠し部屋があるが、私が先に入るので構わないか?」
その問いかけに答えたのはロランだ。
「問題ありません」
「分かった。では付いて来てくれ」
そうしてルイシュ王子の護衛、ルイシュ王子、ロラン、マルティナという順番で地下の隠し部屋に足を踏み入れた。
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蒼井美紗