173、ハルカへの手紙
マルティナがサディール王国に向けて出立する頃。順調に浄化の旅を進めていたハルカの元に、大陸会議の決定が届いていた。
滞在している小さな街の中でも一番上等な宿の一室で、ハルカはソフィアンとフローラン、さらに他数人の側近と共に穏やかな時間を過ごしている。
そんな中で、大陸会議からの封書を開けたのはソフィアンだ。
「何が書いてありますか?」
ハルカの問いかけに、ソフィアンは封書の中身に目を通す。
「えっと……浄化の旅の順番に変化があったようだよ。次に向かう国は、サディール王国に変更されるみたいだ」
浄化の順番の変更は結構大きなことであり、ハルカは少し目を見張った。
「何かあったのでしょうか」
「悪いことではないみたいだね。ハーディ王国の地下研究室にあった巨石が浄化石だと確定したらしい。そこで竜の棲家だったとされる霊峰を探索するため、霊峰探索軍を創設するそうだ。そして霊峰と広く接するのはサディール王国。サディール王国は霊峰探索軍を受け入れて探索に協力する代わりに、貢献度が大きく上がったようだね」
ソフィアンの分かりやすい説明を聞いて、ハルカは突然の順番変更に納得できる。頭の中で何回か教えてもらったこの大陸の簡易地図を思い浮かべて、本来次に向かうはずだった国とサディール王国の場所を比べた。
(わたしとしては、サディール王国に向かう方が近くて楽かな)
ハルカにとってはマルティナたちがいるラクサリア王国以外に特に思い入れはないため、どんな順番でもそんなに思うことはないのだ。
それよりもハルカにとっては大切なのは――。
「マルティナたちは霊峰探索軍に参加すると思いますか?」
マルティナたちと会えるかどうかである。
「正確なことは言えないけど、軍に参加する可能性は低いと思うよ。どの程度危険かも分からない状態だからね」
「確かにそうですよね……」
ハルカは少し落ち込みつつ、仕方がないと納得した。マルティナは凄い能力を持っているが、武力という面に関しては一般人よりも弱いぐらいなのだ。
(むしろマルティナが軍に参加しなくて良かったのかも。参加するって聞いたら、心配でずっと気になっちゃいそうだから)
そう考えてマルティナに会えない寂しさを紛らわせようとしていると、ソフィアンがニコッと笑みを浮かべて、一通の手紙を取り出した。
「マルティナからの手紙も入っているみたいだよ」
「本当ですか!」
ソフィアンの言葉に、ハルカの瞳がキラキラと輝く。
「どうぞ」
手紙を受け取ったハルカは、湧き上がってくる嬉しさを抑え込むように深呼吸をしてから、ゆっくりと手紙を開いた。
この手紙は、まだマルティナがサディール王国に向かうことが決まっていない時に出されたもので、近況や最近読んだ面白い本に関する話、それからハルカに会いたいという内容がびっしりと書かれていた。
最後まで読んだハルカは、嬉しさに頬を緩める。
(わたしも早く会いたいなぁ)
「マルティナがおすすめの本を数冊と、また醤油を送ってくれたみたいです。届いているでしょうか」
「こっちの小包かな。二つあるみたいだよ」
危険物がないかを護衛騎士たちが確認済みの小包を、ソフィアンがハルカに手渡した。ハルカの性格か、日本人らしさなのか包みを破らないよう綺麗に開けると、中の箱には本が数冊入っている。
「こっちは本でした。じゃあ、もう一つが……」
予想通り、醤油だった。マルティナがハルカのために選んで送ってくれたものがとても嬉しくて、ハルカの胸が温かくなる。
「その醤油を使って、また料理を作ってもらおうか。私も醤油を味付けにした料理にハマってしまいそうだ」
そう言って苦笑を浮かべたソフィアンに、ハルカは楽しそうな笑みを浮かべて言った。
「日本食はハマったら抜け出せませんよ? 海鮮系がたくさん手に入ったり、もっと出汁を研究すればさらに美味しくなると思います。こうしていろんな国を巡りながら食材や調味料を集めて、時間ができてから研究したいですね」
「それは楽しみだ。ラクサリア王国の売りになるかな」
王族らしいその言葉に、ハルカはさらに笑みを深めた。
「さすがソフィアンさんですね」
とても親密そうで仲の良い二人の雰囲気に、ハルカの側近として付き従う他国の者たちは、微笑ましいような少し悔しいような、そんな表情だ。
「困っている人たちを助けるためにも、早く日本食の研究をするためにも、明日からも浄化を頑張りましょうか」
マルティナからの手紙と贈り物でやる気が湧き上がっているハルカが元気にそう伝えると、ソフィアンをはじめとして側近たちは一様に頷いた。
ハルカの浄化の旅は、概ね順調に進んでいる。