179、ルイシュ王子とロラン
(ルイシュ王子は暗号を見せる対象を絞りたいんだよね。それなら……)
どうすればお互いに納得できるのかと真剣に考えて、マルティナは口を開いた。
「あの、ロランさんにルイシュ王子の頼みに応えたいから少しだけ部屋を出ると、それだけ伝えても構いませんか?」
「それは……受け入れてもらえるのか?」
「えっと、どう、なんでしょうか」
マルティナはロランの反応を想像しきれずに首を傾げた。ロランなら最終的には認めてくれそうな気がするが、マルティナの身の安全のことに関しては厳しいとも考えられる。
「私が頑張って説得します。もし無理そうなら、ロランさんには目隠しをして一緒に来てもらうとか……あっ、そもそもロランさんは誰かに言いふらすような人じゃないです。でもルイシュ王子はそれを信じきれないですよね。そうなると……」
どうするのが最適解なのか。マルティナがひたすら悩んでいると、ルイシュ王子がどこか気が抜けたように頬を緩めた。
「なぜそこまで必死になってくれるんだ? 突然夜に訪ねてきて、急に頼まれたことだろう? 礼を逸した行為だということは私が一番よく分かっている」
「なんで……と言われると難しいですが、ルイシュ王子の表情が真剣で切実そうだから、ですかね」
その暗号をどうしても読みたい。母親が残したものの内容を知りたい。そんな真摯な思いがマルティナには伝わっていたのだ。
もちろん礼として提示された本を読みたいという気持ちも大いにあるが、それよりもルイシュ王子の頼みに応えたいという純粋な気持ちも強かった。
(もちろん本は読みたいけどね。とっても読みたいけど!)
新たな本に飢えている時ならば本に飛びついていただろうが、今のマルティナは毎日新しい本を読むことができて、少し満たされているのだ。それが功を奏した。
「そうか」
マルティナの答えを聞いて、ルイシュ王子は今度こそ完全に笑みを浮かべる。
「マルティナ嬢、ありがとう」
そう言ってからヒョイッと窓枠を乗り越えて部屋に入ると、覚悟を決めたように言った。
「マルティナ嬢がそこまで私のことを信じて親身になってくれるのに、私が信じないというのも公平ではない。護衛であるロランの許可をもらうことにしよう。もしくはロラン一人ならば共に来てくれても構わない。私も君たちを信じることにする」
ルイシュ王子のその言葉に、マルティナはとても嬉しくなって頬を緩めた。
「ありがとうございます」
二人で扉に向かおうと共に足を踏み出すと、ロランが何かを察知したのか、ノックの音と共にロランの声が聞こえてくる。
「マルティナ、大丈夫か? 何かあったのか?」
その言葉にマルティナとルイシュ王子は顔を見合わせてから、マルティナが足早に扉へと向かった。
「ちょっと色々ありまして、今開けますね」
そう声をかけてから、マルティナはまず扉を細く開ける。そこから廊下に顔を出すと、ロランが安心したように肩の力を抜いたのが分かった。
「良かった。何か問題が発生したのか?」
自分の無事を喜んでくれるロランになんだかむず痒いような気持ちになりつつ、マルティナは小声で告げる。
「ロランさん、絶対に大声を出さないでください。今から起こることに驚かないでください。私は受け入れています。危なくないです」
ロランにとっては意味が分からないだろう言葉に、ロランは首を傾げながらも頷いた。
「……分かった」
「では、扉をもう少し開けるのですぐ部屋に入ってください。中にもう一人いますが、敵対しないでくださいね」
その言葉にロランは訝しげな表情になり、一気に警戒度を上げたようだ。しかしマルティナはこれ以上の前置きは意味がないだろうと判断し、まずはルイシュ王子と対面してもらうことを決めた。
人が一人通れるほどに扉を開けて、扉の隙間を塞いでいたマルティナが避けると――ロランの目が大きく見開かれる。ルイシュ王子が視界に入ったのだろう。
「なっ……っ」
ロランが口を大きく開いたため、マルティナは咄嗟にロランの口を自分の手で塞いだ。そしてロランの手を引くと自分の部屋の中に引き込み、そっと扉を閉める。
振り返るとロランとルイシュ王子が、距離を保ったまま睨み合っていた。いや、ロランは睨んでいるが、ルイシュ王子はどこか楽しそうにロランを見つめている。
「おい、マルティナ。なぜお前の部屋の中にルイシュ王子がいるんだ?」
ロランの硬い声に、マルティナは状況を理解してもらおうと慌てて説明した。