172、出立準備
ルイシュ王子とマルティナたちの双方から、マルティナがサディール王国に向かう提案書などが提出され、その提案が採用されるのはすぐだった。
ラクサリア国王は予想通り反対はせず、マルティナの護衛としてつける騎士の数などに少し口を出しただけだ。
大陸会議でも、もちろん反対意見はなかった。とにかく今は早急に瘴気溜まりの問題を解決することが何よりも優先されるため、それを妨げるような意見はほとんど出ないのだ。
そしてマルティナたち一行は、これからサディール王国に帰るルイシュ王子と共に、サディール王宮に向かうことが決まった。
霊峰探索軍とはかなり動きが異なるため、そこの移動は分けたのだ。
マルティナと共に行くのは護衛のロランとサシャ、それから官吏としてシルヴァンとナディアは同行が決まった。それ以外にもハーディ王国の時と同じように外交官や、ナディアたち以外にも数人の官吏、そして護衛の騎士たちや下働きをする者たちも同行する。
「マルティナ、帰ってきた時に霊峰にまつわる歴史書の話を聞けることを楽しみにしている」
王宮図書館の書庫で出立前の準備をしていると、ラフォレがそう声をかけてきた。
ラフォレたちはここに残って、地下研究室に保管されていた書物の写本の整理と研究を続けることになっている。
「はい。たくさん読んできますね! ただ今回私が読ませてもらう書物に関しては、全て公開されるそうですよ」
「そうなのか?」
「ルイシュ王子がそう仰っていました。私に公開してしまったら、それは広く世界に公開したのとあまり変わりませんからね」
不公平感をなくすための措置だったのかもしれないが、マルティナとしてもありがたいことだ。この措置によって、マルティナ自身の価値が上がってしまう事態を避けられる。
「確かにそうだな。マルティナならば、本をそのまま再現できてしまう」
「そうなんです。ただ結構大変なんですけど……」
マルティナの脳内にある本のデータが勝手に出力されるわけではないので、本を再現するには一冊の分量を全て、マルティナが手書きしなければいけないのだ。
貴重な本を再現して後世に残したい。もっとたくさんの人に読んでほしい。そんな気持ちも強いマルティナだが、それ以上にもっと読書の時間を確保したいと思っていた。
(最近気づいたけど、この世にある本を全て読むには人生が短すぎる!)
まだ若いのにもかかわらず、そんな結論に至ったマルティナである。
「では私は、公開される書物を待つとするか」
「あっ、でもお話しするのはもちろん構いませんよ。ラフォレ様の琴線に触れそうな部分など、抜粋しておきますね」
そんな提案に、ラフォレは年甲斐もなくマルティナと同様に瞳の輝きを増していた。
「ありがとう。楽しみに待っている」
「はい」
そうしてラフォレと会話をしつつ、マルティナは出立の準備を整えていった。とはいえマルティナはすべて記憶しておけるため、サディール王国に持っていく書物などをまとめる必要はなく、どちらかといえば片付けが中心だ。
道中やサディール王国でも時間があれば帰還の魔法陣について考えたいと思っているが、マルティナの場合は脳内で完結させられる。
(とりあえずサディール王国に行ってる間は、これからの研究方針について色々と考える時間にしよう。そしてまたラクサリア王国に帰ってきたら、実際に試してみる期間かな)
色々と考えながら真面目に片付けをしていたマルティナに、何かを思い出したという様子でラフォレが声をかけた。
「そうだマルティナ、この前ちょっとした伝手で新しい本を手に入れたのだ。私は一通り読んだが歴史的価値の高いようなものではなかったため、持っていっても構わないがどうする? 結構中身が詰まった本だったのだ」
その提案に、マルティナは飛びつく。
「ありがとうございます! サディール王国までの道中で読みます!」
今回も道中で読むための本を厳選していたが、ラフォレの勧める本なら間違いないと、マルティナはラインナップに入れることをすぐに決めた。
「では、持ってこよう」
「ありがとうございます」
そうして真面目な準備と、長い時間を過ごすために大切なお供の本を選び、さらにサディール王国までの行程を聞いてどこの街で本を新たに調達できるのか真剣に悩み、ロランたちやナディアたちとも打ち合わせをして、慌ただしく過ごしているうちに――。
出立の日がやってきた。