176、幸せな時間とナディア
「本日は仕事をするような時間はないだろうし、図書館の中を好きに見て回ってくれて構わない」
ルイシュ王子による提案はマルティナにとって嬉しすぎるもので、マルティナはもちろん飛びついた。
「ありがとうございますっ。では、さっそく見てまわります!」
そんなマルティナにルイシュ王子はいつも通りの笑顔で、ロランは苦笑を浮かべ、サシャはもうマルティナの大興奮は全く気にしていない様子だ。
マルティナは壁に沿って設置されている本棚を端から見ていこうと、さっそく近くにあった本棚に目を向ける。
「うわぁぁ、知らない本ばかりです」
さすが他国の王宮図書館だった。ラクサリア王国とも、ハーディ王国とも被りがない。マルティナは大陸にある全ての国の王宮図書館に入るためにはどうすれば良いのか、真剣に考えた。
(世の中にある本はできる限り全部読みたいよね!)
しばらく見て回っていると、サディール王国に伝わるお伽話がまとめられた本を見つけ、その装丁の綺麗さから何気なく手に取った。
パラパラと捲ると、綺麗な挿絵が目に入る。それは珍しく色が塗られた挿絵で、金髪に青の瞳、さらにとても美しい人が描かれていた。耳は少し尖っていて、そこだけが人間と違う。
(エルフ、初めて聞く名前だ)
やはり他国には知らないお伽話がたくさんあるのだと、マルティナは期待感に胸がいっぱいになる。
(この辺りの本も時間があれば全部読みたいな)
それからも王宮図書館を見てまわり、夕食の時間まであと少しというところで、マルティナたちは客室に戻ることになった。
ルイシュ王子とは別れて、三人で戻る。今夜の夕食は歓迎会も込みで広いホールで食べることになっており、明日以降はラクサリア王国用に解放される予定の食堂での食事だ。
「マルティナ! やっと戻ってきたのね。もっと早く帰ってこなければ準備ができないわ」
客室に戻ると、マルティナの部屋の前で待ち構えていたナディアが慌てて駆け寄ってきた。
「ごめんナディア。でも特に準備は必要ないんじゃ……」
そう首を傾げると、ナディアは少し大袈裟に目を見開く。
「たくさん準備が必要よ。化粧を直さなければいけないし、謁見のためのアクセサリーと食事会用のアクセサリーは違うもの」
今日は謁見のためにいつもより綺麗に身だしなみを整えていたため、何も準備は必要ないと思っていたマルティナだ。
「え、そうなの?」
「もちろんよ。ほら、早く準備をしなければ」
そうしてナディアに背中を押される形で客室に入ったマルティナは、化粧を綺麗に直してもらい、控えめなアクセサリーを着けた。服装は官吏の制服なので、それに合うシンプルなものだ。
「完璧よ」
「ナディア、いつもありがとう」
「良いのよ。わたくしもマルティナを着飾るのが楽しいもの。マルティナはとても可愛いから」
ナディアの言葉にマルティナは嬉しくて頬が緩む。
「ありがとう。ナディアも凄く可愛いよ。特に今日の化粧はいいね」
「本当? 少し目元のメイクを変えているの」
「雰囲気が柔らかくなってる気がする」
「ふふふっ、マルティナに気づいてもらえたなら変えた甲斐があったわ。シルヴァンなんて全く気づかないのよ?」
少し拗ねたようにそう言ったナディアに、マルティナは苦笑した。
「シルヴァンさんは、そういうのには疎そうだもんね……ロランさんは意外と気づくかな?」
マルティナがナディアによってたまに化粧をされると、ロランはいつも気づくのだ。しかしそんなマルティナの言葉に、ナディアは意味深な笑みを浮かべながら言った。
「ロランはダメよ。わたくしの化粧になんて全く興味がなくて見ていないもの」
それからマルティナの肩をトンッと叩くと、声音を明るく変えて告げる。
「さて、行きましょうか。そろそろ時間だわ」
「うん。どんなご飯か楽しみだね。サシャさんがニコニコしてると思う」
「絶対にしているわ」
二人が客室を出るとすでに他の皆は準備を済ませていて、マルティナたちは指定された食堂に向かった。そしてその日の夕食会は、貴族の参加がほとんどなかったことも幸いしたのか、とても和やかに過ぎていった。