175、サディール王国の王宮図書館へ
「準備は進んでいるだろうか」
「ルイシュ王子、どうされましたか?」
声をかけられたマルティナが答えると、ルイシュ王子はにっこりと微笑んで口を開いた。
「本来の予定では明日から王宮図書館を案内することになっていたが、今日も少し時間があるだろう? そこで霊峰研究は明日からだとしても、本日からマルティナ嬢に王宮図書館を案内しようと思ったのだが、どうだろうか」
その言葉に、マルティナの瞳はキラキラと輝く。
「ぜひ!」
即答したマルティナに、ルイシュ王子は笑みを深めた。
「分かった。ではさっそく案内しよう」
「よろしくお願いします! あっ、ロランさんとサシャさん、今から行っても大丈夫ですか?」
後から確認したマルティナに、ロランが呆れた表情で口を開く。
「お前なぁ。本が関わると反射的に頷く癖をなんとかしろ」
そんなロランにサシャも頷いている。そして近くにいたナディアとシルヴァンも告げた。
「その通りだわ」
「マルティナは説教が好きらしいな」
そんな皆の言葉を聞いて、マルティナは肩をすくめるようにして落ち込んだ。
「すみません……」
マルティナが落ち込んでいる中で、ナディアがルイシュ王子に向き直って、丁寧に礼をしてから伝える。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、大変申し訳ございません。ルイシュ王子はお疲れではありませんか? もし問題がなければ、王宮図書館の案内をお願いいたしますわ」
「もちろん問題はない。マルティナ嬢の方は大丈夫なのか?」
その言葉に、ナディアはマルティナが手にしていた荷物を受け取ってから答えた。
「わたくしがあとは引き継ぎますから、問題ありませんわ」
「仕方がないから私も手伝おう。ロランとサシャの部屋の準備などは任せておけ」
そんなナディアとシルヴァンに、マルティナは感動の面持ちを浮かべる。
「二人とも、本当にありがとう……!」
そして改めてルイシュ王子に向き直り、マルティナなりに王宮図書館へのワクワクを必死に隠して、真面目な顔で伝えた。
「ルイシュ王子、私が至らずご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。王宮図書館の案内をよろしくお願いいたします」
「では、さっそく行こう」
ルイシュ王子が頷いてくれたところで、マルティナはロランとサシャを護衛に連れて、ルイシュ王子の後に続いた。
サディール王国の王宮は派手な外観だったが、内装も比較的派手に作られており、豪華な廊下を王宮の奥に進む。マルティナはルイシュ王子の後に続きながら、王宮図書館の内装を予想していた。
(ラクサリア王国は明るさや豪華さよりも本の保管に重点を置いた作りだ。ハーディ王国は石造で歴史を感じる図書館だった。サディール王国は、やっぱり王宮と似たように豪華な作りなのかな)
ワクワクが止まらず、頬が緩んでしまうのはもう完全に我慢できていない。しかしなんとかスキップすることだけは我慢して、一瞬のような永遠のような幸せな時間を過ごしていると――渡り廊下のようになっている先に、豪華な扉が見えた。
「も、もしかして、あそこですか!」
どうしても我慢しきれず、マルティナはルイシュ王子に問いかけてしまう。
「ああ、あそこが王宮図書館だ」
「素敵な建物ですね……!」
ラクサリア王国とハーディ王国の王宮図書館は王宮と一体になっていたが、サディール王国の王宮図書館は渡り廊下で繋がる独立の建物のようだ。
マルティナはあまりの興奮にフラッと倒れそうになり、気合いで足に力を入れた。
(倒れたら本が読めない……!)
深呼吸をして自分を落ち着かせながら渡り廊下を歩き、ルイシュ王子が開いた扉から、図書館の中に足を踏み入れた。
その瞬間にぶわっと本の香りが全身を包み込み、マルティナは幸せすぎて泣きそうになる。ぐるりと全体を見回すと、高い建物だが真ん中は天井まで吹き抜けになっているのが分かった。
ただぐるりと壁に沿うような形で二階や三階と言えるような足場もあり、上の本棚に収められた本も取りやすくなっているらしい。基本的に本棚は壁と一体化している。
建物の中央部は本棚もあるが、書見台や大きめなテーブルなどがたくさん並べられていた。そこにはサディール王国の官吏なのだろう人々が熱心に本を読んでいる。
そして予想通り、本棚や図書館の柱の装飾などがとても豪華で緻密だった。本だけでなく、図書館自体にもとてもお金がかかっているのが分かる。特に二階三階に上がる階段は派手な作りだ。
「素敵な王宮図書館ですね……! 私はどこを見てもいいのでしょうか」
幸せすぎて理性を失いそうなマルティナだが、しっかりとそこは確認した。するとルイシュ王子は上を指差して答える。
「今回マルティナ嬢には、上の階に上がる許可は出なかった。ただ一階は何を見てくれても構わない。また上にある霊峰に関する書物は司書が下に運んできているので、それはぜひ読んでほしい。基本的にはあの場所にまとめられている」
そう言ってルイシュ王子が指差したのは、書見台の隣に置かれていた小さな本棚だった。そこには霊峰に関する書物だけがまとめられているようだ。
「分かりました。明日からの私は、あの場所で霊峰に関する書物を読めばいいのですね」
「ああ、それで頼みたい」
「かしこまりましたっ」
ロランとサシャもマルティナの護衛を考えてか、明日からの仕事場とその周辺に目を向けている。
そうして簡単な案内が終わったところで、ルイシュ王子が思わぬ提案をした。




