171、メリットと直感
「私も発言して構いませんか」
ロランの問いかけに、ルイシュ王子はすぐに頷いた。
「もちろん構わない」
「ありがとうございます。ルイシュ王子のお気持ちは理解できましたが、サディール王国はそれで問題ないのでしょうか。反発などはないのですか?」
サディール王国のメリットが分からないと伝えるようなその問いに、ルイシュ王子は落ち着いて答える。
「問題ないだろう。霊峰とその麓に広がる森は、神聖な場所として民たちに崇められているという面もあるのだが、最近はその森から出てくる魔物被害が問題視され、霊峰の調査要望の声は増えていた。そんな中で瘴気溜まりの騒動になり、霊峰への警戒心が民たちの間で高まっているのだ。そのため情報を公開してでも霊峰探索を進め、少しでも霊峰についての情報を手に入れるのは基本的に歓迎されるだろう」
その話は容易に想像できるものだった。霊峰という場所が人の入れないような深い森ならば、瘴気溜まりが各地で発生している現状では最も危険な場所とも言えるのだ。
ロランはとりあえず納得できたのか、軽く頭を下げる。
「ご説明いただきありがとうございます」
マルティナもルイシュ王子の説明で、納得できていた。
「いや、他にも気になることがあれば聞いてほしい」
そしてサディール王国側のメリットが分かり、この提案が双方にとってメリットがあるものであるならば、マルティナとしては断る理由はない。
帰還の魔法陣研究はどこにいても進められるし、現状ではかなり行き詰まっているため、また新たな知識を入れられることがプラスに働くかもしれないのだ。
それに何よりも。
(新しい本がたくさん読める!!)
新たな本という魅力に、マルティナが抗えるわけがなかった。
最初はなんとか我慢したが、ルイシュ王子からの提案に飛びついても問題ないと思ったら、もう我慢できない。
「もう気になる点はありません。ルイシュ王子、世界全体のことを考えて動いてくださり、本当にありがとうございます。私の力が役に立つのであれば頑張りたいです。最終的な判断は陛下がなされることになりますが、私としては貴国に向かいたいと思っています」
前のめりでそう言ったマルティナに、ルイシュ王子はニッコリと綺麗な笑みを浮かべた。
「ありがとう。マルティナ嬢が力を貸してくれること、とても嬉しく思う。ではさっそく大陸会議や貴国の国王陛下にも提案させてもらおう」
「よろしくお願いします。私の方からも報告しておきます」
マルティナの脳内には、霊峰にまつわる本がたくさん並んでいるのだろうサディール王国の図書館が浮かんでいる。ルイシュ王子の手前、頑張って真面目な顔を保とうとしているのだが、どうしても口元が緩んでしまうのは止められていなかった。
そんなマルティナを、ルイシュ王子は笑顔のまま見つめている。
「今日は時間をとってくれてありがとう。また今後のことが決まり次第、よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いいたします」
そうしてルイシュ王子からの提案にマルティナが頷く形で、この場は解散となった。
ルイシュ王子が去っていくのを見送ってから、ロランが少し納得できていないような、まだ警戒心が解けきれないような様子で口を開いた。
「本当に受けて良かったのか?」
「ダメでしたか? 私としては問題ないと思ったのですが」
「いや、俺も提案の内容や理由は問題ないと思うんだ。ただ最近マルティナと交流を持とうとしてた理由とか、この話をなんで最初の大陸会議でしなかったのかとか、色々と解消しきれない疑問があるだろ?」
ロランの言葉にマルティナは首を傾げる。
「それは私を誘おうとしてたからで、今の提案になったのはしばらく迷ってたからじゃないんですか?」
「俺もそう思ったっす」
サシャもマルティナの意見に賛同して、ロランは頭をガシガシと掻いた。
「いや、そうなんだけどな。なんかまだ引っかかるんだよ」
直感的な部分でロランはルイシュ王子が気になるらしい。マルティナとしては気のせいじゃないかと思ったのだが、騎士であるサシャは直感というものが意外と大切だと理解しているからか、少し真剣な表情になった。
「あんまり気を許しすぎないほうがいいっすかね」
「そうだな。俺はそうすべきだと思う」
「分かったっす」
そんな二人の決定に、マルティナも従うように頷いた。
「じゃあ、私もそうしますね」
マルティナは、自分の人を見る目が良いとか直感が良いとか、そんなことは全く思っていないので二人の方針に逆らうことはない。
そうして警戒を続けるという方針が決まったところで、ロランが話題を変えるように声音を少し明るくした。
「さっそく陛下にあげる報告書を作るか。できる限り早めの方がいいだろ」
「そうですね。これからすぐに作って提出します。陛下は許可してくださるでしょうか」
「俺は許可がすぐに出ると思うぜ。最終的にはハルカの負担を減らすためになることだしな。あとはマルティナが他国の貴重な書物を読める機会は、国としても逃したくないだろ」
マルティナが読ませてもらえる他国の重要書物は、そのままラクサリア王国に贈られたも同然なのだ。なぜならマルティナは、その読んだ本を一言一句違わずに再現可能だから。
「確かにそうですよね。新しい本、楽しみです!」
瞳をキラキラと輝かせているマルティナを見て、ロランが苦笑を浮かべて告げる。
「一応言っとくが、マルティナが貴重な情報を得るたびに、マルティナ自身の価値が上がってくんだからな。そこは理解して、ちゃんと守られてくれよ?」
ロランの言葉には、サシャも何度も頷いてみせた。
「そうっすよ。マルティナさんを狙う輩が増えるかもしれないっす。絶対に守りますけど、ちゃんと守られてくださいっすね」
二人の言葉に、マルティナは改めて護衛がいる頼もしさを実感できた。さらに二人への感謝の気持ちも湧き上がる。
「もちろんです。お二人とも、いつも本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
嬉しそうな、そして柔らかい表情でそう告げたマルティナに、ロランは少し照れた様子で、サシャは満面の笑みで頷いた。
「ああ、よろしくな」
「よろしくです!」




